暗闇に浮かぶ二つの白い息が、ほんの一瞬だけ、重なった。
くちびる
『でね、イルミネーションとかぁ、あっパスタも!パスタ行きましょうよ!!今度は絶対大丈夫ですと!!絶対楽しかよ〜!!』
電話口で、驚くほど浮かれた声が響いている。支離滅裂な言葉をつなぎ合わせ、ホームズばりの推理力を発揮すれば、おそらくこういうことなのだろう。
『だけんクリスマスイブに、デートしましょう!!』
「アホか、無理ったい。」
にべもない返しに、昭栄は何で何でと大声で騒ぎ立てた。受話器を耳から遠ざけて、大きく息を吸う。
「24日は練習があるとやろーがーーーー!!!」
「あら、なぁに?ショーエイ君?それなら25日に遊びに来たらよかじゃない?」
なんて余計なことを、と嘆いても遅い。受話器の向こうはすでに喜びに沸いてしまっている。
そんなわけで、なぜかクリスマスは我が家でパーティーをすることになりました。
「こん歳になってクリスマスパーティー……」
「まぁ、そげん言うなちゃ。小母さん楽しそうやけん、よかやろ?」
うんざりとつぶやいたカズに、城光が苦笑する。視線の先は、台所で楽しげに腕を振るうカズの母。小さく鼻歌を歌って、ご機嫌そのものである。
「かーさんもいい歳してほんっとガキくさかな〜。」
「なぁにカズ、何か言った?」
にっこりと笑ってふり返る母から視線をそらす。丁度いいタイミングで、昭栄が何かの箱を抱えて部屋に顔を出した。
「おかーさん、ツリーあったとよ〜!」
「あらほんと?ありがとうショーエイ君、カズはだらだらして口だけの困ったちゃんなのに感心っちゃね〜!」
「困ったちゃんてなん!?」
「そこで文句ばっかりのカズ君のこ・と・よ?ふんぞり返ってないでショーエイ君ば手伝ってあげなさい?」
眩しい微笑が恐ろしい。なるほど、カズは確かにこの人の血を継いでいる。それ以上何も言えず苦い顔で黙り込んだカズを見て、昭栄と城光は顔を見合わせて笑った。
「うわ、ちかっぱデカかツリーっちゃね!」
「飾りもこげんあるんか。」
箱を覗き込むと、様々な種類のオーナメントがぎっしりと入っている。傍らには、見上げるほどに大きな、真っ白なクリスマスツリー。
「白って珍しくなかですか?」
昭栄のつぶやきに、台所の母が背中越しに笑った。
「それね〜、カズが小学一年生の年に買ったんよ。絶対これがよか、これじゃなきゃ嫌!!って駄々こねたくせに、次の年にはサッカーに夢中で、ツリーなんかころっと忘れとーの。」
言われてようやく思い出した。学校でクリスマスツリーは家に飾るものだと知って、自分もやりたいと我侭を言ったのだ。
「綺麗っちゃなぁ〜!!ばってんカズさん家は純和風やけん、ちょぉ似合わんね。」
「そうなんよね〜。親戚のおじい様連中が何言うかわからんけん、今までこっそり隠しとったとよ?」
くすくすと笑う母に、昭栄がへぇとうなずいている。カズは何も言わず、箱の中から小さな飾りを取り出した。真っ赤なりんごのガラス細工。
『ねぇカズ、このりんごの飾り、綺麗ねぇ!』
よみがえる声に、カズは少し目を細めた。我侭を言う自分に母は困った顔をして、でもどこかうきうきと買い物をしていたのを覚えている。
田舎の、そこそこの旧家であるということは、面倒くさいことが多いということだ。親戚は頭が固く、噂好きで口さがない。たかがクリスマスでさえ、母は自由に楽しめなかったのだろうか。
本当は洋食好きで、新しい物好きで、ジーンズだってスニーカーだって好きな人だ。いつも明るいからわからないけれど、窮屈な思いを何度もしてきたのかもしれない。
とんとんと手の甲を指で叩かれて、カズは目を上げた。城光の目にも深い色が宿っている。小さくうなずいて、ぼんやりと口を開けてツリーに見入っている昭栄のあごを叩いた。
「虫入るぞアホ。おら、さっさと済まさんか!」
