冗談じゃない、空気読めよ!絶対、断ってやる!!


町の獣医さん8


 と、意気込んで駆け込んだ商店街の青年組合集会所。会長をしている酒屋のおっさんは、カズの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「おぅ、カズ坊やなかか!相変わらず生意気そーな面しとるなぁ!!」
「せからしか!ガキ扱いすんなって言っとーと!!」
 カズや城光はこの商店街で生まれ育っている。歩けもしなかった小さな小さな姿も知っているおっさんは、ガハハと豪快に笑ってカズの背中を張り飛ばした。
「何言っとーか!顔も背丈もガキん頃と大して変わらんやなかか!!」
「こ、のジジイっ、馬鹿力が……!!」
 ジリジリ痛む背中を少し丸めて、カズは涙目になりつつもおっさんの言葉を聞き流す。幼い頃からたくさんお世話になった人だ。軽口にこもる愛情が嬉しかった。

「なぁおっさん、今度の祭りんこつやけど」
 実行委員もかねている組合の役員は、皆忙しそうに仕事をこなしている。横目で見つつ切り出したカズに、おっさんは満足そうに何度もうなずいた。
「おぅ、そういやカズ坊は、今年はヨシ坊と獣医先生と一緒に企画やるんやったな。なかなかよか考えやって好評やったぞ〜。こん商店街も安泰やな!」
「……それ、ヨシが勝手に決めたこつったい。俺は認めとらんのに」
 ぶすっとふてくされるカズに、おっさんはあっけらかんと笑い返した。
「よかやないか、幼馴染同士、協力してやらんや!カズ坊は小さか頃からヨシ坊ヨシ坊言って、仲良く手ぇつないで歩いとったやろーが?」
 一体いくつの頃の話をしているのか。カズが眩暈をこらえていると、おっさんはそんなカズの気持ちには構わず、興味深そうに目を輝かせる。
「そげんこつより、カズ坊!お前獣医先生と親しかなんか?せっかくの機会やけん親睦深めたかっちゃけど、先生酒とかどげんやろか?」
    ……これはもう、やるしかなさそうやな……。
 準備も始まらない段階ですでに前祝や打ち上げのことで頭がいっぱいのおっさんに、カズは深くため息をついた。


 諦めがつけば、あとはきっちり準備を進めるだけで。昭栄が拍子抜けするほど、カズは何一つ文句を言わず協力してくれた。
    責任感と郷土愛は強か奴やけんって、よっさんの言っとった通りっちゃなぁ。
 以前聞いていた幼馴染伝説の中のイメージと、目の前の人の姿が少しずつ一致していくのは、何とも不思議な感覚だった。初めは対極に位置するような想像図だったのに、今はそれをカズ以外の姿で思い浮かべることができなくなっている。
「タカ、何サボっとーか!はよせんと時間なりよるやろーが!!」
「うぁ、すんません!」
 四葉祭り当日、昭栄たち「高山ペット出張診療所」は、商店街の中心、ロータリーの最も広いスペースを与えられた。ペットと同伴の家族が入れる診療スペースの確保や待合の場所の必要性など、理由はあるにしろ厚遇には違いない。

 診療器具などを準備しながら、先日招待された青年組合の前祝の席を思い出す。中心を担っているのはちょうど昭栄の親と同世代くらいの店主たちで、皆気のいい、明るくて優しい人だった。
    こげんあったかか人に囲まれて、カズさんやよっさんは育ったんやね。
『カズ坊とヨシ坊はなぁ、小さか頃一緒に昼寝しとってオネショしたこつがあってなぁ。二人揃って布団ぐるぐる巻いて押入れん中隠して、なかったこつにしようとしとった!!こげん偉そうにしとーばってん、アホやろ〜!?』
 浴びるようなペースで酒を飲みながら、おじさんたちが大爆笑しつつ二人の昔話をしていた。いい加減にしろと顔を赤くして怒る二人を思い出して、昭栄は思わずこみ上げた笑いをかみ殺す。
 一人だけ思い出の映像を共有していないことは、少し寂しい。けれどここの人たちは昭栄をあたたかく迎え入れ、昔馴染みと変わらず大切な仲間として扱ってくれたから、昭栄も素直に受け止められた。


 ポンポンポン、青空に色のない花火の音が響く。祭りの始まりだ。にぎやかな音楽がそこら中のスピーカーや店内から流れ出し、昭栄の心を沸き立たせた。
「ケン、今日はここでお客さんにご挨拶するっちゃよ!」
 診療用のテントの前、小さな黒板で代用した看板の隣に愛犬をつなぐ。了解の合図にふりふりと尻尾を振るケンをなでてやり、昭栄は立ち上がった。


