ときどき思う。今までのすべてが、こうなるためにあったんじゃないかと。


それは奇跡


「あーぁ……なし俺はもっとはよ生まれんかったとやろ」
 ときどき昭栄はこういう、それを言ってどうすると呆れるような不満を、それはもう不満そうに言う。
「お前な……そげん、たかが修学旅行やろーが」
「たかがじゃなかですよ!!大変なこつです!!」
 わぅっと噛み付いてくる大型犬の勢いに押されて、所持品をバッグに詰める手が止まる。昭栄は膝を抱えて、恨みがましい目でカズを見ていた。
 こういう不満が出るのは、決まってこの、修学旅行やら課外授業やら、学年の壁が二人の時間を奪う(と昭栄は主張している)行事があるときだ。
「俺もカズさんと一緒に修学旅行行きたか……食べ歩きして、アトラクション乗りまくって、お土産選んで風呂入って」
「あ〜もう、アホ!部活の合宿なんかでしょっちゅう一緒に遠征しとるやろーが!!」
「だって合宿は合宿で、修学旅行とは違うっちゃもん!」
 拗ねた子どものように駄々をこねる昭栄に、カズはどうしようもないとため息をついた。そのまま背を向けて、準備の続きに取り掛かる。
 もう相手してられません、と雄弁に語るカズの背中をしばらくじとっと見つめていた昭栄は、ゴロンと横になってぶつぶつと言葉を続けた。
「だって、少しでも長く、色んなこつ、カズさんと一緒にやって。カズさんの思い出全部に俺がおりたかなんですもん」
「……そげん、無茶やろ。大体知り合うまで何年あったと思っとると?」
 呆れた声で返すカズに、昭栄がむぅと唇を尖らせる。
「そうっちゃけど、ちゅーか、それもヤなんです。」
 一通り準備が終わったカズが振り向くと、後ろ向きに転がっている昭栄が珍しくため息をついた。
「なし俺、もっとはよサッカーやっとらんかったかなぁ……」
 カズがきょとんと目を見開く。
「バスケやら色々、やっても続かんくて。あのクサクサしとる間にサッカーやっとれば、もっとはよカズさんに会えとったでしょ?」
 そうすればもっと一緒にいられたし、もっと多くの思い出を共有できていたはずで。
「サッカー長くやっとれば、もっとカズさんの役に立てとるはずやし。」

「いや、それは違うやろ。」
 あっさりした声音に驚いて振り向く昭栄に、カズは淡々と続けた。
「お前はな、バスケやっとらんといかんかったと思う。」
「えぇ?……やって、俺ハンドとかしとったし」
「うん、あれは酷かやった。」
 最近はさすがに抜けた昭栄のハンド癖を思い出して、カズがうんうんとうなずく。
「ばってん、お前んあの切り返しの速さな。あれは絶対、バスケのターン練習が生きとるもんだと思うと。」
 世界的に見れば、プロ選手がそのスポーツしかしてきていない場合はそう一般的でもないらしい。基本の動きがサッカー以外の何物でもない選手には到底できない身のこなしや勘の働きは、昭栄の豊富な運動経験に支えられたものだとカズは思っている。
「あと、接触するときの身体の使い方も。激しく当たっても怪我せんし、ヨシにも当たり負けせんちゃ、やっぱバスケで鍛えられたっちゃろ?」
 昭栄は突然のことに目を丸くして固まっていた。思ってもみなかったことを指摘され、普段褒められ慣れていないせいもあり、うまく対応できないらしい。
「だけん。お前がいっこ下なんも、バスケやっとったんも、途中でサッカー始めたんも。全部あって、あったけん、今があるんやと、思う。」

 ときどき思うのだ。自分がこの九州で生まれて、サッカーに出会って夢中になって。一年後に昭栄も同じ九州に生まれて、色々なスポーツを渡り歩いて、でもやっぱりサッカーに出会って。
 あの日あの瞬間、あの選抜選考の場で、出会って。
 最悪な奴だと思ったはずの昭栄を、こんなにも大事に想うようになった。
 すべてのことが、この今のためにあったんじゃないかと。どれか一つでも欠けたらきっと辿り着けなかった。何か一つでも違っていたら、きっと手に入れられなかった。
 偶然が揃って生まれた奇跡。
    そんな恥ずかしいこと、絶対口にはできないけれど。
「……それに。もし最初に会ったとき、お前がただちょっと運動得意なだけのサッカー小僧やったら、多分俺お前んこつ、生意気でいけ好かんと思って終わりやったな。」
「え゛ぇ!?」
 にやっと笑って言ってやると、昭栄が慌てて飛び起きた。どっちがいいんだと訊ねると、一も二もなく飛びついてくる。
「それやったらよかです、俺!今ちかっぱ幸せですけん!!」
「ん。やったらもうしょーもなかこつでグチグチ言うなちゃ。」
「うぅ〜…………ハイ。」
 わかればよろしい。にっこりと笑顔を向けてやると、昭栄がパタパタと尻尾を振って擦り寄ってくる。
「カズさん……旅行中、電話くださいね?」
 最初から素直にそう言えばいいのだ、アホ犬め。


 旅行先からの電話越し、聞こえる声があんまりしょんぼりしているから、つい土産なんて買ってしまった自分は、飼い主の鑑だと思う。


もし昭栄が最初からずっとサッカーをやってたら。
それでも昭カズは惹かれ合う運命なの!っていうのもいいんですけど、私的にはやっぱり昭栄はそのままだからこそ。
起こるべくして起きた偶然が揃って、奇跡みたいな今がある。
まぁ結局、昭カズは運命ってことが言いたかった(笑)