楽しいことも怖いことも、三人一緒だからいい。


さくらんぼ。


 日曜日はいつも三人で冒険に出かける。カズが紙で作った棒の剣を空にかざした。
「では、いまからボウケンにしゅっぱつする!!リーダーはおれたい!」
「リーダー、きょうはどこ行くと?」
 リーダーは毎回一番が大好きなカズである。特に不満があるわけでもなく、昭栄に紙のかぶとを被せてやりながら、ヨシが首をかしげた。
「きょうは、うらやまのはらっぱ!」
「かじゅしゃん、おばけでると?」
 昭栄はカズの服の裾を握って、不安そうに声を上げる。
「リーダーやってゆっとーと!おばけなんぞおれがたおしちゃー!!」
 ていっと紙の剣を振ってみせるカズに、昭栄は目をきらきらと輝かせた。
「りーだーかっこよか〜!!てれびのひーろーみたいっちゃ!!」
 カズは少し得意げに笑って、昭栄の手を握った。手ぶらのヨシがおやつと水筒の入ったリュックを背負う。昭栄は小さな虫かごを下げて、
「「「よーし、しゅっぱーつ!!」」」
 わくわく、どきどき。頼もしい二人と一緒ならば、怖がりでちびの昭栄でも、冒険に出られるのだ。

 今日は何の虫を捕まえよう。原っぱのバッタもいいけれど、もっとかっこいいカブトムシがいい。木登りして探してみようか。
 そんなことを考えていたら、早く行きたくてたまらなくなる。逸る心のままに上がるカズの歩調に、とうとう昭栄がついていけなくなった。
「わぁっ!!」
「!?」
 大きな声とともに、しっかり握っていたはずの昭栄の手の感触が消えて、カズは慌てて振り向いた。少し後ろで転んだ昭栄は、驚いたのだろう、地に伏せたまま目を丸くしている。
「しょーえい!」
 カズが近寄っていくと、昭栄の目にうるうると涙が浮かんできた。
「かじゅしゃ……うぇ……」
「なくな、おとこのこっちゃろ!ほら、はよたたんか!」
 カズに手を引かれ、涙目のまま昭栄が立ち上がる。ひざや手を見て、カズが安心したように少し笑った。
「どこもけがしてなかよ、いたくなかね?」
「うん!」
 カズの笑顔につられて、昭栄もにこっと笑ってうなずく。鼻の頭に土がついたままなのを見て、ヨシがポケットからハンカチを取り出した。
「タカ、じっとしとーっちゃよ。」
「うん!」
 気を付けの姿勢の昭栄の鼻を拭いてやっていると、カズが下を向いてしまった。
「……おれ、ちゃんとてつないどった……」
 小さい声でもごもごと言い訳をするカズに、ヨシもうんとうなずいてやる。本当は気をつけてやれと叱るべきだけれど、昭栄が転んだのに一番驚いたのはカズだ。悪気はないし、あんまり怒るとかわいそうだ。
「わかっとーよ。おこってなか。」
 その言葉に、カズがほっと息をついた。カズが昭栄に優しくしないと、ヨシはいつも怒る。ヨシは怒ると仲良くしてくれない。そんなのは嫌だ。
「かじゅしゃん!」
 にこにこと差し出された手を、カズは素直に握った。それから裏山の原っぱに着くまで、昭栄は一度も転ばなかった。


