「せんせぇ、僕のミィちゃんが……」
「んー、元気なかやね。ちょぉ診せてね?」
町の獣医さん1
高山昭栄、26歳。ある町の片隅にこぢんまりと、しかし自らの城を築いて三年。今朝も自ら玄関前の掃き掃除をし、飼い犬の散歩や食事を済ませた後、ドアのプレートを「OPEN」に返した。
真っ白な壁にレンガの階段。たった三段のそれの横には緩やかで広いスロープ。入り口の横に、ひっそりとした看板。
「高山ペットクリニック」。これが昭栄自慢のお城である。
昭栄は動物が大好きだ。中学生の頃大好きだったペットを病気で亡くし、将来は獣医になると決心した。
ありきたりなきっかけだけれど、昭栄はその夢を忘れることはなかった。苦手だった勉強も努力で乗り越え、運も手伝ったのか獣医学部に現役合格、ストレート卒業。
そしてこの町で、自分の病院を得た。
この町には動物好きな人が多いようだ。更に昭栄の生来の人当たりのよさや真面目さ、明るさも手伝って、開業以来、このクリニックの待合室には人が絶えない。もっともその多くは談笑しに来たお年寄りや、昭栄ファンの主婦の皆さんだったりするのだが。
「あー、若先生。うちの太郎、おかげ様で元気になったとですわぁ。」
入り口に飼い犬、ゴールデンレトリーバーのケンをつないでいる昭栄に、通りかかったおじいさんがふんわり笑う。
「まぁ、院長先生!今日もご苦労様です〜!」
ゴミ出しをしていた女性がうふふ、と笑う。それぞれに笑顔で挨拶をして、昭栄は院内へ入っていった。ケンはそのまま入り口に寝そべって尻尾を振る。彼はここの看板犬だ。
昭栄のことをお年寄りは「若先生」、主婦団体の皆さんは「院長先生」と呼ぶ。高山ペットクリニックには医師は昭栄一人、看護師が一人。確かに院長ではあるが大仰過ぎて、彼自身は子供たちが呼ぶ「せんせぇ」というものが一番気に入っていた。
この町が大好きだ。人々は優しく自分を受け入れてくれたし、一軒家の多い住宅街だからか緑も多い。高層ビルや高速道路はないけれど、公園があって小学校があって商店街がある。小さいけれど温かい町だ。
そして何よりも好きなのは。
「……ちは。」
ちょっとぶっきらぼうな挨拶で現れたのは、迷彩帽の比較的小柄な青年。Tシャツに作業ズボンで、手には軍手を持っている。
「あ、カズさん!おはよーございます、今日もよろしくお願いします!」
「どーも。…じゃ、作業するんで。」
慌てて診療室から出てきた昭栄は満面の笑み。それにそっけない態度で返した青年は、ドアの外へ出て行った。
青年の名は、功刀一。彼は地元の商店街で、両親の遺したお花屋さんを経営している。見た目と中身と職業のギャップの激しさは、この町一番と評判である。
昭栄がこの町での生活で最も好きなのは、彼がスロープに沿って植えられた花々の手入れに来てくれる朝。
高山ペットクリニックの「せんせぇ」は、「ぶっきらぼうなお花屋さん」に恋をしている。
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