街を彩るイルミネーション。鳴り響くジングルベルとラブソング。
聖なる夜がやってきた。
クリスマス・マジック
世界はどうか知らないけれど、とりあえず日本中のカップルが幸せに酔っているだろうクリスマスイブの夜。
昭栄が今いるのは、名古屋。あるマンションの一室。リビングのソファの上。目の前のテーブルにはデパ地下で買い込んできた数々のクリスマスディナーにシャンパン、ホールケーキ。その先にあるのは、愛しい恋人・カズの笑顔……
ではなく。
「カズさ〜ん、そげん膨れんと、ね?ご飯食べましょうよ〜!」
カズがいるのは確かにいるのだが、彼はぶっすーとふくれっ面で床にぺたんと座っている。昭栄がこの部屋に来て以来、今日はずっとこの調子なのである。
「……なぁ。お前、どげん思っとーと?」
据わった目のまま、カズが問う。
「どげんって、何がです?」
きょとんと返した昭栄に、カズがむきーっとクッションを投げつけた。
「何がってなん!?そげんもん聞かんでもわかるっちゃろ!!お前、今日が何の日やと思っとーと!?」
「クリスマスイブですよー。わかっとーけんほら、ご飯とかケーキとか買って来たんですもん。」
「ち・が・うっっっ!!!」
そんな浮かれた行事、この際どうだっていいのだ!
「ほんとやったら今日、天皇杯やっとーはずやったのに……」
悔しさの滲むカズのつぶやきに、昭栄は目を丸くした。
昭栄のチームもカズのチームも、先日の5回戦で敗退した。それに勝っていたら今日が準々決勝、お互い勝ち残っていれば、元旦の決勝で直接対決のはずだった。
カズがそれを楽しみにしていたのはよくわかっている。自分だって伝統ある舞台でカズに挑むチャンスを、それはもう楽しみにしていたわけだし。
「それなのに、こげん浮かれて用意して来よって、ヘラヘラしとーし……悔しくなか?」
敗戦して、一足早めの冬休みになり予定がぽっかり空いてしまって、その上更に昭栄がそれを喜ぶように浮かれているものだから、悔しさや怒りが頂点に達してしまったようである。
「うーん……あんね、カズさん。俺、悔しくなかやったと思います?」
切り返しにむぅっとカズが口をつぐむ。昭栄だってプロだ。トップを目指す選手が、負けて悔しくないわけがない。
「チームでは当たり前っちゃけど、自分でも色々課題とか、検討したりして……。ばってん、それとこれとは別問題でしょ?悔しかやったら、カズさんに会いに来ちゃダメ?」
「……ダメじゃなかけど……」
「悔しかやったばってん、カズさんに会えるけん元気出るなって思ったんは、おかしかやった?」
「おかしく、なかけど……」
「せっかくカズさんに会えるけん、一緒においしいもん食べたかなって思って、ばってん店の予約なんぞしとらんやん?試合やっとーはずやったし。」
クリスマスイブの夜、予約もなしにレストランへ出向く無謀さは、簡単に想像がつく。空いている店を探し回った挙句にその辺のラーメン屋で食べるなら、最初からクリスマスっぽいものを買って家で食べた方がずっといい。
ダメだった?と首をかしげてみせると、カズは何も言わず昭栄に背を向けてしまった。珍しく言い負かされて、おもしろくないのだ。可愛らしいなぁと昭栄が相好を崩す。
「ねぇカズさん、そげんとこ座らんと、こっち来て?」
テーブル越しに腕を引く昭栄の隣に、カズがぶすっとしたまま移動した。二人掛けのソファなのに妙な間隔をあけるカズを、強引に腕の中に収めてしまう。本日初の抱擁だ。
「痛か」
「やって、今日カズさんずーっと怒っとるけん、なかなかこげんできんかったでしょ?俺ずーっと我慢しとった」
横抱きにしたカズの顔を覗き込んで、昭栄が甘えるように口をとがらせた。
「今日は久しぶりのちゅーもしてなか!」
久しぶりのちゅーは、昭栄が勝手に二人の習慣としている挨拶だ。頬ずりをしながら抗議する昭栄の首に、カズの腕が回される。
ん?と顔を上げた瞬間、ちゅ、と可愛い音がした。触れるだけですぐに唇を離したカズは、頭を昭栄の首元に預けて甘え始める。まだぷうっと膨れている頬を眺めながら、よしよしと優しく頭をなでた。
八つ当たりをしておいて何だけれど、実はずっと、こうして包まれることを待ち望んでいた。温かな安心感に心がほぐれて、言葉が落ちる。
「俺、ちかっぱ調子よかやったのに。俺やったら……」
そのつぶやきに、昭栄はなるほど、と心の中でつぶやいた。カズが本当に訴えたかったのは、これだったのだ。
