時は流れて。
ドア越しに時々見えるカズの姿に、昭栄は深々とため息をついた。
町の獣医さん7
あの夜から数ヶ月経ち、念願の花壇も完成し、高山ペットクリニックもめでたく開業3年を迎え。高山昭栄、公私共に順風満帆!
と、言いたいところだが、公はともかく私の方は、順調とは言いがたい。
「あ〜あ……」
受付に座って頬杖をついて、外で働くカズを眺める。土の入れ替えをしているようで、軍手が泥で汚れていた。
昭栄は不器用だが、力には結構自信がある。城光には敵わないだろうけれど、身長もあるし、少なくとも細身のカズよりは、多分。
つまり、荷物運びにはもってこいだと思うのである。だから先程カズを追いかけて、手伝いを申し出てみた。土は重いし、人数がいたほうがはかどるだろう。
ばってん、あげん反応されたらなぁ……。
カズは一応振り返ってくれたものの、昭栄と目を合わせることなく、「いらん」と一言告げて背を向けてしまった。あんまりな反応にすごすごと引き下がり、今に至る。
「うー……。」
寂しいなぁ。ぐすんと鼻をすすってみても、現状が変わるわけではない。大体こうなるきっかけを作ったのも、自分だ。
あの夜以来、カズとは何ともいえず気まずい日々が続いている。人生で初めて男に惚れてしまった昭栄自身も初めはうろたえたし、しばらくぎこちなかったせいもあるだろう。しかし輪をかけて、カズの警戒っぷりがすごい。
人生は三歩進んで二歩下がるー、じゃなかやったけ?
逆だ。「知らない人間」から始まって「親友の後輩」から「仲のいい後輩」へ、二歩進めていたとしたら、あの夜を境に一気に「不審者」レベルまで後退した。
三歩どころか、五歩くらい下がっとーよこれは……。
挨拶は返してもらえるものの、ものすごく他人行儀、ならまだしも、初めて会ったときよりそっけないのだ。
ちは、じゃ、作業するんで。て何スかぁ!
冷たい。微妙に敬語交じりなのが、そこはかとなく冷たい。口に出せない泣き言を心の中で叫び、頭を抱えてめそめそと悲しんでいると、二階に荷物を置いて下りてきた城光が嫌そうに眉根を寄せた。
「タカ……お前はまーたべそべそべそべそ、ウザかなぁ。」
「ひどかですよぉっ、元はといえばっ」
「あぁ?俺んせいやって言うつもりか?」
軽くすごまれて、昭栄は尻尾を丸めて降参する。まぁ確かに、城光の発言で意識した部分はあったとしても、カズに避けられているのは自分の行動が原因なわけで、八つ当たりと言えなくもなくも……なくも、ない?あれ??
「何か言いたそうやねぇ高山昭栄?」
「いえっ、何もっ!!城光先輩、本日もドーゾよろしくお願いします!!」
思ったことが顔に出る、わかりやすい性質の昭栄は、にっこりと振り返った城光に慌てて頭を下げた。腰が低いと笑われようが、この先輩を怒らせるよりはよっぽどマシだ。
あきれてため息をついた城光は、ふと入り口の外に目をやった。
しかし、こんまま放っとくんも可哀想っちゃなぁ……。
昭栄にはああ言ったが、本当を言うと余計なことを言ってしまったとも思っている。昭栄は可愛い後輩だ。例えその恋が男、それも自分の幼馴染が相手であろうと、カズがそれに応える可能性が限りなく低くとも、ある程度協力はしてやりたい。
それに、なぁ。タカならよかって気もするし……。
なまじ実力があるせいで、カズは何でも一人で完結させてしまいがちだ。おまけに妙なところで神経質で、自分の世界に入り込む人間を選ぶ目が相当厳しい。
昭栄ほどあっさりと自然に、カズが馴染んだ人間は、城光ですら思いつかない。今あんなにも不必要に距離をとっているのも、近づくことを許して、安心していた昭栄の予期しない気持ちを垣間見て、不安を感じたせいに思える。
逆に言えば、揺られるほどタカがカズん近くにおるってこつや。
興味のない人間が何をしようが歯牙にもかけない、嫌なことはきっぱり断るカズが、妙な雰囲気になった、それだけでこれだけ過敏に反応し、そのくせ今も律儀に、花壇の手入れをしに来ていることを見ても。
……ひょっとしたら、ひょっとするかもしれんな。
頑なになってしまっているカズは、手強い。ここは自分が接点くらい、作ってやってもいいだろう。昭栄がどう動くか、それをカズがどうするのかは、本人たちの自由なんだし。
しかしそうは言っても、それがなかなか難しい。できるだけ不自然でなく、昭栄がカズに接触できて、何よりカズが逃げたり避けたり、できないような。その場に留まらないわけにはいかない、そんな……。
あ。
名案を思いつき、城光は口元を手で覆いつつ、にやりと笑った。
作業が終わったとカズが顔を出したとき、幸いにも患者さんはいなかった。
