今日は記念すべき、二人の初デート。
一生思い出に残るような、幸せな日になりますように。


公園


「もー、昭栄!!あんた何時だと思っとーの?ドタバタせからしか!!」
「かーさんの大声ん方がせからしかよ!!今それどころじゃなかやけん黙っとって!!」
 休日の早朝から、二階の息子がばたばたと歩き回っている音で目が覚めた。たまらず階下から声をかけた母親に怒鳴り返して、昭栄は散乱した部屋の中で腕を組む。
 散らばっているのは、洋服と靴。それも昭栄のお気に入りばかり。
「うーーーん……。何着ていったらよかかなぁ〜……」
 まるでデート前の少女のようなセリフは、幸い誰にも聞かれることはなかった。

 少女ではないにしろ、今日が大事な初デートであることに変わりはないわけで。
    せっかくの初デートやけん、かっこよくしていかんと!!
 昭栄は並々ならぬ気合を込めて、部屋で一人こぶしを突き上げた。


 先週の選抜練習日に、カズとデートの約束を取り付けた。その日は「カズさんとデート」という言葉の響きにうっとりするうちに終わってしまったが、翌日からデートの準備のため、昭栄は意欲的に動き始めていた。
 まずはカズに電話をして、行きたいところがあるかを聞いてみる。
『いや、別に……ショーエイの行きたかとこでよかよ。』
 うーんとちょっと首をかしげた様子が目に浮かんで、昭栄は幸せそうに笑った。
「なら俺ちかっぱ楽しかこつ、がんばって考えときますけん!」
『ん、任せる。』
 カズに任せると言われた以上、完璧な計画を練らなければならない。翌日、昼休みに彼女持ちの友人を捕まえた。
「昭栄どげんした?バリ顔真剣やぞ〜。」
 のんびりした友人に、昭栄は少し声を潜めて聞く。
「なぁ、デートって具体的にどげんすればよか?」
 友人は一瞬目を丸め、楽しげに昭栄の肩を抱いた。
「なん、お前新しか彼女できたんか?はよ言わんや〜!よかよ、何でも聞かんや。俺が応援しちゃーけん!」
「恩に着る!俺ら心友やけんな!!」
 ひそひそと小声で話し合い、ノリノリで肩を抱き合って男泣きの真似をする二人に、
「もー、また高山がバカやっとー。」
 周りの女子は肩をすくめた。そんなことには一切構わず、昭栄は友人に話を聞き始める。女子に何と言われようと、昭栄はカズさえいればそれでいい、一途な少年なのである。
「んっとな〜、俺はよく映画とか行くと。おもしろか〜とか話弾むけん。最初はやっぱ基本に忠実に行かんとな。」
「映画、に、基本な。基本ってなに?」
 話を聞いてメモまでとる昭栄に、友人はしげしげとその真剣な顔を眺めた。
「お前がそげん本気になっとーげな、珍しかな。いっつもあんたの態度は友達か彼女かわからん!てフられとったくせになぁ……。」
 しみじみとした友人の言葉に、昭栄が得意げに笑う。
「当たり前っちゃろ!バリ、好いとーもん。」
「今度紹介せんや?」
「嫌。もったいなか。」
「なんじゃそれーーー!!」
 げらげら笑いながらじゃれ始める二人に、
「何あれ。ほんとアホ〜。」
 また女子は肩をすくめた。

 そんなこんなで、昭栄苦心の初デートプランはできあがった。姿見で全身をチェックしながら、ちゃんと暗記できているかもう一度確かめる。
「ん、完璧たい!!」
 廊下で大きな独り言を叫んで、妙に気合の入った格好で玄関から飛び出していった息子に、両親は顔を見合わせた。



