和菓子のオンは扇げば尊いのだそうだ。
オンて何だろう、餡の間違い?扇ぐとおいしくなるってこと??
ネクタイ
昭栄が素っ頓狂な考えに頭を悩ませている間に、卒業式は終わっていた。女子の中にはハンカチでも拭いきれないほど泣いている子もいるのに。
……まぁいいか。
昭栄にとってはこの先の希望の方が大きく、「やっと卒業だー」とうきうきして帰り支度を始める始末。
「あ、ショーエイ〜!今日これから皆でカラオケでも行かんかって話しとーっちゃけど、行くよな?」
「いや、俺パス!用事あるけん!!」
お祭り好きの昭栄ならば当然ノってくると思っていた友人たちは、予想外の答えに目を剥いた。当の昭栄は楽しさ全開の笑顔でスポーツバッグを肩に掛け、ドアの前でびしっと敬礼してみせる。
「んじゃ、俺帰るけん。皆元気でなー!将来サッカー日本代表戦は俺が出るけん見逃さんよーに!!じゃーな!!」
唖然としている同級生に軽いノリで挨拶をして、本当に帰ってしまった。軽い足取りで。
「きょっうは〜カズさんちで〜ごちそうお祝い〜♪」
るんるんと歌いながら走って、昇降口で下駄箱に手をかける。
「そうやー、今日は上履きも持って帰らんと。」
上機嫌で下駄箱を開けた瞬間、
ドサドサ!
「……………………えぇ?」
足元にこんもり山を造っているパステルカラーの可愛らしい手紙。可愛い丸文字で「高山くんへv」と書いてあったり、ハート型の可愛いシールで封がされていたり。
更に。
「「「高山君!!」」」
恐る恐る振り返ると、三十人くらいだろうか。メイクも髪型もばっちりきめた、可愛い女の子たちがずらっと並んでいた。
「あ、ぁ。えーと、何ぞ用でもあると?悪かばってん、俺急いどーけん……」
「うん、わかっとー。時間はとらせんよ。ただね……?」
ちょっと恥ずかしそうに笑う表情も可愛い。それでもなぜか、昭栄は嫌な予感に身を震わせた。
女の子は可愛い。小さいしフワフワで、笑っているところとか、華やかでとってもいいと思う。元気な子も気の強い子も内気な子も、皆可愛いと思う。
思うけど!
「「「ボタンくらい、くれたってよかでしょ!!!」」」
彼女たちはまるで昭栄が悪いことをしたかのようにそう叫んで、ものすごい勢いで昭栄に詰め寄った。そのままの勢いで、我先にと綺麗に磨かれた爪が迫ってくる。
ピンクの封筒もキラキラに光るペンもくるんとしたまつげもいちごの髪留めもつやつやの爪もフローラルの香りも、皆みんな可愛い。
可愛いけど!!
「い、いやーーーーー!!!」
どんなに可愛くても、限度っちゅーもんがあるでしょ。
「ふ、それでそげんかっこで逃げて来たと?」
「だってカズさん俺っ……バリ怖かったとですよ!?何あれ、あんなん俺女性恐怖症になるかと思ったもん!!マジで!!」
ブレザーは腕の飾りボタンまで引き千切られて、カーディガンを犠牲に何とか死守したよれよれのカッターシャツでやってきた愛犬は、カズの顔を見るなり
『うわぁあんカズさん怖かったーーーー!!!』
泣きながらぎゅむぅっと抱きついてきた。すぐに事情がわかったカズは、また派手にやられたなぁと苦笑して頭をなでてやる。
「ショーエイ君ってばモテるのねぇ。寒いのにかわいそうに……はい、これお着替えね。ヨシ君のお洋服ば借りて来たとよ。」
「うぅう、おかあしゃんありがとうごじゃいます〜〜〜(泣)」
女神さまやー!と拝む昭栄にカズの母はくすくすと笑って、食事の支度をしに階下の台所へ戻って行った。
もぞもぞと着替え始めた昭栄に、カズがいたずらっぽく笑う。
「で、ボタンはどこぞの女に全部持って行かれたんか。俺んときはあげん第二ボタンがどーのこーのって騒いどったくせにな〜?」
え、と目を丸くした昭栄に、カズは悲しげな顔をしてみせた。
「何やったかな、『恋人やったら第二ボタンくれるんが当たり前でしょ!!』とか騒いで……あれ誰やったかなぁ〜。俺は恋人にボタンも貰えんのかなぁ〜?」
ベッドにころんと転がって、クッションを抱いてふて寝のふりをするカズに、昭栄はあわあわとうろたえている。その様子を横目で見つつ、カズは笑いをかみ殺した。
別に本気で思っているわけじゃない。昭栄がどれだけ怖い思いをしたか、誰よりも自分が一番よくわかるから。
昨年はカズが中学を卒業した。勿論おいしいアンコの作り方の歌ではなく、尊い我が師の恩を仰ぐ歌を歌った。
担任や同級生は皆「プロになったら自慢する」とか「今のうちにサインちょうだい」とか言っていた。部室では後輩が泣きながら花を渡してくれて、顧問は「いつまでもお前の活躍を応援している」と言ってくれた。
柄にもなく涙が流れそうになってしまって、唇を噛んだ。
部室を出て城光とともに正門に向かって歩いていると、そこには女子の大群がいた。体育祭などでもカメラを手に友人や先輩などと写真を撮る姿はおなじみなので、特に気にせず通り過ぎようとしたのだが。
「「「きゃーっ功刀くんったい!!ちょぉ待ってーーーー!!!」」」
「「「あっ城光くーん!!きゃーっ!!」」」
