悪夢の日から一夜明けて、夕方。
思わず口ずさみたくなるほど聞き慣れた爽やかな声が店名を歌う、不思議な曲のかかるスーパー。書入れ時で賑わう店内、青果コーナーの一角では、
「Hey小十郎、奇遇だな!」
「あは、あははは、こんにちはー……」
「…………猿飛、今の今まで、俺はお前を信じてたぜ。」
「うわぁああんごめんよーーー!!!」
高校生男子三人が修羅場を繰り広げていた。


ジャイアン、Kittyに変化する!


「そうか、お前ら友だちだったのか……」
 三人とも生鮮類を買っていなかったので、とりあえずスーパーの外のベンチに腰を落ち着けて。事情を話し終えた佐助に、小十郎は眉間に盛大な皺を寄せてため息をついた。
「なぁ、偶然出会った二人に共通の友人がいたなんて、やっぱり運命だと思わねぇ?」
「ハハハお戯れも大概にしてください殴るぞてめぇ政宗サマ。」
 口端を痙攣させて一応笑っているつもりらしい小十郎と、その隣でべったりと腕に張り付いている政宗の二人が醸し出す異様な迫力で、周囲はベンチも遊具もガラ空き状態だ。この店のお客様はとても賢い。
 二人に向かい合って座る佐助は、他人のフリで帰るわけにもいかず、落ち着かない視界にまたも顔色を土色に染めながら必死で耐えていた。
「うん、まぁ、こっちはそういう事情でさ。いきなりごめんね片倉さん。」
「……いや、まぁ仕方ねぇだろう。しかしそうとなると、アテが外れちまったな」
 うんざりと言った小十郎に佐助が首を傾げる。
「アテって何?珍しいね、片倉さんが俺様に頼み事?」
 あぁ、と唸って、ちらと視線を政宗に。
「家庭教師をな、お前に頼もうか、じゃなきゃいい人材紹介してもらおうと思ってたんだよ。」
「………………はぁっ!?ちょ、無理無理無理!!俺様に死ねって言ってんの!?実は政宗にここ教えたの結構怒ってんの片倉さん!!」
「小十郎!何言ってんだよ、昨日も言ったろ!!お前じゃなきゃ駄目なんだ、他の誰かじゃ意味ねーの!!you see!?」
「だーかーら、思ってたけどアテが外れたっつってんだろうがうるせぇ!!黙りやがれジャリ共が!!!」
 ドスの効いた一喝に、不運にも通りがかった男性がひゃあっと声を上げて飛び上がった。それに目礼で謝って(眉間は寄ったままだったので、男性は睨まれたと思ったかもしれないが)小十郎は声を落とす。
「それに、姉貴がすげぇ乗り気でな。遠藤先生の顔に泥を塗るつもりかって、昨夜散々絞られたんだ。」
 思い出したのかぐったりする小十郎の頬は、よく見ると僅かに腫れていた。小十郎の姉の豪傑ぶりをよく知る佐助は、その理由に容易に思い至ってぶるりと身を震わせる。
    あの片倉さんを引っ叩くなんて、さすが喜多さん……。
「Really?ほんとにちゃんと引き受けてくれんのか?」
「一度やると言いましたから。その代わり政宗サマも真面目にやってくださいよ。」
 佐助はあれれ?と目を瞠った。まるで我が物顔の猫のようにまとわりついて甘える政宗に、小十郎は遠ざけるでもなく淡々と答えている。
「片倉さん、その、いいの?多分政宗ずっとそんなだよ、嫌じゃない?」
 まさか案外満更でもなく思っている、なんてことはないだろうに。恐る恐る訊く佐助をむっと睨む政宗の横で、小十郎は投げ遣りな仕種でうなずいた。
「構わねぇ、覚悟は決めた。すごくいい給料約束してもらってるし、これでちょっとは姉貴にも楽させてやれるだろ。」
 つまりは、ビジネスだと思えば割り切れる、と。
 あぁ、そういうこと。それでその微妙な敬語が出てくるわけね。あははーと乾いた笑いを浮かべる佐助を横目に、なぜか勝ち誇った表情の政宗が上目遣いに小十郎を見つめた。
「なぁ小十郎、早速明日から授業始めようぜ?俺、放課後ちゃんと毎日空けとくから。場所はどこにする、俺の部屋なら時間気にせず勉強できるけど」
「ちょ、ちょっと政宗、毎日頼むつもり!?それはいくらなんでも……」
「うるせぇな佐助、今俺と小十郎が話すんだからお前は黙ってろよ!大体さっきから小十郎と親しげにしやがって、オカンは特売チラシでも見てろ!!」
 どうやら再びの蚊帳の外気味な展開に、政宗は相当苛立っていたらしい。いつものジャイアンぶりには愛嬌もあるが、叩きつけるような声音にさすがの佐助もむっと眉根を寄せる。
 今日こそ何か言ってやろうと口を開きかけた佐助だが、小十郎の目配せに気付いて口を噤んだ。小十郎は任せろというように一度うなずいて、