@待ち合わせは10時、駅前広場にて。「ごめーん待った?」「今来たとこだよ」作戦。
 30分以上早く着いた昭栄が噴水前に腰掛けていると、5分前にカズがやって来た。思わず立ち上がった昭栄を見つけて、ほんの少し口元が緩む。
「早かな。待たせたと?」
「あ、いえ!!今来たとこ、です。」
 そうか?と首をかしげるカズに、昭栄は見とれていた。私服姿を初めて見るわけでもないのに、何だか新鮮でどきどきする。会話も予定通り、まさに感無量である。
 いつもの迷彩帽に、いつものジーンズをいつも通り腰に引っ掛けて履いているカズは、いつもより少し落ち着かないそぶりで
「で?どこ行くと?」
 なかなか動かない昭栄を促した。その言葉に、昭栄は慌てて予定を思い出す。時計を確認して、まだ間に合うとほっと息をついた。
「今日は俺がばっちり案内しますけん!カズさん安心してついてきてくださいね!!」
 気合に満ち溢れた昭栄に、カズは少し笑ってうなずいた。


Aまずは映画で話題づくり。王道ラブストーリーで雰囲気アップ!
「え、これ観るんか……?」
 昭栄が買ってくれたチケットを見て、カズが怪訝そうに昭栄を見上げる。はい、とにこにこ顔の昭栄に、カズはそれ以上何も言わずついていった。
    ショーエイが観たかなら、まぁよかか……。
 チケットまで買ってくれたし、別に嫌というわけでもない。カズは気を取り直して、隣に座る昭栄を見上げた。
「これ、おもしろかなん?」
「んー、俺も初めて観るとですけど、何か感動するらしかですよ。」
 映画を観る前に、至近距離でふぅん、と小首をかしげたカズの可愛らしさに感動した。

 映画はというと、何だかよくわからない高尚な雰囲気を醸し出していて。
    ……俺、なんか退屈かも……。
 結構感動屋の昭栄が、始まって数分でストーリーについていけなくなった。学年上位のカズならばこのおもしろみがわかるのだろうかと、ちらりと隣に目をやる。

 しかしカズは、すでにぐっすりと夢の中だった。

 結局映画が終わるまで一度も目を覚まさなかったカズは、ばつが悪そうに目をこする。
「あー、悪か。あーいうん観慣れんけん、つい……。」
「いいえ〜、正直俺も観てなかやったとです。」
「そうなんか?ショーエイも寝とったと?」
 きょとんとするカズに、昭栄は曖昧に笑った。いくら昭栄でも、まさか「つまんない映画の代わりにあなたの寝顔を凝視してました」なんて言えるはずもない。
「あ、カズさん。ご飯ね、この近くにうまかパスタの店あるけん、そこ行きません?」
 好物のパスタに釣られて、カズの顔がほころぶ。
「今日はラーメンじゃなか?」
「なかですよ〜!」
 くすくすと笑い合って、昭栄は目的の店へ足を向けた。映画は失敗だったけれど、カズの寝顔も堪能したし、まぁいいとしよう。


B映画の後は昼食を。おいしいお店で気配りをアピール!
 アピール、するはずだったのだが。
「本日休業、って書いてあるな。」
 ドアの張り紙の前でぽかんとしている昭栄を、カズが見上げる。
「カズさぁん……。」
「緊急の諸事情によるらしかやけん、気にすんな。他行くぞ。」
 申し訳なさそうな昭栄に苦笑して、カズはすたすたと歩き出した。お腹が減って、もう何でもいいから早く食べたい。
「どげんしよ、他にどっかよか店なかかなぁ……」
 緊急の諸事情など想定していなかった昭栄は焦って考えるが、ラーメン屋ならともかくパスタは専門外である。全然思いつかない。
「あそこでよか。はよ食べよ?」
 最初に目に付いたファミレスに入っていくカズの後に続きながら、昭栄はがっくりと肩を落とした。諸事情って何なのだ一体。

 しかもその店が最悪だった。バイトの女子高生は注文を二回も間違えて、運ばれてきた水は机にぶちまけられ、ただでさえイラついていたカズの眉根が、やっと来たパスタに口をつけた瞬間一気に寄せられる。
「……まず。」
 昭栄のパスタも、冷めているし茹で過ぎなのかぐにぐにした食感だし、もう何とも言えないまずさだった。これに金を払うのかと思うと、こめかみに青筋が浮きそうである。
    ほんとに、緊急の諸事情って何なんじゃボケーーーー!!!
 せっかくの初デートでカズが渋い顔をしている。こんなの、八つ当たりでもしなければ、悲しすぎてやってられない。
 イライラする二人の視線のきつさに、バイトの失敗を一応謝罪に来た店長が、怯えた様子で半額にしてくれた。正直、半額でも嫌だった。


