暖かい陽気の下で、昭栄は自分の城を眺めて唸った。
やっぱりこう、何かが足りない。


町の獣医さん5


「ちゅーわけで、どげんしたらよかと思います?」
 顔を合わせた瞬間に突然切り出された城光は、うーんと渋い顔になる。
「ちゅーわけで、って言われてもなぁ……」
 別に自分はインテリアに精通しているわけでもなく、むしろそういったことには無頓着な方で。センスなどというものは、普段から見た目や衣服を気にしている昭栄の方がよっぽどあるだろうに。
「何かこう、あったかか〜優しか〜な、ふんわりした雰囲気ば出したかなんです。」
 身振り手振りで訴える昭栄に、城光も真剣に考えた。
 あたたかい。優しい。ふんわりしている。
 ふと脳裏に浮かんだのは、幼い頃から憧れていた、今は亡き人の姿。優しくてあたたかい笑顔で、いつもふわふわのスカートをはいていた。
「花……は、どげんや?」
 気難しくそのくせ甘ったれな幼馴染。まだ小さく幼い彼を腕に抱いて、店先で花に囲まれていたその人。カズが腕を伸ばして自分の名を呼ぶと、振り向いて微笑んでくれる。その景色以上に、あたたかく優しいものを自分は知らない。
 ツンと鼻の奥が痛んだ。何年も前に突然失われたその光景は、今もこの胸に焼き付いている。自分も、そしてきっと、カズの中にも。
「よっさん……?すんません、俺何ぞ悪かこつ聞いてしまったとですか?」
 昭栄の不安そうな声に我に返って、城光はいやと首を振った。受付のカウンターを整理しながら、何とか気持ちを切り替えて微笑む。
「優しいかんじにしたかなら、花でも植えてみんね。ありきたりっちゃけど、随分雰囲気変わると思うとよ。」
 城光の心情を察したのか、昭栄もそれ以上は触れず、ぱっと表情を変えた。
「花ですか、よかですね!ばってん俺世話できるっちゃろーか……」
 自慢じゃないが、小学生のときに育てた朝顔やパンジーやさつまいもや……とにかく植物というものをまともに育て上げた経験がない。必ず水をやり忘れて干からびさせるか、思い出して水をやりすぎ、根を腐らせて終わりか。
 自信なさ気に肩を落とす昭栄に、城光はいいことを思いついてにやっと笑った。
「ふーん……そげんこつなら、俺の知り合いの花屋に頼むか?」
「へっ……お花屋さん!?よっさんのお知り合いで!?」
 想像もつかないと声を上げる昭栄を一発殴って、城光はカレンダーに目をやった。丁度今日は午後が休診の日。
「今日早速行ってみるか。紹介しちゃーけん。」
「え、あの……ど、どんな人なんですか?」
 筋骨隆々でエプロンをかけてお花に水をやるごっつい男を想像して、昭栄は失礼ながら及び腰である。城光の知り合いというだけで、女性だとか老夫婦だとか、一般的に花屋に持ちそうなイメージが浮かばない。
「……まぁ、そげんこつは行けばわかるっちゃろ。ほら、はよ仕事せんや!」
 失礼な奴め。花屋の店主を見たら、きっともっと驚くぞ。
 本日最初の患者さんがドア越しに見えて、城光は昭栄を追いやった。



 クリーム色の壁に磨かれたガラス。店先に溢れる色の数々。それよりも何よりも、昭栄の目はある人に釘付けになっていた。
 相変わらずの無愛想な可愛い顔で、小さい体で、大きな瞳で……唯一違うのは、彼の身に着けたそっけない黒いエプロン。
「カズー!ちょぉよかか?」
「ヨシ…………と、た、かやま……」
 頬に「げっ」と書いてありそうな表情。状況が理解できずぼんやりしながらも、昭栄は少しショックを受けた。
    げって何ですかげって。
「なん、用でもあると?」
「ある。まぁ茶でも飲みながら。な?」
 戸惑うカズの背を城光がぐいぐい押して、店の中に消えていく。何やら抗議するカズの声が聞こえるが、言いくるめられたのかすぐに静かになった。
「タカ。そげんとこで何しとーと?お前が用あるっちゃろーが。」
 用があるのは、城光の知り合いの花屋さんに、であって。お花に囲まれたカズなんて素敵な風景を見せていただけたのは嬉しいけれど、カズに用があるわけでは……

