功刀一と高山昭栄。
後に死神と恐れられることとなる二人が、青い石を分け合う前のお話。
Rainy shadow 4
朝の日差しが目に痛い。物騒な闇の中に慣れた身としては、この爽やかな空気は若干居心地が悪かった。身体や服に染み込んだ血の臭いが浮き立つようで。
何日ぶりかの住み慣れたアジト。予定より遅れた帰還だったが、誰一人欠けていないことに、城守りを任されていた仲間たちの顔が安堵に緩んだ。
「カズ。後んこつは俺らに任せて、お前は少し休まんね。」
互いの健闘をねぎらいながら歩いていると、後ろについていた城光と5番がそう言ってうなずいてくれる。
「……そげん酷か顔しとると?」
確かにここ数日ほとんど寝ていないが。微笑んだ城光の大きな手が伸びて、カズの頭をなでた。
「囮役なんぞやりやがって、散々心配したとやぞ?」
カズも城光も十七になった。成長期の真っ只中、城光は背も体格も筋肉も、大人の男と比べても何ら遜色ない体に成長していた。
カズはと言うと、それなりに背は伸びたものの、細身のままで。尾崎によれば、そもそも筋肉の「向き」が違うらしい。
すんなりと少年のようなしなやかさを保つカズの筋肉は、俊敏で柔軟だ。無理に鍛えるとそれが失われると諭されてから、少し悔しいが過度な筋トレはやめることにした。
見た目の逞しさにおける差は開くばかりだけれど、カズも男だ。今もこうして変わらずに伸ばされる大きな手が気恥ずかしい。
それでも、振り払おうとは思えない。何年経っても、この手にはどうにも弱かった。
その優しさを心地よく思うと同時に、そうして自分を甘やかすことで、城光自身が心の平穏を得ていることを知っているから。
今回請け負っていた任務は、あるアングラな組織の会合を潰すこと。女性や少年を攫っては、闇の更に奥深くで秘密裏に行われるSMショー。カズはそこに、獲物として入り込んでいた。
成長してもなお華奢な体つきと瞳の大きな整った顔は、変態共には大好評だった。特に気の強そうな目が、屈服させがいがあって「そそる」らしい。絡みつく視線を睨み返すと悦ばれた。
それらは非常に気に障ったが、おかげでカズは最後のメインイベントとして扱われ、城光たちの突入までずっと、天井から吊るされた鳥かごのような檻の中。
―――獲物を無傷の状態から虐げるのがイイんだよ、小鳥ちゃん。
予想以上の変態共のうっとりとした視線を受けながらも指一本触れられることなく、ただこの世の地獄を見下ろしていた。
そう、それはとても運がよかっただけ。嬲られて犯されて、死んでいた可能性の方が大きかっただろう。
「無事に終わったときぐらい、甘やかしてやりたかって思ってもよかやろ?」
幼馴染がこの世で最も怖れることが何か、知っていてカズはそうした。だからこそ返す言葉がなく、大人しく自室へ向かう。
そんなに気を遣われる必要があるほど疲れているだろうか。自問して、否と思う。
怯えた目で逃げ惑い泣き叫ぶ人々に、手を叩いて喜ぶ仮面の集団。あんな歪んだ欲望を見続けていくというのは、因果な商売だけれど。
上がりは相当おいしか、やしなぁ。
怯えるでもなくそんなことを思える辺り、やはり自分も裏の世界の人間なのだろう。
懐かしい自室のドアを開けると、奥のソファでうずくまっていたカタマリが跳ね上がった。眉間の皺が更に深くなる。
「ショーエイ、こんアホ、また……」
「カズさんっ!!」
叱りつけようと声を上げたカズに、カタマリもとい昭栄が吹き飛ばすつもりかと疑うほどの勢いで飛びついてきた。膝をついて腰にぎゅっと腕を回し、みぞおちにぐいぐいと頬を擦りつける。
「あーもうやめんや、苦しか!」
ペシリと頭を叩いても、昭栄はうーと唸って離れようとしない。見れば、閉じた目の下にはくっきりと隈が浮き、顔色も悪かった。
それがなぜかは聞くまでもない。カズがアジトを離れて一週間以上、こいつは眠りも食事も忘れて主人の帰りを待っていたのだ。
