何気なく引いた辞書に、書いてあった。
思い立ったが吉日
日曜午前10時。窓の外は晴天。カーテンが涼しげに揺れている。
いい天気だ。こんな日は外に出ていきたい。しかし現在、自分は机にかじりつき、出された課題に向かっている。
「……や、ダメったい。」
今年もまた毎日厳しい練習に明け暮れて、最近は勉強が思うように進んでいない。そんな中今日は何週間ぶりだろうか、まるまる一日の休日。こういうときにこそ机に向かわなければ。
こういうんは毎日の積み重ねが大事やけんな。怠けたらいかんと。
そう、積み重ねが大事なのだ。できるときにやっておかねば、後々泣くことになる。サッカーを思いっきりがんばるためにも。
サッカー。頭に浮かんだその単語に、カズはなぜかため息をついた。
サッカーが苦しかっち思うげな、初めてんこつたい……
すでに十年近くサッカーをしてきて、理不尽な思いも辛い練習も、何度だって経験してきた。それでもどんなときも、苦しいなんて思ったことがなかったのに。
……これがスランプっちゅーやつなんかなぁ。
新学年、そして新チーム発足から一月が過ぎ。最近、カズは悩んでいた。
始めは、体のキレが悪く感じた。コーナーをつかれた瞬間に、踏み出すテンポが遅いような気がする。飛び出しが甘いのか、それともひねりが足りない?そもそも予測して動くのに、勘があまり冴えていないんじゃないのか。
これじゃいけないことはわかるのに、どうするべきかがわからない。何が悪い、どこがおかしい?
一度気になると些細なことまで気になり始める性質のカズは、すっかり煮詰まって、悩みの底に沈みこんでしまっていた。
いかん……切り替えろ!今は勉強に集中すっと!!
30分後。
「だぁあ〜〜〜〜っもう!!何やっちゅーんじゃこんボケぇ!!」
何度やり直しても解けない問題に、カズは完全にキレていた。
「俺の何が悪かっちゅーとや、言ってみんやコラぁ!!」
問題集に向かって理不尽なセリフを投げつけて、がしがしと頭をかく。
せっかく、久々に休みっちゃのに……。
こんなところで一人叫んで、自分は一体何をしているのだろう。落ち着くと同時に悲しくなって、カズは深くため息をついた。
ふと、視界の端に映ったのは、携帯電話。それをじっと見つめていたら。
課題……別に今日無理にやらんでもよかよな。
提出期限はもう少し先だ。出来上がりは60%というところだが、残りの日数で何とかならないこともない。何しろ、過去の自分が毎日積み重ねてきてくれたのだから。
それに、こーいうんはメリハリも大事やけんな?
がんばるときはがんばり、休めるときは休む。この心構えはいい選手の基本だ。
最近俺、がんばり続けとーし。むしろがんばりすぎじゃなか?
そうだそうだ、きっとそうだ。放課後は勿論、世の学生は週休二日でダラダラしているはずの土日も、自分は真面目にがんばってきたのだ。
馬鹿みたいにいい天気な今日一日くらい、休んだって文句はあるまい。
決めた、今日は気分転換ったい。こげんもんやっとれるか!!
ぽいっと投げ出したシャーペンの代わりに、見つめ続けていた携帯電話を手にとった。
「あ……もしもし?俺やけど……今日、暇か?」
一瞬の沈黙の後、返ってきた声は喜びに溢れていて。
『ひっ、暇です!!もうっ暇すぎて死にそうなかんじで!!ほんとに!!』
きっと今昭栄がしているだろう表情が思い浮かんで、カズの口元が少し緩んだ。
「なら……どっか、行くと?一緒に……」
『はっ……あの、それって……二人で?』
「当たり前っちゃろ……嫌なら別に、一人で」
『い、嫌じゃなかですっ!!だって、カズさん……カズさんがデートに誘ってくれたの、これが初めてですけん。俺ちかっぱ嬉しかですっ!!』
昭栄の言葉に、カズは少し首を捻った。そう言われてみると、確かに自分から昭栄を誘ったことなどなかった気がする。
そういえば、俺なしこいつに電話しとーと……?
昭栄が一瞬耳を疑ったのも無理もない。無意識の行動に自分でも驚いた。今までなら間違いなく、さっさと一人で出かけてしまっていただろうに。
『じゃあカズさん、また後で!』
遅刻するなよと返して、カズは携帯を切った。耳に残る昭栄の幸せそうな声が、自分の気持ちまで浮き立たせていく。
たったこれだけのことでこんなに喜んでくれるなら、素直になってみるのも悪くない、かも。
今日はせっかくの休日なのだから。
数分前とは正反対のすっきりとした表情で、カズは軽やかに部屋を出て行った。