時を遡ること数時間。
九州選抜の守護神・功刀一は、怒っていた。


ちびっこコンビの九州旅行!2


「あぁ!?補習で休みってどげんこつじゃ!!」
 よく晴れた土曜の朝。すがすがしい空気に寝起きもばっちり。サッカー日和の今日は高校生との練習試合。
 最高の出だしで向かった先で、カズは後輩が一人いないことに気づいた。
    ショーエイのアホ、また遅刻か?
 今日こそきつく言ってやらねばと思っていると、キャプテンの城光があっさりとアップの指示を始めた。まだ集合時間まで少し余裕があるし、いくら何でも時間までは待ってやってもいいんじゃないか。
 ちょっと待て、と慌てた様子のカズに、城光はあっさりとこう言ったのだ。
『あぁ、タカんこつか?あいつ今日補習やけん休みやって監督が言っとったぞ。』
 ほしゅう。補習。成績が悪い生徒の救済措置。
    つまり何だ?テストの点が悪くて、選抜の練習に出て来られない、と?
「あ、の、アホがぁあ〜〜〜〜〜!!!」
 いい気分なんてあっさり吹き飛んだ。もう少し待ってやろうとか言った自分が馬鹿みたいじゃないか。
 ほんとあいつ最悪だ。

 しかも試合開始直前、高校生に「何だこのチビ、大丈夫かよ九州選抜」「これだから中坊は嫌なんだ」とか言われた。にやにやと笑いながら。
 ただでさえカリカリしていたカズの堪忍袋が耐えられるはずもなく(そうでなくても耐える気なんかないけれど)。
 とは言っても白昼堂々、試合中に高校生と乱闘騒ぎなど起こすわけにもいかない(確実に負けない自信はあるが)。
 ここは一つ、正攻法で完膚なきまでに叩きのめし、この馬鹿者どもに吠え面をかかせてやるしかない。
 ふ、ふ。ふふふ。ふふふふふ……
 地の底から聞こえるような不気味な笑い声に、城光ですら背筋を震わせた。彼らの本能が告げる。
 今日のカズには、絶対に逆らってはいけない。


 怒れる守護神様に「とれるだけ点をもぎとってこい(つまり一点や二点じゃ許さない)」と言いつけられたFW陣は怒涛の攻めで高校生相手に四点を奪った。
 彼らよりもプレッシャーの大きなDF陣(なぜなら彼らの立ち位置は限りなくカズに近く、その怒鳴り声を一身に浴びることになるからである)は、過去最高の鉄壁ぶりを発揮しゴールを無傷に守り通した。
 もちろんカズ様ご本人も、ミラクルセーブを連発して一泡も二泡も吹かせたのは言うまでもない。
 結局試合は4−0という通常ありえないスコアで幕を閉じ、高校生は面子を潰されて意気消沈。素知らぬ顔で礼をしながら、カズは心の中で舌を出した。
    図体ばっかデカくて、こげん「チビ」から一点もとれんとは情けなかな。
 鼻で笑ってやりたかったが、そうはしなかった。今の自分は九州代表という看板を背負ったスポーツマンだ。そのくらいの分別もつかないほど、カズは子供ではない。
 ベンチに帰って汗を拭いていたカズは、がしっと肩を抱かれて顔を上げた。
「どーや、九州No.1GKの実力は。」
「俺らの守護神ば馬鹿にしとーとこげん目に合うっちゅーこつやな。」
「しっかり反省してもらわんとな!」
 見渡すと、どの顔もにやっと笑って、いたずらが成功した子供のよう。肩を抱く城光と目を合わせて、カズも同じくにやっと笑い返す。
「……俺らの九州選抜ば中坊扱いしたこつも、な。」
 バシバシ、全員とタッチをして、不機嫌は水に流すこととした。



 いつも通り日課の15キロランニングを終えて、遠方の飛行機組と電車組は帰っていった。カズや城光、その他数人は比較的家が近いので、近くの公園で弁当を食べることにする。
「九州って不便っちゃねー。範囲広かやけん、なかなか揃って練習できんし。関東とかズルくなか?東京選抜とか何じゃそれーって思った。」
「なー!こーいうん、地域格差?ちょぉ考えてほしかよな。」
「ばってん東北みたく冬は豪雪で練習できんとかなかやけん、それはよかかな。」
「うん、雪国は辛そう。俺サッカーできん日とか耐えられん!」
 わいわいと盛り上がる中、カズは黙って箸をすすめる。選抜内で評判の母の手作り弁当はあっという間になくなって、いつもならここでお昼寝タイムなのだが。
「なぁ、この後暇な奴おると?」
 ん?と揃って首をかしげる仲間たちに、カズは帽子をくるくると回しながらにっと笑った。
「この近くに、フットサル場があるとよ。知っとーと?」
 せっかくのいい天気だ。気分よくサッカーをして帰りたい。