「せんせぇー、こんにちは!」
「はいこんにちは!今日はワンちゃんと一緒っちゃね?」
「うんっ、ケンちゃんもこんにちは!」
 カズはぼんやりと椅子に座ったまま、窓越しに出張診療所の様子を眺めていた。ときおり元気な子供の声や、奥様連中の黄色い声、動物たちの鳴き声が聞こえてくる。
 健康診断や予防注射をしているらしく、昭栄や城光が忙しなく動き回っていた。
    何で、あそこにおるっちゃろ。陰謀か?
 カズが昭栄たちの様子の見える場所に店を移したわけではない。カズの店はもともとロータリーの角、通りに面して建っていて、昭栄たちがその斜め向かいの辺りに診療所を構えているのだ。
 当日になれば接触もないまま、お互い忙しく過ぎるだろうと思っていたのに。
「たかやませんせぇ、ばいばーい!!」
 まだ小さな柴犬を抱いた男の子に、笑顔で手を振っている昭栄が見える。楽しそうだ。準備の段階から、昭栄は楽しそうだった。祭りが好きらしい。この土地の人柄もいたく気に入っている様子で、飲み会でも終始にこにこしていた。
    そういうとこは、まぁいい奴、やな。
 ほだされたんじゃない。自分の大事に思っているものを気に入ってくれる人物に、好感を持つのは当たり前だ。誰にともなく言い訳をして、カズは小さくため息をついた。
    あげんしとーと、ちゃんと医者に見えるっちゃなぁ。
 白衣の腕をまくり、聴診器を首にかけ触診している姿は真剣で、穏やかそうな普段とのギャップは、なるほど年上の女性に受けそうだ。今日で「若先生ファン」は確実に増えている様子である。
「……何しとーと、俺。」
 関わりたくないはずの人物をわざわざこうして眺めているなど、矛盾している。どうして自分が昭栄のファンのおばちゃんが増えたことなど分析しなければいけないのだ。
 見ると、先程の男の子とその友達、両方の家族とおぼしき団体がぞろぞろとこちらへ向かって歩いている。気持ちを切り替えて、椅子から立ち上がると、プレゼント用の一輪花を準備した。

 ある程度患者さんの波が収まって、昭栄はペットボトルを片手にケンの隣に座り込んでいた。ケンの前に水を入れた皿を置いてやり、一緒にのどを潤す。
 ロータリーの真ん中の噴水は陽にきらめいて、その周りではたくさんの人が談笑したり、待ち合わせ風情に座っていたりする。しかし昭栄の視線はそのどれでもなく、角の花屋へと縫いとめられていた。
「お花くださーい」
 ハムスターのケージを抱いた女の子が昭栄の渡した「ありがとうのお花引換券」を持って入っていく。その後ろでは、中学生くらいの兄が入りづらそうに立ち止まっていた。
 少年の目が、店から出てきたカズを見て少し見開かれる。カズは女の子の前にしゃがみこんで、オレンジのリボンの一輪花を差し出した。
「はい、ありがとうのお花。」
「お花のお兄ちゃん、ありがとう!」
 可愛らしい呼び名に照れたのか、カズが困ったように微笑む。
「これねぇ、あっちゃんとねぇ、お兄ちゃんのねぇ、おばあちゃんにあげるの!おばあちゃんねぇ、今いたいいたいだから!」
 辛抱強くうなずいて聞いてやるカズの意外な姿に、昭栄は内心驚いた。絶対子供は苦手なタイプだと思っていたが、案外と面倒見がいいらしい。
「あのっ、スイマセン……」
 少年が意を決した、というように声をかけると、カズは立ち上がって二人を店へと促した。
「お見舞い用の花っちゃろ?好きなん選べばよか。サービスや、安くしたる。」
 少年はほっとした様子で、妹の手をとって店に入って行く。
    そうかー、男の花屋っちゅーんは、こげんときはよかかも。
 昭栄はそうでもないが、男性には気恥ずかしくて花屋に入るのをためらう人も多い。特に思春期は、何かと難しい年頃である。
    カズさんみたか人が店員やったら、気ぃ張らんですむけんよかよね。
 色々な意味で花屋らしくない人だ。顔は文句なく美形だが基本的に無愛想だし、接客時の敬語は微妙に片言だったし。体格は細身でも、雰囲気は明らかに体育会系だし。
 まぁ、その見た目と職業と性格の意外性が評判を呼んで、ひそやかなファンはかなりいるようだ。現に今も、噴水脇に座ってソフトクリームを食べている女子高生の一団や、マップを見て何やら話しているOL風のグループは、確実にカズを見ている。
「む〜〜〜〜……なんっか、嫌やぁ。」
 眉根を寄せながらケンをなでていると、先程の兄妹が花を決めたのか、窓越しに数本の花束を綺麗に包んであげているカズの横顔が見えた。
 きっと以前は、今のカズと同じ表情で、彼の母がそこにいたのだろう。思い出の詰まった無防備なその横顔は、あたたかく優しいけれど、どこか切ない。
「俺が泣きそうになってどげんすっと……」
 ケンが心配そうに見上げてくるのに笑いかけて、垂れた耳をこねて遊んでいると、嬉しげな声が聞こえて、兄妹が帰って行った。弾む声に誘われて顔を上げると、二人を見送りに出ていたカズと目が合う。
 数秒、外されないままの視線にドキっとした瞬間に、カズはふいっと顔をそらして店に入ってしまった。わかっていたことだが、ちょっとヘコむ。
「ケン〜、俺かわいそうっちゃろ?なぐさめてー」
 優しい愛犬はきゅーんと鳴いて抱きついてくる昭栄の頬を舐めた。くすぐったい感触に目を細めると、急に空が陰る。
「仕事サボって、誰が可哀想なん?」
 見上げると、目の前に仏頂面のカズが立っていた。腕に抱かれたクロがにゃーんと甘えた声を挙げる。
「か、カズさんっ!?」
 用事以外で、会話らしい会話をもう随分していない。驚きすぎて声が裏返った昭栄に、カズが何とも苦い表情になる。せっかく話しかけてくれたのだから、気まずい空気になる前にと、昭栄は慌てて言い訳をした。
「いやっ、サボってはなかですよ!今ちょっと休憩っちゅーか、患者さんもおらんし!さっきまではほんとがんばっとったです!!」
 あんまり必死で言い募るので、カズが苦笑を浮かべてクロをなでる。微妙な沈黙に、昭栄は何とか話をつなげようと視線をさまよわせた。
「えっと、クロちゃんの診察ですか?どっか調子悪かです?」
「……違う。こいつ、さっきからお前んとこ連れて行けってねだるけん。珍しか、ほんと懐いとる。」
「え、ほんとですか?うわーバリ嬉しかぁ!」
 おいでと手を伸ばすと、クロは素直に昭栄の腕に移った。甘えた声で鳴きながら、まん丸な目で見上げてくる。濁りのない綺麗な瞳だ。
「クロちゃん、綺麗な目っちゃねぇ。美人さんやし、カズさんにそっくりたい。」
 その言葉に、カズは思わず昭栄を見つめた。特に他意はなかったのか、単に何も考えていないのか、昭栄はクロに体を擦り付けられて笑っている。妙な反応をしてしまった自分が恥ずかしくて、カズはわざと眉を寄せてごまかした。

