カズさん、うるう年ですよ。何か特別なこつ、しましょうよ。
特別なこと
オフの間はずっと二人で過ごした。夜だろうと昼だろうと気が向いたら抱き合って、二人で作ったご飯を一緒に食べて、バイバイしなくていい朝や夕方が幸せとか言ってまた抱き合って……そんな風に。
もちろんオフだからと言って全くトレーニングも練習もしていないわけではなかったけれど、それすらも昭栄と一緒にやっていたり。
普段あまり一緒にいられないから、オフくらいべったりしていて何が悪いと開き直ってもいい。しかし、試合という制限を外した自分が、これほどまでに恋人のくれる甘さに溺れきってしまうものだとは。
どんだけヤれば気が済むと。
我ながらうんざりする。まぁ、毎年思って、思うだけで終わるものなのだけれど。
「んぅー……カズさぁん?何か言ったと?」
背中からはりつくようにして眠っていた男が、年下らしく甘えた声をあげて起き上がった。くしくしと目を擦りながらカズの肩を引き寄せる。
「何も言ってなか……もう、今日はダメ。眠かっちゃろ?」
「ん〜」
むにゃむにゃと曖昧な返事をしながら、甘えたいらしく昭栄はカズの胸に擦り寄った。頭をなでられて、嬉しそうに笑う。
「何か、目ぇ覚めてしまったとです。カズさんは眠くなか?」
「眠か。あんだけヤって疲れとらん方がおかしかやろーが」
「えへ〜、だってカズさんがちかっぱ誘うっちゃもーん」
誘ってない!と怒りの平手をお見舞いして、寝返りを打った。
開幕直前の今日、練習から帰ってくると、明日は休みだと昭栄が待っていた。そろそろ選手として体の調子を上げていきたいところだから、自分も休みだが連絡していなかったのに。一体どこで調べてきたのだろう。
『シーズンが始まったら休みもなかなか合わんし、もうこげんゆっくりもできんとですよ?ラストチャンスだと思って。ね?』
バレている以上帰れとは言えなくて、無茶できないと思いつつ、そう言われると強く拒否もできなくて。
結局、日の高いうちからいちゃいちゃべたべた、インターバルは挟みつつも結局何回だとか、数えるのも億劫なほど抱き合った。
ついこの前まで毎日散々抱き合っていたというのに、まだこの調子が続く昭栄も昭栄だが、ほだされて流されて、結局は求められることに満足している自分も自分だ。
よくやるよなぁ、若いんだなぁ。
「遠い目。」
「せからしか」
背中を向けられて、つまんないと唇を尖らせて覗き込む昭栄が、カズの目元をつんつんとつついて笑う。他人事にして逃避しようとしているのが伝わったようだ。こういうところは鋭い。本能の成せる業かもしれない。
「ねーねーカズさん!」
枕元に置いた携帯電話のディスプレイを確認した昭栄の声が弾む。その行動ですぐに昭栄の言いたいことを察したカズは、面倒そうな表情で昭栄に向き直った。カズも勘は鋭い。今回に関しては、勘と言うより経験だろうか。
「明日、っちゅーかもう今日ですけど、29日ですよ!うるう年!!何かしましょうよ、記念になるこつ。」
予想通りの言葉に、カズは思わず苦笑した。
四年に一度しかない2月29日。昭栄はなぜかこの日に妙なロマンを感じているようで、クリスマスやら誕生日やらと同じくらい熱心に、何か特別なことをしよう!とカズに提案してくる。
出会ってから最初のうるう年、カズがあきれた顔で特別なことって何だと聞けば、昭栄は目を輝かせて言った。
『例えばですね〜、高級レストランで食事して、お洒落なバーでお酒ば飲んで、夜景のバリ綺麗なスイートルームで』
そこまで来てはっしまった!!と口を塞いだ昭栄に、あの頃の自分は極寒の視線を投げたと思う。馬鹿な恋愛ドラマでも見すぎたんじゃなかろうかと鼻で笑ったような気もする。
だって、高級レストランもお洒落なバーもスイートルームも、まだ子どもだった自分たちが、じゃあやろうと言って叶えられるものではなかったから。例えばなんて昭栄は言ったが、例えにすらならない願望だ。
その次のうるう年にはお互い何かと忙しくて、わずかな隙間をぬって実際会ったら、うるう年だの特別だの言う余裕もなく抱き合って。翌朝すぐに別れなくてはならなかったので、シーズン中の休みと大差なかった。