C最後は公園で散歩。甘い空気で手でもつなごう大作戦!!
 甘い空気どころか、カズの眉根は寄ったままである。
「えっと、カズさん。口直しに、にくまんでも食べません?」
 昼食代が安く上がったので、財布にもまだ余裕がある。昭栄の言葉に、カズは振り向いてうなずいた。コンビニでにくまんと特選にくまんを買って、特選の方をカズに渡す。
「ったく、何?あのふざけた店は……。」
 にくまんを両手に包んで、カズが唇を尖らせた。可愛らしい仕種に目を奪われそうになって、慌ててにくまんにかぶりつく。肉汁がしっかりと詰まって、おいしい。
「こっちの方がうまかですね〜。変なの。」
 苦笑する昭栄に、カズも笑った。二人でにくまんを食べながら、ひとしきり店の悪口を言ってすっきりする。くすくす笑っていたカズが、ふと昭栄を見上げた。
「この後はどげんすっと?」
 ゴミ箱にコンビニの袋ごとごみを捨てて、昭栄が歩き出す。隣を歩くカズの機嫌が直ったのを見て、昭栄はにっこりと笑った。
 これなら、予定通りでも問題なさそうだ。
「散歩でもしましょう!」

 しかし公園には、昭栄の知らない大きな問題が一つあった。


 行く手に公園が見えた瞬間から、カズの顔色が少し悪くなり始めた。
    まさか、まさかあそこじゃなかよな……?
 しかし確実に近づきつつあるその公園は、散歩やデートスポットとして結構有名で。昭栄の足取りは迷いなく、どう考えてもそこに向かっていると思われる。
    どげんしよう、嫌なんち言えんし、ばってんここは……!!
「カズさんどげんしたと?」
 急に黙り込んだカズに、昭栄が不思議そうに首をかしげる。その様子に、カズは慌てて表情を取り繕った。
「何でもなか。散歩……そこですっと?」
「なんだ、カズさんもここ知っとったんか〜。有名やけん、一回はデートに来らんと!って思っとったとです。」
 えへへ、と嬉しそうに笑う昭栄に、更に何も言い出せなくなったカズは、一応そうかとうなずいておく。
    ……仕方なか。覚悟決めんや、俺!!
 ぎゅっと唇をかみしめて、なるべく足元を見ないように、何やら話し続けている昭栄をじっと見つめて歩いた。

 公園に入ってから、カズの視線にどきどきしながらどうでもいい話を続けていた昭栄は、街路樹の散歩道から噴水の見える広場に出たところで足を止めた。
 噴水をバックに立ち止まった昭栄を、カズは不思議そうに見上げる。何やら決心を固めた表情で、昭栄がカズの目を覗き込んだ。
「あの、カズさん!俺、その……」
 何やら背後でバサバサと音がする。カズの肩が強張ったのは、突然変わった雰囲気に緊張しているせいなのだろうか。
 何にせよ、今の昭栄には目の前のカズしか見えていなくて。後ろを振り返ることはおろか、カズにどうかしたのか問いかける余裕もなかった。

「その、俺……カズさんと、手つないで歩きたかなんです!!」
バサバサっ!!
「寄んなアホーーーーーー!!!!」
へ?