 マーキングをして気がすんだのか、クロが昭栄の腕をカリカリと掻いた。下ろしてやると、とことこと寝そべるケンの元へ歩み寄る。
「クロちゃん、ケンとも仲良くしてくれると?」
 にーと小さく鳴いて、クロがケンの頬に擦り寄った。ケンもこの小さな友達を気に入っているようで、クロの頬を舐めてやる。
「ケン、大人しかやな。」
 あごの下に入り込んだクロに目を細めて、背中をなでるカズにはふりふりと尻尾を振るケンを眺めながら、昭栄は少し遠い目をして微笑んだ。
「ケンは捨て犬やったとです。俺が拾ったんがまだ大学んときやけん……付き合いも長かやし、こいつ賢かですけん。いっつも助けられとーです。」
 寒い冬の日、凍え死にそうになっていた小さなケンを拾ったのは、きっと運命だったと思う。辛いことがあるたびに、ケンの存在に救われた。
「……って、何かすんません、せっかく祭りやのに辛気臭か顔してしまって。」
 照れ笑いをして頬を掻いた昭栄にカズが口を開いたとき、テントの中から城光が顔を出した。
「タカ、そろそろこっち手伝ってくれ。」
「あっ、すんません!」
 カルテをピラピラと振ってみせる城光に、昭栄は慌てて立ち上がった。カズの方も、店を覗き込んで戸惑っている様子の客に気付いて立ち上がる。クロがにぃ、と弱く鳴いた。よっぽどケンが気に入ったのか、帰りたくないと駄々をこねている。
「ったく、しょうがなかなぁ。ケン、クロんこつ面倒見てやってくれるか?」
 いいよと言うように、ケンが優しくワン、と鳴いた。もう一度なでてやって、診療所を後にする。
「あっ……カズさん!あの、終わったら、クロちゃん送って行きますけん!!」
 白衣に袖を通しながらもう一度顔を出した昭栄に、カズは振り返ってうなずいて、店へと戻っていった。
 別に、決して、ほだされたんじゃないからな。二度目の言い訳は、我ながら説得力の薄いものだったけれど。




応援ありがとうございます!!