大きなものを失って、大切なものを手に入れた日。
告白
「「「カズおめでとーーーう!!!」」」
「おー、ありがとう。」
今日はカズの15歳の誕生日。コンビニで買ってきたケーキやお菓子に囲まれた主役は、盛大なクラッカーの音に耳をふさぎつつ、嬉しそうに笑った。
「9日、選抜の練習日ですよね?皆でパーティーばしましょうよ!!」
突然の昭栄の提案に、城光は全員を見回した。
中学生にもなって、お誕生日会などあまりやらないものだけれど。少年たちは顔を見合わせて、同時にうなずいた。九州選抜のメンバーは、イベントにかこつけて騒ぐのが大好きなのである。
いつもしかめっ面の、我らが守護神を喜ばせてやろうではないか。
簡素なロッカールームは小学生のような飾り付けで、ジュースやケーキも即席のものばかりではあったが、全員が楽しそうにはしゃいでいる。
出し物まで始める者もいて、たどたどしいマジックや音程の外れた歌にカズも珍しく声を上げて笑っていた。
「次、タカとヨシなんぞやれや〜!言い出しっぺが傍観しとってどげんすっと?」
「え゛、俺ですか!?」
何も考えていなかった昭栄が慌てて辞退しようとするが、「先輩に恥かかせてお前は何もせんのか」と言われれば逆らえない。救いの手を求めて城光を見ると、大きくうなずかれた。ほっとしたのもつかの間、
「なら、俺の自慢の筋肉ば見せちゃる!」
頼りにならない。
いや、いらんと首を振ったのはカズと昭栄だけで、
「なに、筋肉なら俺だって負けてなかよ!!」
「俺もや!!」
さすがは体格自慢の九州選抜、揃ってユニフォームをめくり上げようとする。恐ろしくむさくるしい光景を想像して、カズがキレた。
「そげんもん見たくなかなんじゃこのアホ共がーーーーー!!!」
正論だが、そこまで言わなくても。昭栄は先輩たちに同情した。
楽しそうに笑うカズを見るのはめったにないことだから、その姿を見つめていられるだけで昭栄は幸せだった。
あー、俺やっぱカズさんこつちかっぱ好いとーと。
そんなことを思っていたら、不意にカズと視線が合った。ドキッとしたのは一瞬で、カズの方がぎこちなく目をそらす。
ここ最近、一月くらいだろうか。こんなことがよく起こる。以前ならちょっと眉を寄せていぶかしげに、「なん見とーと?」などと言っていた。そんな昭栄にとっては他愛もない、何気ない瞬間に、そのぎこちなさは浮き上がる。
ぎこちないというのか、いたたまれないというのか。しかしもっとぴったり来る言葉を、昭栄は知っていた。
カズはうろたえている。目が合った、ただそれだけのことに。
それってもしかして、何となく、やっぱり……?
思い上がっているだけなのかもしれないけれど、昭栄の本能が、それがただの思い過ごしではないことを告げていた。
そろそろ、潮時なのかもしれない。この気持ちを、もう隠したままではいられそうになかった。
「よっさん、今日の帰り……カズさん借りてもよかですか?」
潜めた声だったけれど、隣にいた城光にはしっかりと伝わったようで、その肩がピクリと動く。きっと二月近く前の「あの日」の昭栄の言葉を思い出しているのだろう。さとい城光は、その一言ですべてを理解し、深く落ち着いた声音でつぶやいた。
「俺は、片付けがあるけん。……カズば送ってやってくれ。」
「……ヨシは?」
「よっさんは皆と片付けやけん、俺がカズさん送って行く係になりました!」
ふーん、と言った後は何も言わず、カズは昭栄の前を歩いていた。二人っきりになるのは一月ぶりだ。この想いに気づいてしまってから、カズは故意にその状況を避けてきた。選抜の集まりがなければ会うことはないし、二回ほどあった練習日でも、いつも城光のそばにいた。
昭栄と二人は、ダメだ。今までの自分が簡単に崩されて、気持ちが溢れそうになる。
うぬぼれでないとは言いきれないけれど、多分昭栄も同じ気持ちを持っている。それは気づいているけれど。
これはおかしいことだから。だから、ダメなのだ。
ぎゅっとこぶしを握ったカズの、その背中を昭栄は眺めていた。カズがひどく緊張しているのが分かって、昭栄は自分の勘に確信を持つ。
きっとカズは、昭栄の気持ちに気づいている。そしてそれと同じ想いを、心に自覚しているのだ。それでも何も言わず、気づかないふりをしているその気持ちは、昭栄にもよくわかる。
言ってしまえば、もう戻れなくなる。「仲のいい先輩と後輩」という関係は、何を気にする必要もなく、とても楽で、大きなものだから。失う怖さは、昭栄も感じていた。
それでも。ただこうして、何も言わない背中を見つめているだけで、こんなにも苦しくて幸せで。実ることはきっとないのだろうとどこかで諦めていた、そんな相手と、今同じ気持ちになれた。
何を捨ててでも、この奇跡を掴みたい。
心は溢れて、零れ落ちる。
「好いとーよ。」
カズの足が、止まった。
心のどこかで、予感していたのかもしれない。あぁ、とうとう言ってしまったのか、そんな冷静な声が頭のどこかで響いた。
ゆっくりと振り返ったカズの目には、緊張も不安も嫌悪も何一つなく、ただまっすぐに昭栄の目を射る。昭栄も、ただ穏やかに、カズを見つめていた。
その目を見れば、聞かずともわかるけれど。昭栄の口から、答えを聞きたくて。
「俺は男やぞ。おかしくなかか?」
望まれている答えは、目を見ればわかるから。カズの心に、そのまま届けたい。
「カズさんは、カズさんやけん。俺が好いとーんは、そんままのカズさんです。」
その言葉に、その目に、いっぱいに込められた昭栄の「好き」が自分を満たしていくのを感じた。
もう戻れない、そんな時期はとっくに過ぎていたのかもしれない。
それならば自分にできることは一つだけ。
この心には、心で応えよう。
「お前がおらんと、つまらん。」
抱きしめ合うこの温かさだけで、生まれてよかったと思えた。
2006.11.09 カズさんおめでとう!!