 同行を申し出たのは三年FWの末森のみ。他は名残惜しげに帰っていった。全員大のサッカー好きだから、いざ始めるとちょっと参加してすぐ帰る、ということが難しい。夜まで遊んでいては帰宅が深夜になるかもしれない。
 帰宅所要時間という大きな壁を乗り越えた末森と強制参加の城光を連れて、カズはフットサル場へとやって来た。
「おー、やっとーやん。」
 コインロッカーに荷物を預けて、ついでにユニフォームから普通のジャージに着替える。さすがにここで選抜名入りのユニフォームのままいるのは気が引けた。
「カズ、フットサルは五人制っちゃろ?どげんすっと?」
 着替え終わった末森に声をかけられても、練習用のグローブを出したカズは「んー?」と生返事。具合が気に入らないのか、ごそごそと手入れをしている。
 こうなったら長いことを知っている二人は苦笑して、代わりに城光が辺りを見回した。その目がある一点で止まる。
 フェンスの向こう側、中を見ている二人組み。その肩にはスポーツバッグ。
「ちょぉ行って来る。カズば頼むわ。」
 おう、と手を上げた末森に笑みを返して、城光は歩き出した。


「そこの二人、ちょぉよかか?」
 何やらガタイのいいお兄さんに突然声をかけられて、将はあからさまに驚いた。何か気に触ることでもしたかとオロオロと視線をさまよわせる。
 一方の翼はまるで予想していたとでもいうように、「何?」と得意の強気な笑みで返した。フェンス越しのお兄さんは特に気に触った風もなく、
「フットサルしに来たっちゃろ?俺ら三人おるけん、一緒にやらんや?」
「えっ!?」
 思いもかけないお誘いに、将の目が喜びに輝く。正直見ているだけには飽きてきたところだ。即座にうなずいて、将と翼は入り口へと向かった。

 受付を済ませて、待っていた彼に連れられてロッカールームへと入った。
「待たせたな、悪か。チームメイトば連れて来た。」
「おぅ、お疲れ。カズの方は相変わらずったい。」
 苦笑の含まれた声色に首をかしげると、答えたこれまたガタイのいいお兄さんの後ろに誰かが背を向けて座り込んでいるようだ。彼の発言に、その背中がもぞりと動く。
「もう、終わった。……ん?」
 振り向いたその人は予想に反して、見慣れた感じの美形君。東京選抜でもよく見る身長に体型。何かちょっと安心する。どちらかの弟だろうか。
「あー、カズ、こっちの二人は……」
 そういえば名前を聞いていなかったと詰まった坊主のお兄さんに構わず、「カズ」なる少年は将と翼を見てかしげた首を元に戻した。
「……あぁ、思い出した。さっき練習試合んとき、最後の方覗いとったっちゃろ?」
 思いがけない発言に、全員の目が丸くなる。
    こいつ、結構おもしろいかも……。
 翼の口角がくっと上がった。ほんの五分程度、しかもグラウンドを囲うフェンスの端の方から覗いていただけだ。その自分たちに気づいていたとは。
 ユニフォーム姿の三人がロッカーへ入っていくのを見ていた翼とは違い、フットサルに集中していた将はただただ偶然に驚いて声を上げた。
「え、え、じゃあもしかして、さっき近くで試合してた高校生の?」
「いや、高校生は相手ったい。俺らは黒のユニ、中学。」
「「え゛!?」」
 将と翼が目を剥いて三人(主に大きい二人)を見回す。
 デカい。ゴツい。いかつい。
 見えない。
 しかしそんな反応には慣れているのか、城光がちょっと苦笑して口を開いた。
「自己紹介まだやったな。俺は城光与志忠。こっちが末森、こっちが功刀一。ちなみに全員三年や。」
 はぁ、とうなずきながら、将の口はぽかんと開いたまま。
「翼さんと同い年だなんて……」
 思わず、といったつぶやきに翼がべしっと将の頭を叩く。お前に言われたくない。
「俺は椎名翼、こいつは風祭将。俺が中三、将は中二。よろしく」
 翼がカズの目の前に手を出した。ただよろしく、とだけ返して手を握ったカズに、翼がいたずらっぽく片眉を上げた。
「見えない、とか小さい、とか言わないわけ?」
「うん、小さかやな。ばってんそげんこつ、サッカーには関係ねかろーが。」
 新鮮な反応に二人が驚いていると、城光が声を潜める。
「カズもいっつも『小さか』とか言われてバカにされとーけん、そーいうんには敏感たい。特に今日はな……」
「ヨシ、聞こえとる!!」
 むきぃっと投げつけられたリストバンドを受け止めて、城光がははっと笑った。そーかそんなら普通に話すわ、と悪びれない様子に、カズはぷいっと背を向けてしまう。
「まぁそんなカズのチームメイトばやっとーけん、俺らも身長云々はとやかく言わんようにしとーっちゅーこつやな。」
 さて行くか、と歩き出した三人の後ろで、将と翼は顔を見合わせた。自分たちの基準では、カズは決して「小さい」と揶揄されるような身長ではない。
    もしかして、こいつらの間では、あのいかつさが標準なわけ?
 翼は何とも言えない気持ちで三人を見比べた。やっぱり変なのは城光や末森に見える。こんなのまず絶対中学生サイズじゃない。
    これぞ、異文化交流……。
 乾いた笑いが口の端に上っても、誰も文句は言えないと思う。



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