「集合!!」
グラウンドに響いた監督の声に、ダッシュをしていた少年たちが顔を上げた。
シブサワという男
ダッシュの勢いのまま監督の元へ集まった少年たちは、綺麗に整列をして姿勢を正す。
「うっす、監督。九州選抜、集合しました!」
キャプテンである城光の言葉に、監督はうなずいて全員を見回した。
「今日はまず確認せんといけんこつがあってな。」
髭をなでながら、とぼけた顔の監督がにやりと笑う。
「トレセンまでとうとう一月ば切ったな。練習はあと何回や?」
「今日合わせて三回です!!」
「仕上がりは順調や。俺が思った以上に、今年はよかチームったい。」
少年たちの顔にも、それを自負する笑みが上った。うぬぼれではない。チームを、仲間を、そして努力してきた自分自身を、信頼するからこその自信だ。
「トレセンは地域格差ば埋めて、日本の実力ば底上げするんが目的のもんったい。ばってん、俺らが目指すんはそれか?どうや?」
視線で聞かれたカズは、ぐっと眼差しを強くした。その視線の先には、青い芝のスタジアム。
「日本一は九州選抜やっちゅーこつば、見せつけてやります。」
満足そうにうなずいて、監督はもう一度全員を見回した。
「そうや、あくまで照準は練習後のトーナメント。試合で学べ。」
「「「うっす!!!」」」
「タカ〜!!遅かやぞ!!」
「悪か、ちょぉ寝坊した!昨日楽しみでなっかなか寝れんくって」
早朝の空港ロビー、黒と赤のジャージの集団に、昭栄は一人遅れて駆け込んだ。呆れ顔の仲間たちにへらりと笑って返した彼の頭が、次の瞬間地に沈む。
「なぁーーーーにが寝れんくってぇだ、このアホんだろ!!!」
「か、カズさんすんません!!」
鬼の形相のカズには、さすがの昭栄も笑って返すわけにはいかず、叱られた犬のように体を縮めて謝った。三回ほど鉄拳を受けたところで解放される。
「ったくお前は何回言ってもわからんな。遅れたら置いていくって言ったろーが!」
そう言いつつも誰よりもそわそわと心配そうに待っていたのはカズである。知ってか知らずか、昭栄はぱっと笑って顔を上げた。
「はい!!やけん置いていかれんようにバリ必死に走って来たとです!!」
カズの肩から力が抜ける。はー……と重いため息をついて、背を向けてしまった。
「カズさん?カズさん怒っとーですか?」
「あーもー、もうよか!あっち行け、お前の相手すっと疲れる!」
「あっち行ったら置いていかれるじゃなかですかぁ!」
小さな守護神にべたべたとまとわりつく大型犬。九州選抜の少年たちは、いつもの光景にようやく全員揃った気持ちで、苦笑を交わした。
「おし、そろそろ時間っちゃね。」
城光の言葉に、再び昭栄に振り上げていたこぶしを止めたカズは、代わりにその背中を思いっきり叩いた。べちーん!と何とも痛そうないい音がする。
「あいたぁ!!何しよっとですかぁ〜!」
「しゃきっとせんか!お前も一応九州代表やけんな、情けなかこつしとーと容赦せんぞ!!」
全員の視線が、カズと城光に注がれる。
「東海・関東は特に、他の地域にもよか選手が揃っとーらしか。ばってん俺らが負ける相手じゃなか!」
「俺らん九州選抜が一番強かに決まっとー!!」
「「「おぉ!!!」」」
「目指せ日本一!!」
「「「おぉ!!!」」」
「目指せナショナルメンバー!!!」」」
「「「おぉ!!!」」」
「そしてっ、打倒・渋沢や!!」
「「「おぉー!!!」」」
んぇ?
カズと城光を中心に盛り上がる少年たちの中で、ただ一人昭栄が首をかしげた。
日本一とナショナルメンバーまでは、わかったっちゃけど……
そう、そこまでは自分も皆と一緒に盛り上がっていた。
最後、カズさん何て言ったと?
確か、「打倒・シブサワ」とか何とか、聞こえたような。関東とか東海ではなく、シブサワ?そんな地方があったっけ?
……いやいやいくら何でも、そこまでアホじゃない。シブサワというのは、地名ではなく人名だろう。多分、きっと、おそらくは……?