今年はもう大人で、プロとしても大分定着してきて、結構自由になるお金があって、ほんの少しだけ時間の余裕もある。
だから、昭栄が昔からの夢を叶えたいと言ってくるんじゃないかと思っていた。
「記念になるこつって?何がしたか、高級レストランか?お洒落なバーで酒飲むんか?高級ホテルのスイートルームでえっちでもすると?夜景は見れんぞ、次の日は練習ったい。」
からかうように並べ立てたカズに、昭栄がぱっと顔を赤くした。
「うわ、カズさん覚えとったとですか!恥ずかしかー……俺、ガキんくせにバリ夢見とったとです」
「お前、案外ロマンチストやもんな。初めてのデートでは公園で手ぇつないで〜とか」
「いや〜っ!!カズさんやめて!!そん話はやめてぇ!!」
両手で真っ赤な顔を覆って悲鳴を上げる昭栄に、カズが耐え切れず笑い転げる。
「ひどか、あんときはカズさんも『ごめんなショーエイ』って顔で俺んこつ見とったくせに。今になってゲラゲラ笑いもんにして〜!!」
そもそも、鳩が嫌で走って逃げたのはカズなのに、なぜそれで置いてけぼりをくらった自分が笑われるのかがわからない。わからないが、あの初デートの酷さは、昭栄の人生でトップ3に入る恥ずかしい記憶として残っている。
「あんときはあんとき、今は今。お前が乙女チックな行動するけんやろ」
「……今でも鳩、嫌いなくせに」
「何ぞ言ったかゴラ」
「あっカズさんのど渇いてなか?無理させてごめんね、今持ってくるけんね!」
素早くベッドを抜けて行った昭栄に、カズはふんと鼻を鳴らした。もぞもぞと布団にもぐってしばらく待っていると、ミネラルウォーターのペットボトルを手に戻ってくる昭栄の顔はもう赤味が引けている。
「立ち直りの早か奴」
昭栄はベッドサイドに座って、口に水を含んだ。そのまま覆いかぶさってくる彼に、カズは素直に口を開く。
ゆっくりと流し込まれる水をこくこくと飲み干して、顔を離した昭栄にもっと、と舌を見せた。どことなく甘い水。何度も何度も、満足するまで繰り返される。
「ん…………」
「もうよかです?」
顔を背けたカズの額をなでながら、昭栄が優しく訊く。うなずいたカズの頬にキスをして、用済みのペットボトルは蓋をしてその辺の床に置いた。
片付けてこいというカズの視線には気付かないフリ、さっさと隣に滑り込む。ジャージのズボンだけ穿いている状態では、深夜はさすがに寒かった。
「カズさんぬくか〜。もっとこっち来て?」
冷たい身体に寄り添うのはちょっと嫌だったけれど、黙って引き寄せられるままにした。一応自分でも、今がどういう雰囲気とか相手が好きな奴だとか、ちゃんとわかっているから。
もう十分、大人やけんな。
すっぽりと昭栄の腕に包まれて、その胸に額を擦り付ける。こんな仕種もちゃんとできるようになった。こんなふうに穏やかに、思うようにできるのは、ごく稀ではあるけれど。
だんだんと温かみを取り戻すその腕に抱かれていると、これだけで十分だと思える。これ以上の特別など、自分には見つけられない。
「ねぇ、今日……やっぱりどこにも行かんでよかです。」
ん?と目を上げると、昭栄がとろけそうに甘い瞳で見ていた。大好きです、二人っきりでいたいんです、と何よりも雄弁に語るその目が、恥ずかしくて嬉しい。
「スイートルームでえっちするんが夢やったんじゃなか?」
「それはー、その、……また今度……?」
カズが意地悪く笑ってみせると、昭栄はもごもごと言って照れたように笑う。へにょんと垂れる目尻。その昔から変わらない幼い表情が、カズの胸を甘く揺らした。
「今日は一日、ずーっとこうしてくっついとるっちゅー、特別に決めました」
同じことを思っている。同じ幸せを感じている。それがくすぐったくて嬉しい。
あぁ、またほだされてしまうのだな。頭のどこかで苦笑して、でも今更もうダメって言っただろうなんて抵抗をする気にもならなくて。
「あんまり激しかこつは、いかんぞ……」
溺れきってる。覆い被さってくる昭栄の背を抱き寄せながら、カズは熱のこもったため息をついた。
こういうかんじがいいなと……。
カズさん視点ですが、珍しくカズさんが乙女になりすぎなかったのが嬉しい(笑)