昭栄の手に、りんごのオーナメントを乗せる。その真っ赤な表面に、はいと笑った昭栄の顔が映って、寂しい気持ちが少し和らいだ気がした。
ツリーが白いから、赤や緑がよく映える。家や雪だるま、天使。箱いっぱいに詰まったオーナメントを、これでもかとつけていった。
「カズさんもう無理ですって!そこはもうつかんでしょう〜!」
「せからしか!人間やればできるとよ!」
「タカ、あきらめたらそこで試合終了って言葉知らんと?」
「へ?サッカーの言葉ですか?」
「アホ、安西先生ったい。」
げらげらと笑い転げながら飾られていくツリーは、幸せがいっぱいに詰まっているようだ。料理を作り終えたカズの母は、はしゃぐ三人を眺めて優しく微笑んだ。
いつも仏頂面の息子のこんな姿は、家ではあまり見られない。友達に囲まれて明るく笑っているカズに、何だかすごく温かい気持ちになった。
「ごはんできたとよ〜!」
わぁっと顔を輝かせる昭栄を尻目に、カズは箱に残った最後の一つを取り出す。金色の星だ。紐や針金ではなく、下に差し込む穴がついている。と、いうことは。
「これ一番上につけると?」
「あぁ、そうじゃなか?」
答えて、城光は料理を並べる手伝いに行ってしまった。カズは少し困った表情でツリーを見上げる。頂上は、昭栄の頭の少し上あたり。
「あれ、カズさん届くとですか?」
「せからしかボケーーー!!!」
届かない。それは事実なのだが、地雷を踏んだ昭栄はカズの報復を受けて地に沈む。悔しさに引けなくなったカズは、何とか自分で差そうと手を伸ばした。
爪先立って手を目いっぱい伸ばす。そんな態勢が安定しないのは明らかで、
「う、わ……!!」
ぐらりと揺れた体が、ツリーに倒れこみそうになる。反射的に目を瞑った瞬間、浮遊感に体が強張る。
「おわ、危なかー!!ちかっぱ焦った!!」
目を開けると、寸前で昭栄に支えられたらしい。浮遊感は、後ろからがっしりと抱えられて、少し足が浮いているせいだった。ほっと息をついて、そこでようやく現在の状況に思い当たったカズは、反射的に昭栄の腕を掴んだ。
「だぁあーーーっ!!」
「ぎゃーーーっ!!!」
柔道日本代表も真っ青の、見事な一本背負い。勝者・功刀一。
「……お前ら何しとーと……。」
城光に心底あきれた顔をされた。
結局星は城光がつけて、野生の嗅覚で受身を取った昭栄も無事ごちそうの前に座った。
「す、すごか〜!!」
食卓には、所狭しと料理が並んでいる。クリスマスらしい七面鳥からカズの好物のパスタまで、食べきれるのか不安になるほどの量である。
「たくさん食べて、サッカーがんばらんとね!目指せ日本一!!」
母の心遣いに、食べ盛りの少年たちは手を合わせた。いただきます。
食べ始めれば止まらない。見る見るうちに、食卓の皿は空になっていく。昭栄や城光はともかく、カズはその細腰のどこに入ったのかと不思議になるほどの量を食べきった。
と、いうよりも。
「もう食えん、腹が破裂すっと」
「ちかっぱうまかー!ばってん俺も腹いっぱいです〜」
「あ?なん、情けなかなお前ら〜!まだケーキ残っとーぞ?」
「「後にしてください……」」
あれだけの量を食べておいて、カズはまだけろっとしている。
「さ、さすがカズさん。No.1GKったい……」
遺言のようにつぶやいて、昭栄と城光は倒れた。
腹ごなしにと城光が持ってきたゲームに、三人は楽しげに騒ぎ始める。片づけを終えた母も途中から加わった。
「よーし、おかーさんと対戦っちゃね!!」
「えー、無理っちゃよ!私ゲームしたこつなかもん!!」
「小母さん、大丈夫。タカも手加減すっとやけん、な?」
何か適当にボタンを押せというカズの言葉に、母は真剣な顔で画面を見つめる。がちゃがちゃとよくわからないうちに、画面上で女性キャラが飛び跳ねて喜びだした。
「うがー負けた!!なん、おかーさん強かやん!!」
「え、私が勝ったと?きゃ〜やった!!」
「お前が弱かだけっちゃろ。こげんおばさんが強かわけな、いだだだ!!」