「カズさんカズさん!」
だんだん自信がなくなってきた。考えるよりも聞くほうが早い。いつになく闘志を燃やしているカズに声をかけると、勢いが削がれたという顔で見上げてくる。
「何や?」
「カズさん、あのですね……シブサワって何?」
盛り上がりが嘘のように静まり返ったロビー。えっ何で!?と周りを見回す昭栄の肩を、目を見開いて硬直していたカズが掴んだ。
「お前……渋沢知らんと!?」
まるで目の前に宇宙人でもいるかのような、信じられない気持ちの詰まったカズの声に、昭栄は戸惑いながらもうなずいた。
「シブサワ?って人の名前?」
そこからか。少年たちが頭を抱える。聞かれたカズはといえば、昭栄の肩を掴んだまま、うつむいてフルフルと肩を震わせていた。
ヤバいぞ。これはヤバいぞ。視線で伝え合って、少年たちはじりじりと後退りを始める。取り残された昭栄が何事かと慌てていると、カズがばっと顔を上げた。
「お前な!!こん年代で渋沢知らんげな、終わりやぞ!!」
「お、終わりですか!?」
ぎょっと目をむいた昭栄に、カズは力強くうなずいた。
「そうや!!ばってんしょうがなか、今回は特別に、俺が渋沢んこつ教えちゃる!!」
ほんとですか!!と喜んだのも束の間で。やっぱり来た!と顔を覆った仲間の、この行動の理由を、昭栄は身をもって知ることになる。
「よかか、渋沢はすごかやぞ!渋沢は、東京の名門・武蔵野森のGKったい。元々はな……」
五分経過。
「……そん頃には身長がもう160あったこつもあって、渋沢はGKになった。あいつは努力もするけん、すぐに関東でも有名な……」
十分経過。
「…………そんで俺が小6でトレセンに選ばれたとき、あいつと初めて試合ばしたっちゃけどそんときは俺とあいつの一対一げな攻防が…………」
「………………で、あいつの今年の試合成績やけど、去年と比較すると、まず出場数総計では………………」
かれこれ十五分、カズは「渋沢ヒストリー」を語り続けている。渋沢の簡単なプロフィールから、彼がサッカーを始めてから今までのダイジェスト、過去の戦歴データまで、その知識の豊富さは一冊本が書けそうな勢いだ。
普段のカズは、口数が少ない。大好きなサッカーの話題でも、一人で誰にも口を挟む余地すら与えず喋り続けていることなど、絶対にない。
それに加えてカズという人は、頭は文句なくいいのだが、物覚えがあまりよろしくない。英単語や公式はしっかり記憶しているのに、人の顔や名前といったものは不思議なほど覚えていない。
その、カズが。総合して、今のこの状況は、異常だ。
……なんか……何やろう。
目の前のカズは瞳をキラキラと輝かせて、まるで自分の功績を自慢するかのように「渋沢のすごい話」を昭栄に聞かせている。
「それで、俺が一番よく覚えとーのは、去年のナショナルんときの話っちゃけど、角度のないとこからの絶妙なループ、絶対入ったって思ったら渋沢が」
そのときの感動を思い出したのか、キラキラの瞳がうるうるになってきて、昭栄の肩口のジャージをぎゅっと握り締めて、もう何とも言えず可愛いことになっている。
……なんか、バリ、ムカつく……。
額に青筋が浮きそうだ。これ以上続けられたら、人目なんて関係ない。カズの口を力ずくでふさいでしまいそう。
「やけん渋沢はこん年代一やって言われて、どの試合でも」
「……カズさんっ!」
突然昭栄にがしっと肩を掴まれて、驚いたカズの口が15分ぶりに止まる。
「そんシブサワって奴もすごかかもしれんばってん、一番はカズさん。でしょ?」
にこ、と無理して笑った昭栄に、カズははっと我に返った。熱中しすぎて、自らライバルの渋沢をこの年代一などと言ってしまったではないか!
「……ま、まぁな。渋沢はすごかよ。俺の次に!」
「ですよねー!やってカズさんよりすごか人なんぞ見たこつなかもん。ねー?」
「あ、当たり前っちゃろ!やけん、まぁ渋沢は要注意やけど、俺がおるけん九州が勝つって決まっとー、ちこつば言いたかったと!」
うんうんとうなずき合う二人に、城光が搭乗ゲートの向こう側から声をかけた。
「お前ら留守番にするぞ……。」
「「げっ」」
慌てて荷物を持って走り出すカズの後を追いながら、昭栄はまだ見ぬシブサワを思い浮かべた。
シブサワか。絶対ごっつくてブサイクのいけすかん奴に決まっとー!
偏見にもほどがある勝手な想像図にむっと眉根を寄せて、昭栄には珍しく目を据わらせた。
決めた。そいつは絶対俺が倒すっ!
可愛いカズさんにあんな顔をさせるのは、自分だけでなくてはならない。渋沢からぼっこぼこに点を取って、カズの目を覚まさせるのだ。
そしたらカズさん、俺んこつもっと好きになってくれるっちゃろか?
ショーエイかっこよか!と瞳を輝かせるカズという究極にありえない想像に、昭栄は頬を緩めた。やる気がむくむく湧いてくる。
「おっしゃー!!打倒・シブサワっっっ!!!」
「!?」
「?どしたんすかーキャプテン。」
Jヴィレッジに向かうバスの中、突然ぶるりと体を震わせた渋沢に、通路越しの隣から藤代が不思議そうな視線を寄越す。
「いや……何だろうな、突然悪寒が。」
「風邪っスかねー?気をつけないと、大事なときなんスから。」
あぁ、とうなずきかけて、渋沢は慌てて藤代の手の中のものを奪った。
「藤代!バスの中で菓子を食べるな!!」
「げっ、俺だけ!?後ろから回って来たんですよー!!」
視線をやると、鳴海や若菜の頭がさっと視界から消える。悪びれず最後の一口を食べるのは黒川。上原と桜庭はぎこちなく視線を逸らした。
「お前ら、いい加減にしろ!!」
「うまいぞ。」
「不破……お前もか…………」
自チームだけでも大変なキャプテン・渋沢は、遠く九州で自分をライバル視する男が増えたことなど、知る由もなかった。
きっとこの後、データを見て身長負けてる!とか
渋沢さんの人柄も評判がいい!!とか色々知って、どんどん悔しくなることでしょう。
がんばれ昭栄(笑)