何もできない自分と、何もいらないお前。
ばからしいほど、お似合いな。
『昭栄の喜ぶ顔が見たい。』
唐突に浮かんだその思いは、多分あの気の抜けた笑顔と離れて遠く久しいから。望まずともいつもそれがそばにあった今までに、そんなことを思ったことは一度もなかった。
プロ入り一年目、何もかも新しい環境で身も心も打ちのめされながら、雲上に霞むような1を必ず俺の背中に迎えてやると喰らいつく日々の中で。
正直普段は昭栄のことなんて思い出している余裕もない。夏季のシーズンオフが近付いて、そこでようやく会いたいと、あの笑顔が恋しいと思ったのである。
しかしそれは、どうすれば昭栄が喜んでくれるのかなど考えたことすらなかったカズにとってすれば、ひどく難題に感じられた。
昭栄の好きなものなら知っている。ラーメンとかラーメンとか、ラーメンとか。あとはまぁ、その、あれだ。セックスとか。うん。
オフは地元に戻ってもいいと言われたその日、勢いで即行飛行機のチケットを予約してしまってから、寮の自室でパソコンを前に、カズは首を捻って考えた。
曰く、帰って何しよう。
とりあえず決定事項として、昭栄と会う。あとはやっぱりサッカーはしたいし、フィジカルトレーニングもしっかり続けなければならないから、ジムに通って。
そういうわかりやすい予定はいいのだけれど、その隙間。多分できればできるだけ昭栄と二人で過ごすんだろう時間に、一体何をしたらいい。
無駄遣いしない性格と無駄遣いする余裕もない生活のおかげで、自由になる金は結構ある。昭栄が気に入っているラーメン屋で、好きなだけ食べさせて奢ってやろう。気遣いなく色々できるように、防音万全のちょっとお高いホテルの連泊予約もしてみた。
ここからなら、電車で部活も行けるし、あいつも泊まれるっちゃろ。
久々に二人で夜を過ごすと思うと、ちょっと不安だ。多分身体は覚えていると思うけれど、受け入れるって結構大変だし。昭栄もへたになってるかも。いやまぁうまくなってるよりはマシだけれども。
予約完了の画面を眺めながら、しばらくトリップしていたらしい。いやいやそういう問題じゃないとカズはふやける頭を切り替えた。
食って寝て、それだけじゃ何だか違うだろう。
何をすれば、昭栄が喜んで、笑って、自分と一緒にいると楽しいと、そう思ってくれるのだろうか。
『……カズ、それ本気で訊いとると?』
広島のチームで同じくプロとなった幼馴染に帰省の予定を訊ねるついでに、ここ数日頭の隅にこびりついたままのその疑問について話してみたら。
呆れ返って感心しちゃったとでも言わんばかりの城光の声色に、カズはむっと眉根を寄せた。
「何それ、どげん意味と?」
ひとが珍しく殊勝に思い悩み、恥を忍んで話しているというのに!
『いや……うーん。まぁ、そん心がけはよかと思うっちゃけど』
不機嫌になったカズに、城光は困ったように、でも少し楽しげに笑って。
『半年離れとると、そげんこつも見えんくなるもんかなぁ』
意味を成さないぼやきの後は、その答えなら昭栄に電話をすればすぐわかると、それだけ言って電話を切ってしまった。
何をしたら嬉しい?なんて、そんなの。本人に訊くなんて乙女みたいなこと、できるはずないし。
それに、言われたからするなんて、そんなんじゃ駄目だ。全然足りない。だって昭栄はいつも、カズが言わなくとも喜ぶことをしてくれていた。
あいつにできて、俺にできんなんぞ、気に入らん。
全く、城光は頼りにならない。お前には土産なんて買ってやらないからな!沈黙する携帯に向かって、カズは思い切り舌を出した。もう大人なので、心の中で。
しかし結局、考えるうちに日にちだけが過ぎて。そろそろ連絡しないと昭栄が別の予定を立ててしまうのではと気付いたカズは、久しぶりに彼の携帯へ電話をかけた。
電話に出ても疲労と眠気で碌に会話もままならず、メールの返信もほとんどできない状態で、ここ数ヶ月は昭栄の方からも連絡が途絶えている。遠慮させていることに、これまた今更に気付いた。
呼び出し音を数えること三回、ものすごく焦ったような、息せき切った昭栄の声が聞こえて。
その途端。何だか突然、何をそんな浮かれて、自分からお膳立てなどしているのだろうと、今までの自分の思考や行動が恥ずかしくてたまらなくなって、結局。
夏はそっちに帰るから。久しぶりにお前の顔が見たい。飛行機もホテルも予約した、お前がよければ、オフは一緒に過ごさないか。
…そんなような意味が辛うじて読み取れるだろうことを、何度も口ごもり回り道をしながら、不恰好に何とか伝えるだけで精一杯。これじゃ何かしてやろうなんて、とてもじゃないが叶いそうもなかった。
それでも、昭栄の声が涙混じりにくぐもって、嬉しいと、会いたい好きだ幸せだと、そう言って。カズが耳まで赤くして声を失っている間に、はしゃいで夏の予定を立て始めたから。
何度も繰り返される楽しみだという言葉と、あれもしたいこれも話したいと昭栄によって次々埋められていく隙間の時間に。
なんだ、そうだ。昭栄は、たったこれだけでよかったのに、何をあんなに考え込んでいたんだろう。目が覚めたみたいな気分で、そう思った。
昭栄の笑顔なんて、そんなの、カズが隣にいて、ただそれだけでいくらでも溢れ出してくるものだと。そんな簡単なことを。
知っとったはずなのに、ほんと、見えんくなっとったんかなぁ。
思わず込み上げた笑いに、肩を揺らす。
あぁ、ほんとうに。俺たち二人、ばからしいほど。
そんなこと、カズさんが一瞬でも思ってくれたってだけで、昭栄は天国に行ける。
何かすっごく唐突に書きたくなったんだけど、ちょっと昭栄が報われすぎかな(笑)