一世一代の大決心に、カズは涙目で叫んで元来た道を走り去ってしまった。


 昭栄があまりのショックにぽかんとその場に佇んでいると、しばらくしてから携帯が着信を知らせて震え始めた。ぼんやりと取り出して見ると、
「カズさん!?」
 慌てて通話ボタンを押して、半泣きになって声を上げる。
「カズさんひどか!!今どこですか!?迎えに行くけん逃げんで〜!!」
『わ、悪か……違うけん、あの、ショーエイんこつじゃなかやけん!』
 珍しく取り乱したカズの声音に、昭栄も鼻をすすって黙る。
『あのな、その、俺そこは行けん。だけんこっち来て話、聞いてほしか……よか?』
「よかですよ。今どこ?」
 即答した昭栄にほっとした様子のカズは、何と公園の外まで行ってしまったらしい。走って行くと、電話ボックスの前にカズがちょこんと座っていた。
「カズさん!」
 慌てて立ち上がったカズに、昭栄は今にも泣きそうな顔で駆け寄る。
「カズさん、俺んこつ嫌いになった?もうあげんこつ言わんけん、怒らんで?」
「違う、だけんショーエイんこつじゃなかって!」
 慌てて否定するカズの様子は少しも怒っていないから、昭栄もほっとして息をついた。
「じゃあ、なし……?」
 うっと言葉に詰まるカズの目を、昭栄が覗き込む。
「カズさん?」
 しばらくそのまま待っていたら、カズが睨むような目で昭栄を見上げた。


「……鳩や。」


「へ?」
 目を丸くする昭栄に、カズが大きく息を吸い込む。
「だけん、鳩やっちゅーとろーが!!俺は鳩が死ぬほど嫌いなんじゃ!!そんぐらい知っとけこのアホーーーー!!!」
「えぇえ!?」
 初めて知った事実に、昭栄はひどく驚いた。
「だって今までカズさん一回もそげんこつ言ってくれんかったとよ!そげん嫌なら今日も言ってくれれば」
「後輩にこげん情けなかこつ言えるか!!」
 それで知っておけとは無茶な話である。
 しかし、あのカズにも苦手なものがあるとは。しかもそれが鳩。驚きを通り越すと、だんだん笑えて……

 くるかと思ったけれど。
「カズさんごめんね……?」
 しょぼんと謝る昭栄に、てっきり笑われると思っていたカズは目を丸くした。
 笑えるはずない。あんなに涙目になって逃げ出してしまうほど苦手なものを、自分は知らずに我慢させてしまっていた。
    パスタはまずかやし、映画はつまらんし、俺全然いいとこなしやん。
 気合は空回りするばかりで、ちっとも予定通りにならなかったことに、昭栄は少し落ち込んだ。その様子に、カズも困ったように首をかしげる。
「ほんとはもっと楽しくて、思い出になるようにって思っとったとよ?せっかく初デートなのに……」
 拗ねたように言う昭栄に、カズは苦笑して、そっとその頭をなでた。上げられた視線は子犬みたいで、仕方ないなぁなんて言葉が頭をよぎる。
「アホ、こげんこつ笑っとけばよか!お前が落ち込んでどげんすっと?」
 言葉の裏の優しさに、昭栄が嬉しそうに笑った。
「えへへ……カズさん好いとーです。」
 赤くなった顔を隠すように、カズは行くぞとつぶやいて歩き出す。慌てて後を追って、どうしても聞きたいことを口にした。
「ねぇカズさん……今日、楽しかった?」
 ちらっと昭栄を見上げて、またカズの視線は前を向く。いつだったかも、同じことを聞かれた。
    あんときは、この言葉にこげんデカか気持ちがこもっとーげな、知らんかったな……。
 じっと自分を見つめたままの昭栄に、カズも立ち止まって視線を合わせた。いつかのようにやわらかく笑って、また歩き出す。
「パスタ、な。あれだけ今度リベンジっちゃね。」
 背中越しの言葉に、昭栄は破顔してカズに追いついた。隣に並んで、カズの速度に歩幅を合わせる。
 今度リベンジってことは、今度またデートしようって、そういうことでいいんだよね?
 沈黙の問いには、沈黙の答え。


 とりあえず次までに、おいしいパスタの店を2,3軒は知っておくことにしよう。昭栄は心の中でうなずいた。


ぐだぐだ初デート編でした。初デートで逃走される昭栄。
幸せかはともかく、思い出にはしっかりと刻まれたことでしょう…(笑)