「カ〜ズ〜君、何か言ったと?」
むぎっと耳を引っ張られるカズに、昭栄と城光が爆笑する。怒ったカズの蹴りをかわしながら、城光がコントローラーを握った。
「そんなら、次は俺が小母さんに挑戦すっと。」
結果、城光もカズも母に快勝。ちなみに城光はある程度余裕を持って接戦を、カズはかなり本気を出して数秒で終わらせた。ゲームにも性格が出るとはこのことである。
「ほらな、お前が弱かだけったい。」
「えー、そげんこつなかですよ!!ほんとに!クラスの友達とやっとーときはそげん負けんもん俺。」
得意げなカズに、昭栄が首を捻って悩みだす。
「ビギナーズラックって言うけんな。これも時の運っちゃね。」
苦笑しながらの城光の言葉に、昭栄もふんふんとうなずいた。
泊まっていかないの、というありがたいお誘いには、翌日から学校の身の上ではお断りをするしかなく。
あー、同じ学校だったらよっさんみたかお泊りだってできるのに……。
家を建てるならもっと考えてほしかったなどと見当違いの文句を並べながら、昭栄は功刀家の玄関を後にした。
「ちょ、待てショーエイ!」
数歩進んだところで、カズが慌てて玄関から出てくる。息が白くなるほどの夜闇に、カズはコートも着ていない。
「カズさん、寒かやけん中入らんと!!」
慌てて駆け寄る昭栄を、カズはむぅと眉根を寄せて見上げた。昭栄の目の前に、手に持っていたマフラーを突きつける。
「そげん言うなら、忘れもんなんぞすんな。」
「あ……うわ、忘れとった!すんません〜!」
受け取ったところで、もう一つ忘れ物に気づいた。きびすを返そうとするカズを止めて、コートのポケットを探る。
「?なん……?」
今度は昭栄が、首をかしげるカズの目の前に小さな袋を差し出した。
「じゃーん、クリスマスプレゼントで〜す!!」
カズはきょとんと目を見開いて、少し困った顔でその袋を見つめる。
「……ばってん俺、何も用意してなか。」
「そげんこつよかですよ。これは俺の気持ち!」
まだ迷っている様子のカズの手をとって、袋を乗せた。そのまま包み込むように手を握って、昭栄は小さくつぶやく。
「そんなら、来年。来年のクリスマスは、カズさんもプレゼント用意しとってくれる?」
カズは少しうつむいて、小さくうなずいてくれた。しっかりと袋を受け取る。
「……ありがとう、な。」
何とも希少な言葉に、昭栄は微笑んでうなずいた。
明日は雪が降りますね、なんて言ったら、やっぱ怒られるっちゃろーなぁ。
吐く息が白い。カズが寒さに身を縮めた。無意識に、手に持ったマフラーをカズの首にかける。
「……?」
カズが不思議そうに顔を上げた。間近で見るその大きな瞳はやっぱり綺麗に澄んでいて、寒さに紅潮した鼻や頬が可愛い。
まるで惹き寄せられるように、昭栄はマフラーごとカズを引き寄せて、そっと唇を合わせた。
何が起こったのか、わからなかった。唇にかすかな熱を感じて、けれどそれも一瞬のこと。カズはぼんやりと、昭栄の顔を見上げた。
その顔があまりに真剣で、少し怯えてしまうほど本能のまま、強い目をしていたから。何をされたのかわかってしまって、カズの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
キ、ス。された。
「……えへへ。」
昭栄がへにゃんと相好を崩す。嬉しくてたまらないと言うように、カズをきつく抱きしめた。
「カズさん好いとーです。ほんとに、世界で一番。一番、好きです。」
耳元で何度もそう言われて、調子に乗るな、場所をわきまえろ、と殴りつけてやりたかったけれど。結局カズも、昭栄の背に手を回した。
だって、何だかあったかいんだ。昭栄の腕の中も、自分の胸の中も。
はじめてのちゅう。カズさんの場合、涙が出ちゃうというよりは、びっくりってかんじで。
2006.12.25 カズさん昭栄メリークリスマス!!