あの雨の日から四年。カズよりも小さくギスギスに痩せていた昭栄は、今や城光の身長をも越える大きな身体を、ぎゅっと縮めて甘えている。それについ絆されて、ゆるくクセのある髪をなでた。
そもそも最初から、躾を間違えたのだと思う。
昭栄がまだ<ヘブン>の毒に侵されているとき、カズは尾崎に半ば強引に押され、昭栄を自室で寝かせることを許可した。当時昭栄はあまりに禁断症状が酷く、カズがいなければ浅くも眠れない状態だったのだ。
仕事で外出する間は仕方がないが、それ以外の時間は常に、ただ同じ部屋で過ごす。特別ベッド際で看病してやったわけではないけれど、それからは目に見えて昭栄の状態がよくなった。
ときどきうなされはするものの、カズが声をかけるとまたすぐに穏やかに眠る小さな彼を、不思議と可愛く感じていた。
水色の瞳の、新たな仲間。痩せっぽちで小さくて、生意気な目をした子ども。寂しさでいっぱいの眼差しで、自分を見上げた子犬。
目を覚ました昭栄が伸ばした小さな手を握ってやってから、今に至るまで。刷り込まれたようにべったりと甘えてくる昭栄を、振り払えなくなってしまったのだ。
「カズさん……おかえりなさい」
「ん。」
「二日と五時間も、遅かった。怪我は?酷かこつされてなかですか?」
この四年間、昭栄の仕事はアジトでのカズの身の回りの世話。任務に同行することは一度も許されていなかった。
理由は色々あったけれど、何よりも強く、カズが許可しないからだ。
最初にカズが昭栄に留守番を言いつけたとき、昭栄は連れて行ってもらえないのは自分が小さくて未熟だからだと思ったようだった。
それ以来、昭栄はまずガタガタの身体を治した。一から根気強く鍛えた筋肉はキレを損なうことなく発達して、体術もナイフも拳銃も、カズ直々に仕込んだ腕がある。
もう足手まといにはならないはずだ。自分の人生を自分で選ぶのに、幼すぎるとももう言えない。
しかし、昭栄はまた残された。カズが闇の底に身を投じるのに、付き従うことも、せめて突入隊の陣で待機することすら許されなかった。
この幾日かが、いつもいつも、絶望の恐怖を昭栄に突きつける。
「カズさん……」
錆や埃で汚れた手に頬を寄せる。幾多の血に塗れても、昭栄にとってはこの手が全てだ。
「カズさんのそばに、いたかよ……。カズさんがおらんと眠れんし、何も食べられん。不安で苦しくて、何もできんくなる」
カズに掬われて、救われた命だから、カズのために使いたい。カズのために生きて、カズのために身体を張って、カズのために死ぬ。そうしたい。
カズのためだけに。そう言い募った昭栄の目は、思わずたじろぐほど真剣でまっすぐで。
「……アホ。お前は何にもわかっとらん」
駄々をこねる子どものように縋ってくる昭栄の頭をなでながら、カズがつぶやく。
欲しいのは、忠誠でも死ぬ覚悟でもない。
一番大事なことを、昭栄は理解していない。だから連れては行けない。連れて行きたく、ない。
昭栄には、カズが何を言いたいのかわからなかった。だから何も言わず立ち上がり、そっとカズの頬に触れる。
「…………怪我、ほんとにしてなかですか?」
軽くうなずくと、しっかりと抱きしめられた。昭栄の肩口に頭を預けて、目を閉じる。こうしてもたれかかってもビクともしない逞しい身体が、少し悔しい。
中身はまるっきり子犬のくせに。
「そげん不安なら、自分の目で確かめてみればよか」
そうつぶやくと昭栄の腕を抜け出して、カズはバスルームへと向かった。
昭栄の大きな手のひらが肌を滑る。ボディソープで滑る手で、ゆっくりと解すようにカズの身体を洗っていく。
「ん、」
ぬち、と妙に淫靡な音とともに全身を撫で回されて、昭栄の膝の上でカズは少し身を捩る。体温の高い昭栄に抱きすくめられてようやく、案外と自分は疲れていたことがわかった。
「はぁ……」
