たまたま見下ろした窓の先、恋人が女の子に囲まれて笑っている姿を見つけました。


おれのもの。


 あぁ、今日はバレンタインだからな。
 最初に思ったのはそれ。女の子たちは皆その手に何やら綺麗に包装されたものを持っているし、何より、
「あ、功刀くん。これ私たちから!お返しはよかやけんね〜」
「ん?あー、どうも。」
 自分も朝からずっとこの調子だ。昭栄と違うのは、ついでに親しく会話をしない分、一件が短時間で済むくらいか。
 何個かチョコの包みが入った紙袋を渡されて、とりあえずそれをロッカーに仕舞った。一つ一つ持ってこられると面倒だから、こうしてまとめて運びやすいようにしてもらえると非常に助かる。
「げー、功刀、それ何個目や?」
 単語帳から目を上げたクラスメートが、嫉妬混じりの視線を寄越した。
「何個って、そげんもん知らん。」
 開いたカズのロッカーの中は、包装されてさえ匂いがこもるほどにチョコがぎっしりと入っていた。これだけ数があると、いちいち数えてなどいられない。
「いいよなぁ、お前は。チョコばもらえん男の人生なんぞ理解できんっちゃろ!」
「そげんこつより、お前勉強せんでよかと?」
「くそー、顔良し頭良し、スポーツ万能サッカー選手は言うことが違うっちゃねぇ……」
 嘆きつつ、それどころではないと単語帳に向き直ったクラスメートに苦笑して、カズはまた窓辺の自分の席へ戻った。
 もう一度中庭の辺りを見下ろすと、もう昭栄はそこにはいなかった。

 三年の二月といえば、受験も本番に突入していて、周囲はピリピリとした空気に包まれている。クラスの半分は受験旅行やら予備校やらで不在だし、残りも自習室にこもったり、目当ての教師に質問をしに行ったりで、三年棟は閑散としていた。
 カズはもう特待枠で地元の強豪私立高校に入学が決定している。別に登校してくる必要もないのだが、習慣だろうか。朝の自主トレをすませたら、自然に足が学校へ向かってしまう。
 とは言ってもやることがないのは事実なので、トレーニングで身体作りをしたり、後輩の好意に甘えて練習に混ざったり、もっぱらサッカーをしに学校へ来ている状態だった。
    暇やな……ヨシ、まだ終わらんっちゃろか。
 今日も自主練に向かおうとした矢先、城光が隣のクラスの女子に呼び出され、未だに帰ってこない。一人で部室に行ってしまおうと思ったが、鍵は城光に預けていた。
 受験で頭も心もパンパンなはずのこんな時期に、チョコを用意して声をかけて、女子は本当にたくましい。チョコを渡すということはそれほど重大なことなのだろうか。自分にはよくわからない。
    もし俺が女やったら、やっぱそげん思うんかなぁ……。
 頬杖をついたまま宙を睨んで考えてみる。そもそも女の自分をいまいち想像できないが、やっぱり思わない気がする。きっと今と同じで、サッカーに夢中で泥にまみれて、チョコなんて食べる物としか思っていないだろう。
「カズ、悪か。待たせたな」
 苦笑の名残を見せながら、城光が戻ってきた。多分振ったな、と思いつつ、特に触れずに立ち上がる。そういうことは、相手がいるいないの違いはあれど、お互い様だ。
「よか、はよ行くぞ。体なまって仕方なかたい。」


 昼休みのチャイムが鳴って、クールダウンのランニングをしていたカズはゆっくりと足を止めた。一息ついて、帽子を脱ぎ額の汗を拭う。城光と並んでストレッチをしていると、遠目に勢いよく走ってくる長身が見えた。
「カズさ〜〜〜んっお昼食べましょう!!あ、よっさんもお疲れ様っス」
「あって何やあって。俺はついでか?」
「いやー、すんません。カズさんこつしか見とりませんでした!」
「キモかこつそげん堂々と笑って言うな!!」
 いくら城光相手とはいえ、臆面もない昭栄の言葉に、カズは顔をしかめて殴りつけた。ほんとのことなのに、としょげる背中にもう一度蹴りを入れて、さっさと部室へ向かって歩き出す。
「わ、待ってくださいっ!一緒にご飯食べましょうよ〜!」
 先を行く先輩は待ってと言って待ってくれる人ではないので、昭栄は慌てて後を追った。