「とうちゃーく!!」
 見渡す限りに広がる原っぱは、青い草と青い空が美しい。小さな昭栄は目を輝かせて、原っぱの中央の草の深くないあたりをてちてちと走り回った。ヨシがその様子を見ている間に、カズはそばの木によじ登り始める。
「あー!かじゅしゃんまって!!」
 置いて行かれると昭栄が慌てて戻ってきた頃には、カズは上から二番目に高い枝に座っていた。木の幹を見渡して、カブトムシの姿を探す。
「かじゅしゃん!!ぼくも、ぼくもいっしょ!!」
 小さな手ではさすがにまだ登れなくて、木に張り付いて騒ぐ昭栄に、カズは得意げに手を振って見せる。
「ちびにはむりっちゃね。」
「やだやだ!!かじゅしゃんといっしょするもん、……う、うぇ……うえぇーん!!」
 とうとう泣き出してしまった昭栄を見て、ヨシが木の上のカズを見上げる。
「カズ!!タカがまねするけん、下りてこんや!!そん木にはカブトムシはおらんとよ!!」
 仕方なく下りてきたカズに、昭栄が抱きついた。もう二度と置いて行かれないように、ぎゅっと服を握りしめる。その小さな手を振り払うことはできなくて、カズはふてくされた表情のままヨシを見た。
「……カブトムシどこにおると?」
「うぇ?かじゅしゃんカブトムシつかまえると?」
 期待に満ちた目で見上げる昭栄に、カズがうなずく。昭栄がわぁっと声を上げると、二人を見てヨシが困った顔をした。
「カブトムシは、あまかしるとか、木につけてつかまえるって父さんが言っとった。じゅんびしてなかやけん、きょうはむりったい。」
 しゅんとしてしまった昭栄に、カズはぎゅっと唇をかみしめる。一番がっかりしているのは自分だったけれど、弟分の前でそんな顔はできない。すぐに気を取り直して、リーダーらしく声を上げる。
「よし、これからおばけたいじにいくぞ!!」

 裏山には、大きくて怖いお化けが住んでいるらしい。そのお化けは夕方になると山を歩き回って、道に迷った子供を食べてしまう。保育園の先生が言っていた。
 昭栄は怖がったけれど、今はまだ太陽が高いところにいるから、おばけは寝ているに違いない。
「ねとーあいだに、悪かおばけばタイジしたら、おれたちかっこよかヒーローっちゃよ!」
 見つからなかったら夕方になる前に帰ればいいのだ。やる気満々のカズを見て、昭栄も何だかやってみたくなった。お母さんだって、いつも「悪かこつした子はおしりぺんぺんよ!!」って言っている。
 カズと、カズと手をつないだ昭栄がさっさと歩き出してしまったため、ヨシも仕方なくその後に続いた。絶対道に迷わないように、目印を探しながら。


 昭栄は裏山の中に入るのは初めてだった。木がたくさん生えていて、薄暗い。少し怖いけれど、物珍しい虫や草がたくさんあって、きょろきょろしながら歩く。
    あ、カブトムシったい!!
 少し離れた場所にある木に黒い何かが張り付いているのが見えて、昭栄は思わず駆け出した。つかまえたら、カズが喜んで褒めてくれるかもしれない。
 走って走って。
 辿り着いて見上げると、それはカブトムシではなかった。木の皮の一部分が周りより黒くなっていただけで、虫ですらない。がっかりしてうつむいて。

 そこで初めて、そばに誰もいなくなっていることに気づいた。

 はぐれた。そのぐらいのことは、小さな昭栄にも一瞬で理解できた。カズがいない。ヨシもいない。道もわからなくなった。声も聞こえない。自分は今、ひとりだ。
 おばけが住む、この裏山の森で。
「やだ、やだ……」
 いやいやと首を振ってみても、何が変わるわけでもない。けれど恐ろしさに足がすくんでしまった昭栄には、他に何もできない。少しでも動いたら、落とし穴にでも落ちてしまいそうだ。
「やだ……っ!かじゅしゃん、かじゅしゃん!!」
 パニックに陥った頭には、いつも頼もしく優しい兄貴分の顔しか浮かばない。昭栄は何度もカズの名前を呼んで、静まった森に怖くなってうずくまった。
    はやくきて、たすけにきて、ぼくはここにいるのに!!