甘いため息が浴室に反響する。カズの耳を食みながら小さく尖った乳首を弄んでいた昭栄は、蕩け始めたカズの顔を覗き込んで笑った。
「何」
「……かずさん、かわいい。」
「アホ」
思わず引き寄せられるほど甘い声で毒づく唇。薄めのそれがぽってりと赤く腫れるほど堪能してから、完全に力の抜けたカズの身体をバスマットにうつ伏せで寝かせた。
「やだ」
「だって、ここはまだ確かめてなかもん」
膝も立たないカズの腰を引き上げて双丘の割れ目にボディソープを垂らす。とろりと濡れた瞳と声で、ポーズだけの拒否の言葉には取り合わない。ある意味ここが一番大事なところなのだ。
指先で小さな窄まりを撫でると、たっぷりのボディソープがくちゅんと音をたてた。時折ひくひくと動くそこは、浅いところまではしっかりと滑りを呑み込んでいる。そっと指先を差し込んだら、はぅ、カズの可愛いため息。すごくえっちだ。
第一関節だけをくにくにと動かして入り口を解す。温まった浴室のせいか、先の全身マッサージがよかったのか、そこはすぐに緩んで昭栄の指を受け入れてくれた。
「ぁん……」
痛みがないように。傷をつけないように。丹念に襞を撫で、指を増やす。頬を染めて小さく声を零すカズのうっとりした様子に、昭栄は安心して微笑んだ。
よかった。ここはまだ、自分以外の誰にも触れられていない。
指は差し込んだままそっとカズを仰向けに転がす。擦られる角度が変わる快感をきゅっと目を閉じてやり過ごしたカズに、しっかりと腰を抱え込んで圧しかかる。
「何……」
「おれも、カズさん」
ぽやりと開いた唇を軽く吸って、とろとろのカズのペニスに自分のいきり起ったモノを擦り合わせた。
「あ」
「うっ……やば、ぬるぬる」
ボディソープとお互いの先走りでぐちぬち鳴る音もたまらなくて、全身に熱が回っていく。あまりの快感に背筋がゾクゾクして、二の腕に鳥肌が立った。
「ぁ、あ……、ぅん」
揺すられた身体が上へ逃げを打つから、思うほどうまく擦り合わない。焦れたカズが昭栄の首にしがみついて、それでようやくぴったりと合わさった身体に、快感に集中しきっていた昭栄が目を開ける。
すぐそばのカズの瞳は欲情に濡れていて、のぼせ気味の昭栄の頭から容赦なく理性を剥ぎ取っていく。飲みきれなくてこぼれた唾液まで可愛い。ありえない。
「あっ!あ、ぁん、ふぁ」
カズの滑らかな白い腹に、自分のしっかりと割れた腹筋を押し付けた。挟んだペニスを擦りつぶすくらいの勢いで腰を振り、カズの中に埋めた指も同じリズムで抜き差しする。
「はぁ、は、かずさ……」
「ゃ、やっ、ぁう、はぅ」
喉を反らせて喘ぎながら、いやいやと首を振りつつ、カズの腰も昭栄に合わせて動いている。えっちなんてものじゃない。身体中の血が沸騰する。こめかみがドクドクうるさいくらいだ。
「鼻血、でそう」
「んっ……しょ、え、……なん、て?」
「なんでもっ、なか、です」
快感に浮かされて溶けきったカズの思考では、昭栄が何を言ったか、わからなかったしどうでもよかった。それよりもっと、気持ちよくして。
「あん、ぁ、しょぉ、しょぉえ」
腕も足もしっかりと昭栄の身体に回して、胸元まで触れ合わせて昭栄を感じたら、もう後はただその名前を呼んで、中も外もどこもかしこも、気持ちよくなるしかなかった。
あんまり興奮しすぎたのか、しばらく意識を飛ばしたカズの身体を抱きしめたまま、余韻に浸って動けなかった。何とか起き上がって、鼻の下を拭ってみる。血は出ていなかった。よかった。
シャワーで身体を洗い流して、カズをバスタオルで包んでベッドへ運んだ。優しく水気を拭いてパジャマを着せたら、自分はテキトーに身支度を済ませ、カズの隣に滑り込む。
温かで柔らかないい匂い。抱きこんだカズの耳を飾るサファイアにキスして、目を閉じる。そうしてようやく、安堵の眠りについた。
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