え?と二人揃って声のした方を見ると、その大群が思いっきり自分たちに向かって走って来ている。その数二十三十なんてものじゃない。ドドドドと地響き。
民族大移動。
イノシシの突進。
「「「「「「きゃーっボタンちょうだい功刀くん城光くーん!!!!」」」」」」
「「う、うわぁあああああ!!!!」」
あまりの恐怖にガクガクと腰が抜けそうになりながら、お互いに支え合って何とか女子の群れから抜け出したときには、すでに二人とも学ランはおろか中のカッターシャツまで、全てのボタンが奪い去られた後だった。
ボタンだけならいざ知らず、校章も名札も卒業生用のコサージュもない。カズはなぜかベルトもなかった。
早春の風は冷たい。閉めようのないシャツは完全開襟。ジャニーズばりの洋服センスに道行く人も?顔。
「……寒いな。」
「……帰るか……。」
他に何も言うことができず、二人はぽつんとつぶやいて歩き出した。
命があっただけ、よかったと思う。
恐ろしい記憶がよみがえって、カズはぶるりと体を震わせた。なぜあんなことになったのかは未だにわからないが、あんな経験はとにかくもう二度とごめんだ。全財産投げ打ってもいい。
「立つ鳥跡を濁さず」というが、あれは「旅の恥は掻き捨て」に近い精神だったと思う。いや、「赤信号皆で渡れば怖くない」かも。頼むからためらってくれ……。
「カズさん寒かですか?」
ぱさっと体に掛けられた昭栄のブレザーを見て、もう一つ思い出した。
その日昭栄はカズにお祝いを言うため、カズの家で彼の帰りを待っていた。よろよろになりながらも無事生還した自分を見て、
『か、カズさん!?何そのかっこ、誰に襲われたの!?』
あろうことかそんなことをのたまいやがったのだ。
怖かったのに。ものすごーく怖かったのに。命の危機まで感じたのに!昭栄が心配してると思ったから腰が抜けそうになってもがんばって帰って来たのに!!
『……っのぉおアホショーエイがーーーーーー!!!!』
何か思い出したら本気でムカついてきた。覗き込むようにして自分の機嫌を伺っている昭栄をじろっと睨む。
「おーまーえー、俺はなぁ、去年ちかっぱ怖か思いして、それでも第二ボタンはちゃんと持って帰って来たとよ。なのに襲われたぁ?どげん面下げてそげんこつ言っとーや、あ゛?」
「え゛、今更!?……あーいや、だけんそれは何回も、なんっかいも謝ったでしょ?今もちゃんと大事にカズさんの第二ボタンとっとーし!ほんとにごめんね?ね?」
「嫌やもう、お前嫌いや!帰れ!!」
「そ、そんなぁ!!」
すがりつく腕を何度も払われて、カズはまた背中を向けてしまう。
うーわー、マジで?
確かにあれは自分が悪かった。城光がわざわざ「くれって言われたら説明が面倒やけん、式終わったら即行外して隠しとけ」とアドバイスしてくれていたらしく無事だったカズの第二ボタン。
『お前なんかにもうやらん!!!』
相当怖い思いをしたらしく涙目になって怒るカズに、それはもう床が磨り減るかと思うほど何度も頭を下げて、やっと許してもらったのだ。
しかし今現在、カズはぷんっと向こうを向いたまま。ベッドに寝転がって、クッションに顔を押し付けている。これは完全に怒っている体勢だ。
思い出しムカつきにふてくされのコンボなんて、勘弁してほしい。
「カズさぁん……」
背中に頭を乗せて甘えてみても、つんつんと服を引っ張って名前を呼んでも、完全無視。うなじにちゅうしたら横腹に肘鉄をくらわされた。無言の背中に「死ね」オーラが噴き出している。
ふぅ、と息をついて、昭栄はベッドサイドから離れて自分のバッグを探り始めた。
盗られてませんように……!
祈るような気持ちで中身をあさると、バッグの底に目的のものを見つけてほっとする。
「カ・ズ・さん。はいこれ。」
嫌がるカズを背中から抱き起こして、目前に差し出したのは、一本のネクタイ。
「今日俺の友達がね、彼女にネクタイあげとって、聞いたらブレザーはボタンじゃなくてネクタイばあげるんですって。だけん、これが俺の気持ち。」
ぶすっとふくれたままの頬にキスをすると、カズが怒ったように暴れだす。逃がさないようにがっちりと胸に抱きこんで、耳元に唇を寄せた。
「すぐ言わんくてごめんね?びっくりさせようって思って。」
まさか過去の言動まで思い出してすねられるとは思ってもみなかった。こんなことならもう少し早く出しておけばよかったかも。
「……やや、くすぐったか。」
ネクタイを手に持たせてやると、ようやく機嫌が直ったカズが口を開いた。満更でもなさそうな様子に昭栄が嬉しそうに笑って、そっとカズのあごを引き寄せる。
「仲直り。ちゅうさせて?」
触れる寸前でささやかれて、カズも大人しく目を閉じた。
「ばってん、ぶっちゃけこれ貰っても邪魔やな……。」
「ひ、ひどかー!!(泣)」
「和菓子の〜」は、私のパソの一発変換です。パソコンて頭悪いのかな……(笑)
何か昭栄が余裕ぶっててムカつく(自分が書いといて…)昭栄はもっとわたわたしてればいいと思うよ!!そんな昭栄が愛(笑)