 微妙に、本当に微妙なのだけれど。
「カズさん、何か今日機嫌悪かです……?」
 昭栄の言葉に、カズは卵焼きを頬張ってから、きょとんと顔を上げた。
「ぁんや、別にそげんこつなかぞ。なし?」
 あっさりとした声色は、ごまかそうとしているわけではなさそうで。うーんと眉根を寄せていると、部室のドアがこんこんとノックされた。
 先輩二人に応対させるわけにはいかないと率先してドアを開けた昭栄は、目の前の光景に一瞬うっと息を呑む。
「あ、お昼中やったよね?邪魔してごめんね。功刀くんと城光くんに、渡してもらってよかかな?」
 ざっと見て二十人か、三十人か。集まった女の子たちの代表が、見るからにずっしりと重そうな特大紙袋を二つ、差し出してきた。
 何も言えず、とりあえずこくこくとうなずいて受け取ると、女の子たちは嬉しそうに帰っていった。集団に思わずぎょっとはしたが、騒がず大人しく済ませてくれた辺り、良識派のファンの子たちだったらしい。
「ふぁ〜……毎年んこつとばってん、カズさんとよっさんってバリすごかね……。」
 放心状態で昭栄が振り向くと、カズがあからさまにげっと嫌そうな顔をした。
「何やそれ、まさかそれ俺らが持って帰らんといかんと!?」
「よか筋トレになりそうっちゃね……」
 さすがの城光も何ともいえない表情である。それもそうだ。二人はこれに加えてすでにロッカーに山ほどのチョコがある。おそらく下校時刻までに、手にするチョコはまた増えるだろう。
「がーっ、また家がチョコくさくなると!!最悪ったい!!」
 カズが貰ったチョコは、余程仲のいい子からの物以外は全て母親の手に渡る。一人で食べきれる量ではないし、知らない人間からのチョコなんて、口にする気になれなかった。
    執念の味がする、げな言ったら悪かけど……。
 込められた気持ちが本気であればあるほど、応えられない自分には重い。受け取らないという選択肢は、一度断った相手に大泣きされてから諦めた。穏便に済むのが一番だ。
 それゆえ、カズの代わりに母がのんびりじっくりこのチョコの山を消費していくわけだが、ときにはこれを更にお菓子へ加工したりもして、ともかく家中にチョコのにおいと気配が充満する。これは正直、相当辛い。
「あいつらもなー、食えって言ったってこげん甘かもん、そうそうたくさんは食えんしなぁ……」
 部員に振舞う分を差し引いて考えても、やはり憂鬱なほどにチョコは残る。思わずため息をついたカズは、立ったままチョコの山を見ている昭栄を見上げた。
「何やショーエイ、ぼけっとして。何しとーと?食いたかったら食ってよかぞ。」
 むしろどんどんどうぞ。そんな表情のカズに、隣に座った昭栄がちょっと口を尖らせる。
「いらんとですよ、一応俺も貰っとりますけん。」
 む。
 一瞬よぎった不機嫌の波は、昭栄の甘えた声にかき消された。
「カズさん、モテるけん。俺ちょぉ寂しか……」
「はぁ?そげんこつ言ったって……俺が欲しかって言ったんじゃなかやぞ?」
「それはちゃんとわかっとーです!ばってん、カズさんがありがとうって言いながらチョコ貰ったりしとーの見ると、どうしても、やきもち妬いてしまうとですー」
 ぷくっと頬を膨らませる昭栄から、カズは何も言わず視線を逸らした。止まっていた箸を動かす。
 それを言ったら、自分だってそうじゃないのか?昭栄が女の子に囲まれて、一つ一つチョコに笑顔を返していたのを、カズは見ていた。
 むむ。
 消えたはずの不機嫌の波が、大きくなって戻ってくる。
 むしろ昭栄の方が、嬉しそうにチョコを貰っていたではないか。知り合いでもないだろう女子に囲まれて、親しげに会話などしていたではないか。格好つけた顔して、楽しそうに。
 そのくせまるでカズがチョコの山に現を抜かしているような言い方をして。チョコなんて特別好きでもないし、山ほど貰ったって別に嬉しいわけでもないのに。
    やきもちねぇ。
 まだほんの少し拗ねた顔でパンにかぶりつく昭栄を横目で見つつ、カズもからあげを頬張った。もぐもぐと咀嚼しながら、考えてみる。
 気に入らない。昭栄を囲んでいたあの女の子たちも、それに笑顔で応えていた昭栄も。昭栄の貰ったチョコレートも。全部、気に入らない。
    やきもち。
 昭栄の言う通り、確かに自分は機嫌が悪い。それはそう、無意識ではあっても、遡れば午前中、窓越しに昭栄の姿を見かけたときから。
 いつもならすぐに自分の姿に気付いて、喜んで手を振ったりしてくる昭栄が、一度もこちらを見なかった。女の子たちと話していたからだ。
    ……やきもち、やな。
 つまらないと思った。自分を見ない、誰か他の人と楽しそうにする昭栄なんて、つまらない。気に入らない。
「お前は、俺のっちゃろ。」
「へっ?」
 突然の言葉に、昭栄はきょとんとこちらを向いた。むっとカズの眉根が寄る。
「何や、違うんか?あ゛?」
「えっ、い、いえ、全然違わんとです!!えっと、ばってん、カズさん……?」
 睨まれたので慌てて首を振ったものの、急にどうしたのだろうとオロオロする昭栄から、カズはぷいっと目を逸らした。ふてくされた声で言う。
「なら、黙って一緒におったらよか。」
 不機嫌に寄せられた眉根。乱暴な口調。合わない視線。
 けれど逸らされた目元がほんの少し赤いことに気付いて、昭栄は破顔してカズに抱きついた。
「はい、はいっカズさん!!俺はずーっとカズさんのもんです!!ずーっとこげんしとーとですっ!!」
「な、誰がくっついてよかって言ったと!?」
「やって嬉しかです〜〜〜!!」
 嫉妬などしなくても、何個チョコを貰おうが、誰に思いを寄せられようが、昭栄以外は選ばない。そう言って貰えたことが何より嬉しくて幸せで、子どもみたいにはしゃいだ気持ちになる。
 態度や行為でわかってはいても、カズが気持ちを言葉にしてくれることは滅多にないことだから。やっぱり上から目線だけど、そんなとこもカズらしくていい。
「カズさん、大好きです。ずーっと俺んこつ離さんでね?」
「……アホ、デカか図体して、なん甘えとーと」
 あきれたように叩いてくる手に、えへへ、と笑った。
    俺のもんって、言うのもよかけど、言われるんもよかね。
 こういう男前な部分も、昭栄がカズという人に惚れた一因だから。


「あのな。邪魔して悪かばってん、俺はどげんしたらよかとや……」


この後、部室から断末魔の悲鳴が聞こえたとか、何とか(笑)
お前は俺のもんだろーがコノヤロウとふんぞり返って嫉妬するカズさんもいいなぁvということで。
よっさんは本当に可哀想ですねぇ(もしもし?)