「……ぇい!?」


 小さく、けれど確かに聞こえた声にカズだと直感して、昭栄はもう一度声を張り上げる。
「かじゅしゃん、かじゅしゃーん!!」
 枯れそうになるほどの大声で呼ぶと、がさがさと葉を踏み荒らす音が響いて、木々の合間からカズが飛び出してきた。
「かじゅしゃん!!」
「しょーえい!!どこもけがしてなかか!?」
 自分の胸に飛び込んで泣く昭栄をぎゅっと抱きしめて、カズも安堵に泣きそうになる。木の上の鳥を見上げているうちに、昭栄の手を放してしまったらしい。姿がないことに気づいた瞬間、血の気が引くほど驚いた。
「かじゅしゃ……こわかった、カブトムシ、ぼく、おばけが……」
「もう……もう、ちゃんとついてくるってヤクソクしたっちゃろ!もうぜったい、ひとりであるいたら、いかんとよ!」
 涙と鼻水に濡れた顔を上げると、カズは真っ赤な顔ではぁはぁと息を荒くしている。汗もかいて、必死で探してくれたのだとすぐにわかった。口調は怒っているようでも、本当はすごく優しいのだ。
「うん、ごめんねかじゅしゃん……もうヤクソクやぶらんけん。」
 鼻をすすりながら謝る昭栄にうなずいて、カズはその手を握った。大きく息を吸い込んで、
「ヨシーーーー!!!おったーーーー!!!」
 カズご自慢の素晴らしい大音声に、程なくしてヨシも駆けつけてくる。こちらも息を荒げて、珍しく動揺した表情だ。二人がしっかりと手をつないでいるのを見て、
「……きょうは、もうかえるぞ。」
 安心したように息をついて、それ以上は何も言わずカズの手をとった。



 夕方、買い物帰りの母たちは、カズの家の前で立ち話に興じていた。
「でね、そんデパートで、今度バーゲンするって。一緒に行かん?」
「よかね〜、行く行く〜!……あら?」
 昭栄の母の誘いに嬉しそうにうなずいたカズの母が、目を丸くして声を上げる。
「カズ!!ヨシ君も昭栄君も、どげんしたとそん格好!!」
 昭栄は服が土でひどく汚れているし、カズとヨシは細かい切り傷だらけで、服や髪には葉っぱがひっついている。
「おかあしゃん!!」
 真っ先に昭栄が驚く母に駆け寄って、抱き上げられて泣き出した。その姿に、カズはつないだヨシの手をぎゅっと握ってうつむく。近寄ってくる母に、顔を上げることができなかった。
    しょーえいとちゃんとてつながんかったけん、おこられる……!
 ぎゅっと目を瞑って縮こまってしまったカズを見て、ヨシがカズを背に隠すように前に出た。
「ごめんなさい、うらやまでタカとはぐれたけん!ばってんカズががんばって見つけました!がんばったけん、おこらんで!!」
 カズの母とヨシの母が驚いたように顔を見合わせる。迷うような視線を受けて、昭栄の母が息子に訊ねる。
「昭栄、今日も遊んでもらったっちゃね〜。楽しかった?」
「うん、あのね、かじゅしゃんがね、ひーろーみたかやった!!おばけがくるまえに、たしゅけてくれたとよ!!」
「まぁ、すごかね〜!!よかったね!!」
「うん!!よっしゃんも、めいろなのに、まよわんかったとよ!!」
 大好きな二人を褒められた嬉しさに、泣くことも忘れて得意げに話す昭栄を見て、母たちは顔を見合わせて笑った。
「ヨシ、ご飯の前にお風呂入っておいで?」
 手招きする母と親友の間で迷うヨシの頭をなでて、カズの母がうつむいたままの息子の前にしゃがみこむ。
「カズ……」
 伸びてくる腕にきつく目を閉じたカズを、母はそのまま抱きしめた。

「カズ、怖かったと?よぅがんばったっちゃね。」


 思わず見上げた先には、優しい微笑み。偉い偉いと頭をなでられて、カズの強張った目元が緩む。切り傷だらけのぷっくりとした頬にぽつんと涙が落ちて、カズは母の細い首にすがりついた。




 いっぱい驚いて、すごく怖くて、でも三人だから楽しい。布団に入って眠る頃には、今度はどこに行こうか。そんなことを考えて、わくわくする。
 怖いことも楽しいことも、やっぱり三人一緒だから、いいんだ。




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