受験まで、えーと…あと二週間?三週間だっけ?
まぁともかく、明るい未来のために、二人の幸せな高校生活のために!
大好きなカズさんに会えなくても、一緒に遊びになんて行けなくても、がんばってがんばってがんばって……
「だぁあっ、もう無理!!!」
一声叫んでシャーペンを放り出し、机に向かっていた昭栄はコートを掴んで部屋を飛び出した。
「カズさん中毒」の自分にしては、よく持った方だと思う。
やる気充電器
今日もハードな部活を終えて、ゆっくりとお風呂につかって、たっぷりとご飯を食べたカズは、開いた教科書からふと目を上げた。
時刻はもうすぐ午後10時。時計を確認して、ふぅと息をつく。難問に悩むような仕種で、とがった唇にシャーペンをあてた。
今やっている英語の宿題は、別に悩むほど難しいわけじゃない。一つわからない単語があったが、辞書を引けばいいだけのこと。カズの頭に浮かんだものは、そんなものとは全く関係のないもので。
「あいつ、ちゃんと勉強しとーかな……」
こぼれた声に、我に返って自分で恥ずかしくなった。
別に、気になるとかじゃなかぞ!?ただ、あいつ暗記とか苦手やけん!!
目の前の英語の問題に、あぁそういえば昭栄は単語が覚えられないから英語が出来ないなんて言っていたなぁ、なんて思い出したのである。
………………十分、気にしとーやん……。
自分で自分に突っ込みを入れて、机に伏せたカズはため息をついた。
正月以来、昭栄と会ってない。昭栄は受験生で、今が本当の追い込みの時期だ。合格祈願に初詣に行って、受験が終わるまでは会うのを我慢しようと二人で決めた。寂しそうな昭栄に、たった一ヶ月と少しだから、がんばれるよな?と言ったのは自分なのに。
「会いたか、なんて思ってなかぞ。」
言い聞かせるような声音になったのが少しおかしかった。
夏なんてもっと長い間会ってなかったのに。電話だって、冷たくあしらってさっさと切っていた。今は土曜日の夜だけ、それでもたくさん話している。
贅沢もんになっとーっちゃなぁ、俺。
きっと今この瞬間も、昭栄は机に向かってがんばっているだろう。自分と同じ学校に合格するために。あと数週間の我慢で、この先二年の楽しみが待っていると思って。
眉を寄せて問題集をやっている昭栄を思い浮かべたら、気を散らせてぼんやりしている自分が何だか申し訳なくなった。
よし、あのアホががんばっとーし、俺もがんばらんとな。
恋人だとか言う前に、先輩としての意地がある。何だって「カズさんバリすげぇ!!」と思わせておきたいのだ。むしろ恋人だからこそ譲れない、と言うべきか。
一度伸びをして気持ちを切り替える。決意も新たに、カズはシャーペンを持ち直した。辞書を引こうと手を伸ばし……
「おじゃましまっす!!」
「うわっ!!」
突然の大きな挨拶の声に飛び上がるほど驚いたカズは、目を見開いたまま戸口をふり返った。そこにはなぜか、少し息を乱した昭栄が立っている。
「な、なんし、何しとーと!?」
驚きでしどろもどろのカズに、昭栄がずんずんと近づいてくる。何だかひどく真剣な顔で、さすがのカズも動揺を隠せず、思わず机を背に身を引いた。
「何、どげんしたとショーエ……」
イ、と言おうとした瞬間には、言葉を飲み込むように唇を塞がれていた。
「っ……!?」
ぽかんとされるがままになっていたカズは、昭栄の舌が大胆に口腔に入り込んだ感触で我に返る。慌てて抵抗しようとするも、体はがっちりと抱きすくめられ、ご丁寧にも首の後ろには昭栄の手のひらが、支えているんだか押し付けているんだか添えられていて。
や、ばか、これは……
秋、数ヶ月ぶりに会って以来昭栄は「もうちゅってするだけじゃ我慢できんけんさせて?」とか何とか言って、ときどきキスに舌を使うようになった。どこで覚えてきたんだこのマセガキ、と怒るに怒れないのは、
「ん、ぅ……」
上あごをなぞられて、思わず鼻にかかった声が出た。
怒る前にその気が失せてしまうほど、厄介なことにこのキスは気持ちいい。ぎゅっと抱きしめられて唇を合わせるだけのキスより、ずっと昭栄をそばに感じる。
「……ふ、…………」
ほんの少し唇を離して、新しい空気を吸う。角度を変えてもう一度求められたときには、抵抗する力なんて残っていない。舌を絡めとられて甘噛みされると、気持ちのよさに自分の体も支えられなくなって、昭栄の胸にすがりついた。
頭がぽわぽわする。それは昭栄の熱に浮かされて、自分の体温まで上がっているせいなのだろうけど、そんな恥ずかしいことは認めたくない。全部酸欠のせいにして、カズはただ目を閉じて昭栄に身を任せた。
ちゅ、と音がして唇が離れる。伝う唾液を舐めとるようにもう一度、唇を合わせるだけのキス。頭までむぎゅっと胸に抱え込まれて、カズはようやく目を開けた。
とくとくと鼓動の音がする。この音がカズは大好きだ。もう一度目を閉じて耳を澄ませる。しばらくそうしていると、自分と昭栄の心臓の音が合わさって、ぴったりと重なった。
あー……もう、しょうがなかなぁ……
心地よさに思考が甘く溶けた頃、
「おっしゃ、充電完了!!」
力強い声とともに、昭栄はまた突然駆け出した。今度は戸口に向かって。
あら、もう帰るのー?なんて残念そうなカズの母に、はいー夜分にすんませんでした!とかすっきりした声で答えて、玄関の戸が閉まって、自転車だろう、軽い車輪の音が過ぎ去っていく。
物音のしなくなった部屋の中で、カズはぽかんと椅子に座り込んでいた。
……何しに来たとあいつは……。
休日の午前も終わりに差し掛かる頃、携帯の軽快な着信音に、カズは読んでいた雑誌から目を上げた。
『カズさん、受かった〜〜〜〜〜!!』
泣きそうな、でもきっと満面の笑みなのだろう昭栄の言葉に、カズも笑った。
『これでこれから二年間毎日一緒におれるとですね!!』
「うん、そうやな。」
今からカズさんち行ってもいい?と甘えた声の昭栄に、カズはふふ、と笑ってうなずいてやる。親に電話するのも忘れないように、と言うと、あー!と慌てた声がした。後回しにされた昭栄の両親には申し訳ないが、くすぐったい気持ちで電話を切った。
がんばったなとおめでとうは、ちゃんと昭栄の顔を見て言いたいからとっておいた。受かってくれて俺も嬉しい、というのは、言うか言わないか考え中。多分ほだされて言ってしまうだろうけど。
早く会いたい。
がんばれるのは愛の力。カズさんは昭栄のやる気充電器(笑)