世界中に光が満ちていく。
もうぼくはひとりじゃない。もうきみはひとりじゃない。
町の獣医さん 12
二人の休日には青い車を飛ばして、青い芝生の眩しい公園でのんびり。世間では平日なせいか単にここが穴場なのか、周囲に人がいないからど真ん中に陣取った。
シートの上にはカズお手製のおかずがいっぱいに詰まったバスケットと飲み物。もちろん二人の愛する家族たちの分もある。
カズの優しい視線の先には、芝生に寝そべってふりふりと尻尾を振るケンと、その傍でサッカーボールにじゃれつくクロの姿。
にぃにぃと可愛く鳴きながら、なかなかキレのある動きでボールを猫パンチ。転がったボールはケンが上手に受け止めて、またクロのもとへ鼻先で転がす。
「ふたりとも、才能あるな」
そう言ってくすりと笑うカズの表情は本当に穏やかで。
あぁ、解き放たれたのだ。もう何年も、捨てることもできず、しかし避けるように物置の奥の奥へ隠していたというサッカーボールを、今は取り出して眺められる。
嬉しくて手を握った、昭栄の垂れた目尻に、カズはかぁと耳を赤くして目を逸らした。
あの日、海からできる限りに急いで帰ってきたら、ちょうど城光がケンとクロに夕飯を与えてくれているところだった。
朝、突然電話で休診を伝えてきた昭栄の様子から事情を感じ取って、気になって見に来て見れば案の定。鍵もしないで出て行った上に、ペットふたりが置き去り。餌や水が用意されているわけでもない。
部屋は惨憺たる有様で、あちこちに猫の爪痕が残されている。置いていかれたことがちゃんとわかっているのだろう、クロは暴れ疲れて小さく丸まり、ケンのお腹に顔を埋めて眠っていた。
なんて可哀相なことを、と呆れつつも、責任の一端はけしかけた自分にもある。結局二人が戻るまで、城光はずっとクロとケンと一緒に留守番をしていたのである。
ケンは二人の帰宅を嬉しげに尾を振って歓迎したし、城光も一言叱った後は二人の頭をよしよしと撫でて帰った。しかし、クロはぷいと顔を背けたまま。数日ずっとへそを曲げていたクロに冷たくされたのは、結構なショックだった。
昭栄の青い車は特にクロの憎悪の対象で、散々爪とぎ道具にされてしまったが、今回全員でのお出かけでようやく仲直りしてもらえたらしい。昭栄としては一安心である。
「ケ〜ン、クロちゃん!俺も入ーれて〜!」
昭栄が三角形になるよう芝生の上に座ると、クロが体を絡ませながらころころボールを転がして向かってくる。可愛い。
「よーし。クロちゃん、俺とチームね」
膝元までボールを運んできたクロを抱き上げて、甘えて擦り寄る頭を撫でながら、昭栄はにっと笑って振り向いた。
「カズさん、何ぼーっとしとると?カズさんはケンとチームったい。」
きょと、瞬くカズの瞳には、驚きと懐かしさと、僅かなためらい。
「そう、クロちゃんと俺、カズさんとケンでサッカー勝負!小っちゃい子と大きいので平等なコンビ!」
清々しい笑顔で言った昭栄に、カズは一瞬固まって。
「…………だーれーが!小っちゃい子やと!?お前げなウドの大木じゃ!!」
勢いよく立ち上がると、きちんとお座りするケンの背をわしわしと撫でてニヤリと悪どい笑み。
「行くぞ、ケン。お前の寝ぼけたご主人ばギャフンと言わせちゃる!」
完全に目が据わっているカズを見上げて、わふっと鳴いたケンは楽しげに駆け出す。昭栄がボールを蹴って、それを目がけてクロも跳ねるように駆けて。
そうしてもつれ合いながら、ゲラゲラ笑って走り回って、空腹に地面へ倒れ込んだとき。
戸惑いを感じていたはずのボールの感触はすっかり馴染んでいて、おかしかった。ケンとクロに水を用意してやる昭栄の背中に、なんだか無性に飛びつきたくなる。
「うぉっ!?」
「こん、アホ!ちかっぱ腹減った!!」
背中に張り付いて悪態をつく、カズの気配は嬉しげに笑っている。楽しい嬉しい、きらきら明るい気持ちが流れ込んで、昭栄も笑った。ラリアット!なんてじゃれついてくるカズを、倒れるふりで抱きしめて転がる。
「ばか、放せ!ウザい、汗くさい!」
「あー!そげんこつ言っとると口ふさぐけん!」
「やめろばか!セクハラオヤジ!」
「オヤジじゃなかですもん、年下ですもん!もうちゅー決定!」
がしっと両手で顔を捉えたら、むちゅう、わめく唇に吸い付いた。
殴られるか、耳をむぎっと引っ張られるか、反撃を予想していた昭栄にとっては意外なことに。
カズの両手が、そっと昭栄の背中にまわる。更にカズからもちゅうと唇を吸われて、思わずぽかんとしてしまった。
「……カズさん、ここ、外ですよ?」
「お前が言うな。」
どちらもごもっとも。照れくさく笑い合った二人は、ようやくゆっくり体を離して、お弁当を広げ始めた。
世界中に光が満ちていく。
誰よりも大切な人を見つけたから。
もうぼくはひとりじゃない。もうきみはひとりじゃない。
町の獣医さんは、ぶっきらぼうなお花屋さんと、恋をしている。
応援ありがとうございました!!