だって、昭栄が悪いんだから。
泣いている小さな弟分に背を向けて、カズは手の中のミニカーをぎゅっと握った。
さくらんぼ。
今日は保育園がお休みの日で、三人は珍しく外には行かず、カズの家で遊んでいた。昭栄のお母さんがお出かけをしているので、お外に行って怪我をしたらダメだから、と言われたのだ。
カズとヨシがお手伝いを頼まれて、カズの母について台所に行ってしまった。一人残された昭栄は退屈を持て余して、カズのおもちゃ箱にあったおもちゃを一つ手に取った。
「かじゅしゃんのあたらしかおもちゃかな?」
白と黒の色分けがしてあって、上に赤い何かがついている。小さい車のおもちゃだ。
これなんのくるまやっけ?
よくわからないまま、飛行機のように「ぶーん」と言いながら振り回す。昭栄は車より飛行機の方が好きだ。羽がついていて何かかっこいいからである。
それにしても一人で遊ぶのはつまらないな、と昭栄が口を尖らせると、とてとてと軽い足音が聞こえてきて、カズがぴょこっと顔を出した。
「しょーえい、ジュースな、オレンジとコー……」
「あ、かじゅしゃん!」
嬉しそうに振り返った昭栄の顔が、びくっと引きつる。目の前にものすごく怒った顔をしたカズがいて、持っていたおもちゃをひったくるように取り上げられた。
「おれの、おれのダイジなやつやぞ!!かってにさわんな!!」
怒鳴った勢いで頭をごつっと殴って、カズはミニカーとクッションを抱いて部屋の隅にうずくまってしまった。
一方の昭栄は、殴られた痛みと怒鳴られた驚きにしばらく硬直して、突然火がついたように泣き出した。わぁわぁと大きな声をあげるので、ヨシとカズの母が驚いて駆けつけてくる。
「タカ?カズも、何しとーと?」
「まぁまぁ、ショーエイ君どげんしたと?」
昭栄が泣きながらカズの母に抱きついたので、カズの機嫌はいっそう悪くなり、とうとう耳をふさいでクッションに突っ伏してしまった。
カズは普段、あまり親に物をねだることをしない。わがままを言うのは子供っぽくてかっこ悪いと思うし、甘えるのが恥ずかしいからだ。
でも、数日前母と一緒にデパートに行ったとき、どうしてもどうしても欲しいおもちゃを見つけた。誕生日まではまだずっと時間があるし、お店に一つしか置いていなかったから、すぐ売切れてしまうかもしれない。
だって、こんなにかっこいいパトカーなんだもの。
白と黒で塗られたところはきりっとしているし、赤く塗ってあるところはピカピカして犯人を追いかけるときに使うやつだ。お巡りさんは推理をして、悪い奴を捕まえるヒーローなのだ。
ずいぶん長い間そのミニカーを手にしたまま固まっていたカズは、意を決して母にそれを差し出した。おやつも我慢するしお手伝いもするから、と顔を真っ赤にして頼んだ。
そうして手に入れた、大事な宝物。汚したり失くしたりしないようにちゃんとしまっておいたのに。
しょーえいが悪か!!かってにさわって、ふりまわしとった!!
自分なんて、机の上に置いて眺めたり、お絵描きのモデルにしたりしかしていないのに。触ってもいいよとも言っていないのに。勝手に。
それに、かあさんにぎゅってしたり、した!!