カズは現在、グランパスのセカンドキーパーである。学生時代は常時レギュラーだったせいか、試合数が多いほど調子がよくなるタイプのカズは、リーグ戦最終節辺りから久々の連続出場で、かなり調子を上げてきていた。
けれど先の5回戦、ゴール前に立ったのは、背番号1。カズの先輩で、グランパスの現レギュラーGKだった。
「俺が出とったら、負けんかった」
負け惜しみだ。大事な試合を任せてもらえなかった。まだそこまでの信頼を受けていないということが、悔しかった。代表戦を何度も経験する偉大な先輩から1番をもぎ取るには、まだまだ精進が足りないということか。
自分が出て負けた悔しさとはまた少し違う、屈折した思いがくすぶる。課題を検討できる分、昭栄はいいよな!なんて、また負け惜しみが心に浮かんで、自分が情けなくてたまらない。
でも、どれもこれも、理屈じゃないのだ。じわっと涙が浮いてきて、このまま泣きたくて、でもそれを見られたくなくて、葛藤にぎゅっと唇をかんだ。
「カズさん……」
愛しさが詰まった声で呼ばれて、優しく口付けられて、その甘さにもう耐えられなくなる。涙がこぼれる寸前、強く抱きしめられた。昭栄の大きな手がカズの頭を押さえて、額を肩口に押し付ける体勢になる。
これで、泣いている顔は見えない。
これで、泣いているカズのそばにいられる。
泣きたいときは泣けばいいと思う。男だからとか先輩だからとか、そんな理由で我慢なんて、絶対にさせたくなかった。自分にとってカズは、たった一人の愛する人だから。
カズにも、同じように想ってほしい。強がりなカズにはなかなか難しいことかもしれないが、怒りも苦しみも、弱さも。全部自分にだけは、素直に見せてほしい。
恥ずかしいことなんかじゃない。だって愛し合っているのだから。
「しょ、ぇ……っ」
震える背中をなでながら、今この瞬間、ここにいられる、その幸せをかみしめた。
遠くで水音が聞こえる。カズがぼんやりと目を開けると、まくった袖を直しながら歩いてきた昭栄が、その視線に気付いてにこっと笑った。
「カズさん、起きました?今お風呂入れたけん、いつでも入れますよ。」
「ん……?」
寝起きでかすれた声を上げるカズの額に口付けて、優しく抱きしめる。
「俺、寝とったと?」
過去に数回あっただろうかと思うほどたくさん泣いたせいか、疲れて眠ってしまったらしい。身体はだるいし目は重いし、頭もぼーっとしているが、気持ちは幾分すっきりしていた。
「うん、30分くらいっちゃろか?お腹すいた?ご飯とお風呂、どっち先にします?」
「んん……どっち……?」
「あ、なんや、今の新婚さんみたかやった。カズさん、やっぱり俺にする?いつでもよかよっ!」
「何言っとーとアホっ!」
ごつっと頭を殴ったら、久々の鉄拳を大げさに痛がりつつ、昭栄が笑う。変に優しくなるわけでもなく、暗くなって心配するのでもなく、いつも通りに調子よく自分を甘やかす昭栄が、何だかすごく愛しくなった。
「……なら、風呂にする。」
「はーい。ちぇ、残念。」
ぺろっと舌を出して立ち上がろうとする昭栄の腰に、むぎゅっと抱きつく。
「どこ行くとショーエイ、お前も一緒やけんな?」
「………………。へっ?」
ぽかんと口を開けて、ようやく理解が追いついたのか、昭栄の顔がぼふっと赤くなる。珍しくうろたえたその表情を、カズが悪戯を楽しむ子供のような瞳で見つめた。
試合のはずの今日はデートになって、八つ当たりの挙句に昭栄の胸でわんわん泣いて、恥ずかしいはずが安心しちゃってたりなんかして、今日の自分はいつもと違う。
そんな日くらいは、こんな風に積極的に、昭栄を惑わしてみるのもアリだろう。
「……ほ、本気にしますよ?」
真っ赤な顔で、しかし瞳はすでにソノ気の昭栄の腕に、カズは強気に笑ってその身を委ねた。抱き上げられて、バスルームへ歩き出す昭栄の頬にキスをする。
ちゅ、ちゅ、と何度もそうして、赤く染まる耳に楽しげに笑うカズをぎゅっと抱きながら、昭栄は心の中でつぶやいた。
そうやって悪戯できるんも、今のうちですけんね!
お風呂に入ればこっちのものだ。クリスマスの魔法で大胆になっているカズを、泣いて縋るほど悦ばせてあげようではないか。
街中を浮かれた色に染め上げて、
恥ずかしがり屋のカズさんに、大胆なお誘いをさせてしまう。
それはきっと、クリスマス・マジック!
とか言って、途中からイブ関係ないっていうね(笑っとけ!)