時は幕末、地は京都。
維新志士や攘夷浪士、幕府の侍たちが
ひしめき合って
当て所ない命のやり取りを
強いられていた頃のお話―――
「カズー、ちょっと油分けてくんない?」
「あ?なん、翼か」
ここは京都の花町・西新屋敷、俗に島原と呼ばれる遊廓村。
中でも翼とカズのいる水屋は、島原でも一番人気を誇る店だ。
その一番の要因は、他と異なり女郎買いの他に少年も買うことのできる
数少ない陰間茶屋の要素も含んでいるから。
しかも、何かと規則の厳しい女形見習いたちの陰間茶屋とは違い、
将来の目標など与えられずただ女郎の仕事をするだけ。
金さえあればどんな客でも取る、というのが猛者たちに好評だった。
「昨夜は気付かんかったと?」
減れば一目瞭然だというのに、とカズが呆れた声をしながら
視線を投げた相手は、水屋の陰間No.1の翼。
カズは彼の同室の陰間。
翼の次に来た圭介という少年の次に、
ここへ連れて来られた翼組の三人目だ。
陰間は他にも数名グループ分けされていて、
順に割り当てられるようだった。
カズがここへ来たのはおよそ二か月前。
元々小さい頃に病弱な母を無くして新たに嫁いできた継母と暮らしていた。
それなりに立派な米蔵を持ち、
酒屋を営んでいた父が去年流行り病で急に死に、
継母は父の財産だけ奪って新しい男と逃げてしまった。
残された姉は芸者、二人の兄はそれぞれ奉公先に引き取られ、
カズはまだ働き口にはならないからと島原へ連れて来られた。
兄たちが必死で稼いで自分をいつか買いにくると約束してくれた。
姉もそれまで酌さえする必要がなかったのに、
稽古や人間関係の辛い芸者を進んで受けた。
なのに、男のカズが文句など言えた義理ではなかった。
覚悟していたわりに、水屋を含め、島原は「きちんと」していた。
店に上がる前に陰間として仕込まれ、カズの入った水屋でも、
異常な嗜好の客などが暴れることがあれば
特殊な刺客が奈落という場所へ葬ってくれると聞いた。
運良くこれまでにカズが相手をしたのは皆、どこぞの若旦那や侍が主。
親を無くして兄弟たちが生きる全てだったから、
兄弟たちと再び共に暮らせる日が来ることだけを願い過ごした。
自分の見受け額の高さを知ってからは、少しでも早く出られるようにと、
ほぼ毎日休まず客を取り続けた。
「もう随分経つのに、まだ豊後訛り消えないんだな、カズって」
「ん?あぁ…ばってん、仕事ん時はちゃんとここん口調で話しとぉぞ」
「ま、俺も江戸、圭介も駿府だから言えた義理じゃないけどさ」
京都に来たからには仕事の時は故郷の言葉は封印しなければならない。
それが島原の掟。
ここでは余所者は滅多に雇わないから。
初めての仕込みの時に、それもしっかりと教わった。
その日から、客の前で訛りを出したことなど一度もなかったのに、
カズが唯一故郷の訛りで話す相手が一人だけ居る。
島原の妓たちが唯一糧にしている「恋人」。
本当は客の前で異国の言葉は誤法度だからと、
そのことは翼や圭介にしか教えていないけれど。
翼にも圭介にも、恋人は居た。
翼には同じ江戸出身の黒川という剣客。
圭介には相模出身の須釜という剣術道場の師範代。
「カズ――!お客はん!」
いつものように客寄せ前で寛ぐカズに、指名が入った。
相手はもう通りを上から見ていたから分かっている。
カズの馴染みの高山昭栄。
あの新撰組の隊士のひとりだ。
仲間に誘われ島原に繰り出したはいいが、
余りのきらびやかさと積もった疲労が重なり、
眩暈を起こして水屋の前で倒れたのが事の発端。
そこへ外から帰ったカズが通り掛かり、
取り敢えず自室へ運んだのが出会いだった。
警戒も兼ねていたのか派手な浅葱のダンダラで、すぐに所在は割れた。
残念ながら聞けば局長・副長・助勤・組長・監察などの
どんな有名処にも該当しない平隊士。
だけど、半分混乱したまま捲し立てた昭栄の懐かしい口調に、
カズもつられてチラッとだけ訛ってしまってからというもの、
遊廓のムードが苦手な彼はなにかとカズの部屋で
仲間との時間合わせをしていた。
「平隊士なんや、そげん俸禄も降りんとやろ?