ひどい。悲しいのは自分なのに、ちびで、泣いてるからって優しくされて。よしよしとか、されて。
悔しさと怒りと悲しさと、ごちゃごちゃになって涙が滲んでくる。昭栄が泣いているから、自分は意地でも泣くまいと奥歯に力を込めた。
リビングへ連れて来てようやく泣き止んだ昭栄によると、何かをしてカズに怒られたらしい。驚きと痛みが過ぎ去った今は、もうカズが仲良くしてくれないのではという不安が大きいようで、しきりにカズのいる部屋を気にしている。
聞けばカズが握り締めていたパトカーは買ってもらったばかりの、カズの宝物だったらしい。ヨシは困ったように眉を下げた。
カズは自分のものをとても大切にする分、他人に勝手にされることをひどく嫌う。一番仲良しの自分でさえ、カズのものに触れるときは必ず了解を得るのだ。昭栄の勝手な行動は、カズをひどく怒らせたに違いない。
ばってん、こげんちびに、そげんおこらんでもなぁ……。
カズは大事なところの言葉が足りない。それですぐ怒ったり殴ったりするから、それはカズの悪いところだ。
「じゃあタカ、これからカズとどっちもごめんなさいしに行こうか。」
うん!!とうなずいた昭栄をつれて、ヨシはお土産に持ってきた今日のおやつ、カズの大好きなショートケーキが載ったお盆を持って歩き出した。
戸口から部屋を覗き込むと、カズはまだ部屋の隅にうずくまったまま、手にしたミニカーを大事そうに眺めていた。ヨシの背に隠れるように立っている昭栄が、その様子にしょぼんとうつむく。
「カ〜ズ、いつまでおこっとーと?もう仲直りせんや。」
二人が部屋に入ってきたのに気付いて、カズの背中が強張った。自分はまだ怒ってるんだからな!!というアピールに、ヨシがぽりぽりと頭をかく。
あーあ、これは意地っぱりになっとー。
きっと真っ先に優しくされたのが昭栄で、今まで一人で放っておかれたのも気に入らなかったのだろう。カズは本当に一番が好きで、実は甘えん坊でわがままだから。
「……かじゅしゃん、だいじなのに、かってにさわってごめんなさい!!」
昭栄の謝罪に、カズの背中がびくっと震える。素直に謝られると、自分も悪かったかな、なんて思うカズは、普段ならこれで機嫌を直す。
けれど今は、ないがしろにされた悔しさも混じっているようだから。
「カズ、ケーキもって来たぞ。いちごのやつ。いっしょに食べような?」
好物とお誘いに、カズの背がぴくぴくと反応した。揺れている証拠だ。
しかし、ヨシの「いっしょに」は、「仲良くいっしょに」だ。仲直りしろ、つまり自分にも謝れ、と言っていることになる。
……ごつっていった、のは、いたかったかな……。
ちらっと視線だけ背後にやると、小さな机の上にはショートケーキが三つ。
ケーキ、いちごのやつだ。いいにおいする……。
二人が自分を待っている。じーっとこちらを見ているのがわかる。
…………いっしょ…………。
でも、自分だけよしよししてもらえなかった。ヨシもお母さんも、昭栄の味方をして。
「いっしょなんて、したくなか!!」
むぎゅっと目を閉じて顔をそらして、意地を張り続けるカズに、昭栄がまた泣きそうになる。何とか我慢して、カズの背中をじっと見つめた。
怒鳴られたときはすごく怖かったけど、今のカズはもう怖くない。もうそんなには怒っていないのかもしれない。
かじゅしゃん、ひとりでさびしかやったと?
昭栄も一人でお留守番をするときはすごくさみしくなる。カズもあんなに怒るほど嫌なことがあったときに、自分が泣いたせいで一人ぼっちにされたから、きっとさみしかったのだ。
昭栄はカズが大好きだから、カズがさみしいのは嫌だと思った。
「かじゅしゃん、ケーキたべよう!ぼくのも、かじゅしゃんにあげる!!」
ケーキの皿を差し出して言う昭栄に、カズの視線が揺れる。下を向いたまま、ぼそぼそとつぶやいた。
「……べつに、おまえらふたりでたべればよかやん……」
めげない昭栄は、皿をもう一度机に戻して、今度はカズの背中にきゅっと抱きつく。
「やだもん、ぼくかじゅしゃんといっしょがよかやもん!!いちばん!!」
ヨシもカズのそばに寄って来て、その頭を優しくなでた。
「うん、おれもカズがいっしょじゃなかやとつまらんし、さみしかな。」
二人の言葉に、カズのぷっくりした頬が少し赤くなる。下を向いたまま、昭栄の頭をなでた。
「いたくして、ごめん……」
もごもごと小さい声だったけれど、それで十分だった。
翌日、保育園から帰って来て、それぞれの家の前での別れ際。珍しく母と手をつないで歩いていたカズが、バイバイと手を振る昭栄に向かって何かを差し出した。
「う……?ひこうき?」
紙粘土で作られた飛行機。ちょっと形が雑ではあるが、ちゃんと羽がついていて、窓はキラキラのビー玉。
「やる。」
ぶっきらぼうな言葉だが、カズなりの『仲直りのしるし』だ。今日の自由遊びの時間、何度も失敗しながら自分一人で作った。昭栄のために。
「わぁ、ありがとう!!これ、おへやに、かざるっちゃー!!」
昭栄は満面の笑みで飛行機を受け取って、大事そうに両手に握った。夕日にキラキラ光るビー玉がきれい。
「じゃあ、かじゅしゃんにこれあげる!!」
母親に「ちゃんともってて」と念押しして飛行機を渡して、代わりに受け取った画用紙をカズに差し出す。
受け取って見ると、そこには画用紙いっぱいに描かれたカズの顔。手にパトカーを持って、かっこよく笑っている。へたくそながらよく特徴をとらえて、昭栄の気持ちのこもった絵だった。
これが昭栄の『仲直りのしるし』。大好きなカズが楽しそうに笑っているところ。
「……うん、ありがとう。」
カズも嬉しそうに笑って、それを大切に胸に抱えた。
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