帰るからと必死に嫌がるカズを、まぁまぁ茶でも、といつもながら見事な強引さで引き止めた城光は、気まずい沈黙で座っている二人に一枚のビラを見せた。
「四葉祭りのお知らせ?」
四葉祭りとは、城光の実家やカズの店がある地元の商店街で、毎年初秋に開かれる祭りだ。この商店街一体が四葉通りと呼ばれることから、こう命名されている。
「出店募集のやつか。俺んとこにも来とった。」
各店でセールや特別メニューなどを企画し、登録すると祭りの広告に店の名前を載せてもらえるのだ。毎年かなり賑わう稼ぎ時でもあり、商店街での付き合いもある。強制ではないが、基本的に全ての店が出店登録をする。
「カズんとこは何すっと?」
「いや、俺んとこは別に凝ったこつもできんし、花買ってもらったらおまけつけるとか……」
去年もやったことだが、まぁいいだろう。カズはあまりこういう企画を立てるのは得意ではない。派手な値下げをしたところで、花を買う気のない人は買わないものだ。
「よっさん、これがどげんしたとですか?」
高山ペットクリニックは商店街とは少し離れた住宅街の外れに立っているし、そもそも商店でもない。昨年も一昨年も祭りには関与していないし、募集のチラシが回っていることすら今初めて知った。
昭栄はそれをなぜ城光がここで、カズを言いくるめてまで見せたのかがわからず首をかしげた。
「タカ、お前こん町来て三年目にもなって、商店街の人らと馴染みがなかやろ?」
「はぁ……」
それは食料の買出しすら、無駄遣いが多いという理由で城光が代わりにしてくれているせいもあるのだが。
「でな、せっかく町に一軒の獣医さんやし、もうちょっと交流していこーやっちゅー話があってな。」
「はぁ……それは光栄ですけど……?」
「やけん、申し込んだ。」
「はっ!?」
「出張診療所。」
「へっ!?」
「どうせそん日は人が商店街に集中するけん、もし何かあったとき、こげん外れまで来るよりそこにおった方がよかろーが。」
それは確かにそうかもしれないが、あまりに突然でついていけない。動転する昭栄を横目に、城光は次に、居心地悪そうに座っているカズに向き直った。
「で、カズ。どうせ何も考えてなかやろーと思って、お前ん店は俺らと協賛っちゅーこつで申し込んであるけん。」
「…………。はぁっ!?」
しばらく間を置いてその言葉の意味を理解したカズは、驚きに思わず立ち上がった。ガタガタッ、派手な音で椅子が後退する。
「なっ、なっ、なん」
「俺らんとこで診療受けた人がお前ん店に行くと、花が一輪もらえるっちゅー。命や自分の身近な存在を大切にしよう、ちゅーコンセプトでな。」
「ちょっ、よ、まっ」
「お前はほら、あのー何か透明の綺麗なやつあるやろ。あれで花包んで、リボンとかつけてな。渡すだけでよかやけん。そしたらついでに何か花買って行こうっちゅー人もおるやろうし」
「ちょ、ちょぉ!!待てって言っとろーが!!」
うんうんと自分の企画に満足そうに語る城光を、カズが慌ててさえぎった。
「申し込んだって!?」
「おう、さっきFAXしといたけん。」
「なっ……なしそげん勝手なこつすっと!?やるって言ってなか!!」
「別によかやろ?お前他に何ぞやりたかこつあったわけでもねかろーが。」
しれっとした城光に、カズは言葉を失って口をパクパクと動かすのみ。昭栄など、この展開に驚きすぎて、瞠目したまま固まっている。
「あっ、あ、ばってん!そげんっ……こいつ、こいつ出張診療なんぞ、やりたくなかかもしれん!!」
自分に関して、自分よりも把握しているかもしれないこの幼馴染を言い負かすような反論理由を思いつけず、カズは思わず昭栄を指差した。
「へっ、俺!?」
ようやくフリーズが解けかけたところに話の矛先が飛んできて、昭栄は動揺したままカズを見上げた。その目が、カズの黒い瞳と正面でぶつかる。
カズの目は何とか自分に同意して、城光に反論してほしいと昭栄に訴えていた。けれど、久々にがっちりと合わさった視線に、昭栄の頭はようやく働き始めて。
これって、よっさんの作ってくれたチャンスやなか?
協賛ということは、一緒の場所で出店するというわけではないにしろ、計画から準備まで、何かと関わるチャンスはあるはずだ。必要事項があれば、カズに話しかける理由もできる。
「やっ……やります!俺、出張診療、喜んで受けます!!」
何をどうしたいという希望があったわけじゃなくて、ただもうこれ以上、この気まずい空気のままでいるのは嫌だと思ったから。
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