「こら、政宗。佐助は俺とお前の友人として、間を取り持とうとしてくれてるんだ。政宗ならわかるだろ?友だちに向かって黙ってろなんて、本気で言うような奴じゃないもんな?」
 じっと瞳を見つめて優しく言い諭すという、対政宗効果の抜群な裏技を繰り出した。

 案の定、その低い声と眼差しにめろめろのぐずぐずになった政宗は、
「おれ、いらいらしてた…ごめんな、さすけ」
 ぽわんと夢見心地な表情のまま、佐助に頭を下げたのである。
    あの、ジャイアンが!ごめん!?ぺこり!?一体何事!?
 ぶっちゃけると、今まで政宗には色々と迷惑をかけられてきたが、謝られたのは初めてで。喜ばしい場面のはずが、
    何そのとろけた顔!何そのありえない素直さ!キモい!!
 佐助は怯えて涙目になりつつもカクカクとうなずいて、腕に浮いた鳥肌をそっと隠した。
 一方の小十郎は、この作戦が有効であることを悟ると、好機とばかりに畳み掛けるように政宗に迫る。少し困ったように眉尻を下げると、
「政宗、日程についてだが、俺は畑の仕事もある。毎日は無理だ、わかってくれるか?」
「う……じゃあ、どのくらい?週に一日なんて言わないだろうな」
「課題や予習を見るんだから、そうだな……わかった。月・水・金の放課後に、場所は政宗の教室だ。」
「え?何で……俺の部屋に来いよ、移動が嫌なら小十郎の家に行く!」
 小十郎が家庭教師になってくれれば、邪魔の入らない場所で思う存分二人きりになれる。そう信じ込んでいた政宗は、まるで縋りつくように小十郎の腕を抱きしめた。
 しかし既に政宗のツボは把握されている。ぷく、と頬を膨らませたその不満の表情も、
「いいのか?教室にしとけば、俺が政宗に会いに行ってから帰るまで、時間のロスなく一緒にいられるのにな」
 小十郎の少し悪い微笑みにかかれば、一瞬だった。

 暴君ジャイアンは、小十郎の前では文字通り手乗りの子猫ちゃん。出会って二日目とは思えない余りにも鮮やかな操縦っぷりに、唖然と言葉を失った佐助に対して。
    人間、諦めて覚悟を決めりゃ、何だってできるんだよ。
 我の強い姉に散々振り回されて生きてきた小十郎は、既に政宗のジャイアニズムすら受け流してしまうほどに、我侭に対しては悟りを開いていたのであった。


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小十郎の半分は喜多姉のパシリでできています(笑)
冷静に考えれば家に行った方が何だかんだ長く一緒にいられるだろうことに気付かない、恋する乙メン政宗様。
今回は完全に小十郎の一本勝ち〜!