しまったやりすぎた。
そう気付いたのは、光速で迫るカズのこぶしが目の前に来た瞬間だった。
大物。
この高校はスポーツ強豪校ではあるが、公立で県下有数の進学校でもある。部活バカは結構だが、部活以外バカはよろしくない。
その方針の下生まれたのが長期休業中の「補習」制度だ。夏は大会が終わるまで部活に専念できるよう希望者のみのものだが、冬と春は全生徒強制参加となっている。特にサッカー部は、「文武両道を体現すべし」が伝統ある掟の一つである。
ちなみに、昭栄レベルの生徒が受けるものは「補充」と呼ばれる。習う以前の問題だという意味の、ひどく不名誉な特別授業だ。
そんなわけで四月一日も当然補習のため学校。そうだそれならば、と件のいたずらは計画されたのである。
末森以下数名の主犯と城光は、笑顔でやって来たカズに「アホに余計なことを教えた」罪でぼっこぼこにされた。一番かわいそうなのは、昨日の会話を苦笑しながら聞いていただけなのに、昭栄に真っ先に名前を出された城光である。
中学時代から選抜でチームメイトだった彼らは、補習を終えて弁当を食べようと屋上へ向かった。いつもは教室か部室で食べるのだが、今日は気持ちのいい風を感じたかったのである。
「……やったとよ?笑えるっちゃなー!」
ガチャ。
「ぅわっ!!!……んや、お前らか!!」
城光たちは、その声に凍りつくように足を止めた。
先客は二名。箸を持ったまま慌てた表情のカズ(なぜかほんのり顔が赤い)と、そのカズに突き飛ばされて打った尻をさすっている昭栄(あからさまに不満そう)。
青い空、爽やかな風の中に、なんとなく漂う居心地の悪い空気。
うわぁ……これ完璧に邪魔したんじゃなか……?
今日は朝っぱらから二人の仲をかきまわすようなマネをして守護神の逆鱗に触れた。もうこれ以上刺激してはならないのだ。自分たちの身が危ない。
「……あー、悪か。邪魔したな。」
教室に引き返そうと背を向けかけた仲間たちに、カズは慌てて声を上げた。
「な、邪魔ってなん!?別にそげん、謝るこつなかやろ!お前らも一緒にここで食えばよかやん。」
「えぇー!?カズさんっ、それじゃさっきのつづ……いだだだだだ!!!」
余計なことを口走りかけた昭栄の腕を思い切りつねったカズは、入り口で固まっている仲間たちに何食わぬ顔で笑いかける。
「おら、こっち座らんや。はよせんと時間なくなるぞ?」
辞退できない空気を読んで、城光たちは大人しく従った。泣きたい気持ちで。
せっかく気を遣ったのに、なんで引き止めるんだ。
「なぁスエ、もしかしてカズ、まだ俺らにバレてなかと思っとーんじゃ……」
ジュースを買いに行った城光と昭栄の背を見送って、ひそひそと言われた言葉に末森は唸った。何事もなかったように振舞おうとしているカズの様子を見ると、かなりありえる可能性だ。
しかし、カズはすでに自分たちが昭栄に「他に好きな人ができたから別れて欲しい」と嘘をつけと言ったのを知っている。その上で「余計なことを」と怒ったのだから、当然このメンバーには二人の関係がバレていることは承知のはず。
「……カズ、今朝は驚かせて悪かやったな。俺らもちょぉやりすぎやったと思っとー。まさかお前がそげんショック受けるとは思わんくて……」
わからないことは聞くに限る。本質を掠める末森の言葉に、少年たちの背が少し緊張した。
「あ?……別にショックなんぞ受けてなか。」
「え……だって怒っとったっちゃろ?」
「そ、それは……ショックじゃなくて、驚いたけん。お前らが狙った通りったい。」
カズと自分たちの認識に微妙なズレを感じて、少年たちは顔を見合わせる。これは何か、最も基本的な部分が噛み合っていないのではないだろうか。
「狙った通りって?」
要領を得ない様子の末森たちに、カズも少し眉根を寄せた。
「……?だけん、あいつに『好きな人できた』って言わせて俺がびっくりしたらおもしろかって思ったっちゃろ?」
そうそう、そうなのだ。しかしカズの性格を考えて、バレたと知ったらこれだけ平然としているはずがない。
「大体、あいつに好きな奴がおって俺がショック受けるっておかしかやろ。付き合っとー女じゃあるまいし……」
んん???
危うく「だって付き合ってるんでしょ?」と言いかけて、さすがに踏み止まった。カズはやはり、自分たちが何も知らないと思っているのだ。から揚げを頬張る顔は、うまく切り抜けたぞ!という顔。
おい、どげんこつや?
俺が知るか!意味わからんぞ。
……後でヨシに聞いてみるか。
選抜で鍛えたアイコンタクトで確認し合って、少年たちは止まっていた箸を進めた。
一部始終を聞かせると、城光はおかしそうに笑った。彼には幼馴染の不思議な言動の意味がわかったらしい。
「実はな、さっきタカに聞いたら、あいつ『別れてくれ』がどうしても言えんで、『好きな人ができました』ってだけ言ったらしかやぞ。まぁ一応意味は通じたらしかやけど」
それが何につながるのかがわからず、少年たちは首をかしげた。意味が通じたなら、どっちだって同じようなものじゃないか。
「だけんな、カズは俺らが昭栄に『好きな人が出来たって言ったらカズがびっくりするけん言ってみろ』って言ったと思っとー。」
「だけん、それが何?」
「深く考えるな。そんままの意味やぞ。」
末森たちは顔を見合わせる。
「カズはお前らにバレとーなんぞ思ってもおらん。つまりな……」
いつもあれだけベタベタしてくる昭栄に「好きな人が出来た」なんて言われたら、いくらカズでもそれはそれはびっくりするだろう。
嘘!マジで!?誰、クラスメート?誰か知ってる!?という反応になるはず。
そこで「うっそー!」と言えば、真に受けたカズを皆で笑ってからかえる。
「それが狙いだったに違いない、まったくあいつらはろくなこつ考えつかんな、ちゅー考え方っちゃな。」
あっさりと説明を終えた城光に、少年たちは何とも言えない顔で、乾いた笑いを漏らした。なんて都合のいい考え方なんだろう。普通そこまでされれば「バレてる!?」とか思うものではないか。
「カズって、すげぇな……。」
もしかしてとすら思わずにそれで納得するカズの大物っぷりに、それ以上言葉が見つからなかった。出てくるのはある意味感嘆のため息。
とりあえずカズがあれで隠せているつもりなら、もう無駄にからかうのはやめにしよう。己の身の安全のためにも、少年たちは心に誓った。
色々と書きこぼしがあったので補足してみました。
やっぱり与を主犯にはできなかった…末森君ごめんね(三人以外で唯一名前が出てるといいように使われてしまうんだなぁ;)
補習や補充は私の出身校とその近辺に存在したものです。多分都会にはない制度だと思う…。