何もせんと帰って勿体無いっちゃ思わんね?」
いつもの様に仲間と花町へ繰り出してきた昭栄が
自室でお茶を啜って寛ぐのを見遣りながら、カズが呟く。
カズとしてはこれほどの上客は居ないが、
彼は新撰組でも上層部とは違って貧乏。
なのに、仲間たちが存分に遊んで満足して帰るところを
欲求不満のまま帰って大丈夫なのだろうか。
初めの頃はありがたがっていたけれど、
馴染みになってくると少し可哀想に思えてきて、そう尋ねた。
「たった一両で里の懐かしか口調ば聞けっとです。
しかも、カズさんばり可愛かし‥」
照れたようにへらりと笑って言う昭栄は、嘘など吐いている様子も無く。
軽く溜息を吐いて、カズは昭栄の側ににじり寄った。
格子の朱い窓から下を見下ろせば、行き交うひとびとが視界に入る。
こんなところに居ながらも、昭栄は平隊士なりに
「巡察」という仕事をしているのだ。
「か、カズさん‥近いとです」
「あ?こんぐらい大したこつなかやろ」
昭栄の隣に座って同じように外の景色を眺めていれば、
昭栄が少し緊張した様子で呟いた。
きょとんとして見返せば、顔は真っ赤で。
「か、カズさんは自覚なかとですよね…ばってん、
カズさんてばり綺麗なんですよ、うち(新撰組)の他の奴らが
俺も買いたいっち言うん、いつも必死で阻止しとぉです」
「は?来たきゃ来させたらよかやん」
カズは仕事に責任を持っている。
来る客は無碍にはしない。
客を取れば取るだけ、金も溜まって早く抜けられるのだし。
それに、昭栄が来ない日には他の客の相手もする。
だから、昭栄がカズに客を取らせまいとする意味が分からず、首を傾げた。
「そりゃ、俺の居らん時には他の男とも会うんが
カズさんの仕事っちゃけど…できれば、なるべくなら、
俺以外と会わんでほしかとです」
「はぁ?」
「・・・…‥か、カズさんは、笑うかもしれんとですけどっ…
俺、その、ホントに、店ん前でカズさんに出会った時から、
ひ、一目惚れで…」
「―――え!?」
流石にそこまで言われて察せないほど、水屋のカズは奥手でもなくて。
目を丸くして昭栄を見上げる。
「ばってん、こげん色めいたトコ苦手やけん、
いつもカズさんば見よるだけで何や妙にクラクラして…」
剣の道一筋で、幕府の将軍様の役に立つことだけを目標に
生きてきた壬生狼たち。
京に下ってからは俸禄も江戸に居たころとは比べ物にならないくらい
貰えるようになって、初めてこんな色町を知ったのだろう。
里に恋したひとも残して剣の道を選んだ男たち。
大人の男たちは色町で遊ぶのも体調管理のひとつと認識している。
でも、昭栄はまだ若くて、色恋沙汰には滅法奥手で。
好きでもない相手と床を共にするなんて
恥ずかしくて出来ないのだろうと思っていたのに。
そうじゃ、なかった。
「あんましカズさんに近づいたら、胸ん中がゾクゾクざわめいて、
何や俺、危なかとです」
「・・・興奮する、っちこつたい?」
「・・・・・あ!」
どぎまぎしながら言う昭栄にカズが問えば、
一寸ほど俯いてから昭栄が赤ら顔でカズを見つめた。
「したら、きさんずっと我慢ばしよったと?」
「す、すんませんっ。やけんカズさんに魅力なかとか興味なかとか
やなくてっ、好いとぉから直視できんっちゅーかっ」
慌てながら捲くし立てる昭栄を、カズは呆然と見上げた。
本当はすごくシたい気分だったのに、気持ちをコントロールしようと
懸命に堪えていたということになる。
それは、本職としては、いささかマズいことで。
客の欲求を晴らすのが自分たち陰間や遊女の仕事なのに、
見逃していたということ。
しかも、自分を本気で好きだと思っていたなんて、
ちっとも気付かなかった。
けれども、動揺する昭栄の躰は寄り添っているだけで分かるほどに
熱を帯びていて、中心は既に形を変えていた。
「―――もしか、して…いつも、こげんこつなっとったと…?」
「っ!!」
すっ、と昭栄に着せていた水屋の褥を分けてそこに触れると、
昭栄はびくっと身を竦めた。
寄り添っていただけなのに硬くなっていて、
カズが軽く触れただけで、そこは更に膨張した。
「か、カズさん…そげんこつ、駄目です‥」
カズさんが穢れる‥、などと抵抗にもならないなけなしの理性で
呟きながらも、昭栄の手は理性を押し切り
カズの手をしっかり掴んで股間に押し付けていて。
「――…」
「うっ!」
そうさせてこんなにも申し訳無さそうにする客なんて
今までひとりも居なかったから、
何だかカズまで緊張して眩暈を覚えた。
気がついたら、昭栄の足の間に身を埋めて
硬い欲望を咥内で解き解すように奉仕してしまっていた。
いつもは正直嫌々している行為なのに、
何故だか自分の躰までいつも以上に熱く火照って。
舐めたり吸ったりする度にびくりと硬度を増す昭栄自身を
夢中になって銜えこんでいれば、
突然昭栄に肩を掴まれぐいっと引き離されてしまった。
「あ、っ」
一瞬にして視界が引っくり返る。
否、引っくり返らされたのは自分の方で。
目の前に、自分に覆い被さる昭栄と、見慣れた天井があった。
「あ、れっ‥」
「か、カズさん‥っ、あの、あのっ…俺、もう・・・っ」
昭栄が我慢し切れない様子でカズに懇願しながら口吻ける。
そのまま返事も出来ない状態で、
昭栄の手がカズの鮮やかな朱い着物の裾を抉じ開け、
脹脛を滑って太股へと入り込んできて。
「あっぅ!」
奉仕しながら勃ってしまっていた場所を、ぐちゅっと乱雑に握りこまれて、
塞がれた口から喘ぎが漏れ出て喉が鳴った。
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