 いや、わかっている。ここがどこで城光のあの行動にあのエプロンが意味することなんて、一つしかない。確かに以前、「店は?」「閉めてきた」なんて会話を聞いたことがあるし。
 わかっているけれど、ちょっと思考が追いつかないというか驚きすぎてついていけないというか脳みそが理解したくないというか
「ここカズの店やけん、遠慮せんでよかぞ。」
    あは、やっぱそうなんだー……。
 城光の言葉で無理矢理現実を認識させられて、昭栄は何とか笑んでうなずいた。似合うような、やっぱり似合わないような……。ごっつい兄さんよりはよかったのか、それとも悪かったのか。何だか複雑。


 訂正します、やっぱりよかった。この上もなく。
 驚きが落ち着いた今、目の前に座ったカズは気まずそうな表情だが、そんな顔も可愛いなぁ!なんて思えるほど、この状況のラッキーさが理解できるようになっていた。
「花の手入れ……?植えるだけじゃいかんと?」
 眉根を寄せるカズに、昭栄はこくこくとうなずいた。
「はいっ!俺絶対枯らしてしまうけん……月一でもよかですっお願いします!!」
 がばっと頭を下げる昭栄に、カズは困ったように視線を揺らす。
 勿論、こんなこと普通なら頼めるわけがない。花屋の朝は忙しい。バイトを雇っている様子もないので、店頭の花の手入れや仕入れだけできっと手一杯だろう。
 それでもこんなに必死になっているわけは、ただ一つ。
    たとえ月に一回でも、カズさんに会えるなら……
 何かの偶然でとか、飼い猫が病気だとか、そんなことじゃなくカズに会える日。
    なし、こげん風に思うんかはわからん、ばってん。
 昭栄は、「それ」が欲しかった。
「……植えるんは、よかけど……」
 カズの言葉に、城光がぼそりとつぶやく。
「こん前の診療代、タカが立て替えてくれたっちゃけど?」
「!!…………〜〜〜〜〜っわかった!!やればよかやろっ!!」
 やけくそのようなカズの言葉に、昭栄が驚いて顔を上げた。
「月二回、様子見に行ったる。ばってん水遣りくらい毎朝自分でせんや!!」
 むっとしかめられた顔とは裏腹に、それほど嫌がってはいない色の瞳。
 これからは月に二度も、カズに会える。
「……っはい、ありがとうございまっす!!」
「せからしかっデカい声出すな!!」
 満面の笑みの昭栄を殴りつけて、カズは席を立ち店の奥へ行ってしまった。伝説の鉄拳を頂戴した昭栄はじんじん痛む頭をさすって、それでも嬉しそうに笑った。


「よっさん、ほんとにありがとうございました!おかげでカズさんも引き受けてくれたし、やっぱよっさんはすごか〜!」
 カズの店を後にして、帰り道が逆方向なため立ち止まった昭栄の声はうきうきと弾んでいて、城光は苦笑してうなずいた。
「それじゃあ、俺は帰りますけん。また明日!」
 ぺこっと頭を下げてから、歩き出す。

「タカ。お前カズんこつ、好きなんか?」

 掛けられた言葉に、昭栄の足が止まった。ゆっくり振り返ると、城光の静かな視線とぶつかる。
 すき。スキ。好き。その言葉だけが、何度も耳の奥に響く。
「よっさ……?」
 無意識に震えた声に、城光は一度目を閉じて、
「じゃあな、また明日。寝坊せんようにな。」
 いつもの先輩の顔で手をあげて去っていく背中に、昭栄は何も言えず立ち尽くしていた。


 カズのことが、好きなのか?


 この瞬間、世界が変わってしまったように感じた。




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