好きだと言われて、自分も好きだと思って。
それで、それから、どうなるの?


コイビトのカタチ


 二週間ぶりに、選抜練習がある。それはつまり、二週間ぶりにカズに会えるということで。
 告白して、受け入れてもらった。何てことのない話かもしれないけれど、それは奇跡みたいな出来事だ。出会ってからすっと想い続けていた人が、男同士という事実も超えて、自分を好きになってくれる。
    そげんこつ、一生かかっても無理かと思っとったとよ。
 奇跡が起きたあの夜以来、カズに会うのは初めてだ。何度も鏡をチェックして、お気に入りのスニーカーを履いて。昭栄は弾む足取りで家を飛び出した。


 二年全員でグラウンドの整備をしているところに、城光とカズがやって来た。いつも通りに迷彩の帽子をかぶって、寝起きの不機嫌さを引きずった表情。視界に入れば我慢できずに、昭栄は愛しい恋人に駆け寄った。
「カズさぁ〜〜ん!!おはよーございまっす!!」
 そのまま抱きつこうとしたら、
「せからしかアホ!朝っぱらから……!!」
 いつもの調子で殴られた。
    あれ……?
 きょとんとしている昭栄を置き去りに、カズはさっさと更衣室に入ってしまう。城光も少し気の毒そうな視線を向けて、その後に続いた。

「カズさぁ〜ん!!」
「せからしか!寄んなアホ!!」
 結局練習が終わるまで、このパターンの繰り返し。
    なし?これじゃ何も変わってなかやん!!
 変わっていないならまだしも、
「ショーエイ、お前今日おかしかやぞ。いちいち飛びついてきよって……なんぞあると?」
 怒鳴り疲れたカズに、心底迷惑そうな顔をされた。
 こんなはずじゃないのだと、更衣室で一人昭栄は頭を抱えた。自分たちは二週間前にやっと両想いになった、恋人同士のはずである。なりたてほやほやの、初々しい、ぴっちぴちのカップルのはずである。
 カップルというのは、もっとこう、いやんばかんなかんじのあれがこうで……。
    なし、何も変わらんと?
 本気で不思議になって、昭栄は少し不安になった。あの告白自体が夢だったのだろうか。そういえばあのとき頬をつねってみなかった。抱きしめたカズの体は温かかったけど、それも空想の産物だったのだろうか?
「そんな……なんちこつかぁ!!」
「……っ、なん?そげん情けなか顔して……」
 すでに支度を終えたカズが驚くその様子もいつも通りで、不安を更に煽る。思わずカズの肩をがしっと掴んだ昭栄は、必死の形相で畳み掛けた。
「ねぇカズさん、俺この前ちゃんと好いとーよって言ったとですよね!?夢だったと?」
「え、な」
「そんでカズさんも、俺がおらんとつまらんって言ったでしょ?言ってなか!?」
「ちょ、落ち着けショーエイ!!」
 額をびしっと叩かれて、慌てて手は放したものの、昭栄はまだ不安そうにカズを見ている。とりあえず部室に誰も残っていなかったことに安堵して、カズはため息をついた。
 一体何を不安がっているのかは知らないが、このまま放っておくわけにもいかない。
「わかった。ちゃんと話聞くけん、着替えせろ。」


 帰り道で見つけた公園のベンチに座って、昭栄に温かい飲み物を買ってもらって、カズは昭栄のまとまらない話を聞いていた。昭栄は身振り手振りで、拙いながらも一生懸命に伝えようとがんばっている。
「ん、つまり、俺の態度が変わらんけんおかしかってこつか?」
「おかしくはなかですけど……」
 熱いくらいの緑茶のペットボトルを両手に抱えて、昭栄はうーんと首をひねった。それを眺めながら、カズはホットレモンティーの缶に頬を寄せる。
「ねぇカズさん、カズさん俺んこつ好いとーですよね?俺の勘違いじゃなか?」
「!?」
 突然の問いにカズは真っ赤になって、けれど昭栄のあまりに真剣な目からは逃れられず、
「……別に間違ってはなかよ。」
 その小さな声に昭栄はあからさまにほっとして、えへへと笑う。
「何か、思っとったんと違って〜、あれってなったとですよ。」
 必死に言葉を探す昭栄に、カズも真剣に考えた。わかる気もするが、よくわからない。
「じゃあ、どげんこつ思っとったと?」
 首をかしげる昭栄に、カズがちょっと唇を尖らせた。説明しようにも、物慣れないのはお互い同じ。カズも何と言っていいのかわからなかった。
「俺は、よくわからんけん。好きとか、そげんこつも今までなかやったし……好いとーって言ったら、どげんするもんなん?」
 何気にすごいことを言ってもらったなぁと昭栄は少し恥ずかしくなって、ペットボトルをじっと見つめながら考える。
「んと、好いとーって、二人とも言って、そしたら付き合うこつになりますよね?」
「……男同士で付き合うって、どげんこつ?」
 カズが眉根を寄せると、昭栄もちょっと首をかしげた。
 例えば学校の友人のように、廊下を手をつないで歩いたり、街中で腕を組んで歩いたりは、カズと自分の場合には不適当だろう。かと言って知り合いに参考になりそうな同性カップルなどいないので、昭栄にもそんなことはわからなかった。
「お前は、どげんこつしたかって思っとったと?」
 昭栄の視線が宙をさまよう。考えた挙句、
「カップルって言ったら、あれですよね?砂浜で笑いながら追いかけっこする……」
「俺とお前でか?」
 ありえない光景が頭をよぎって、カズは身を震わせた。怖すぎる。
「いや、ほんとにしたかなんじゃなくて!!」
 昭栄が慌てて否定したのに、カズはほっとして息をついた。昭栄ならば、やりたがってもおかしくはない気がする。
「何て言うか、そげんかんじ?らぶらぶ〜な、うっとり〜みたいな……」
 曖昧な昭栄の言葉を聞いていて、カズの頭は混乱してきた。結局どうすればいいのか、皆目見当がつかない。さすがにこんなことは、城光にも相談できないし。
 手に持った缶に額をつけると、じんわりと熱さがにじんで染み渡る。うまく言えずに悩んでいる昭栄から、カズは少しすねたように目をそらした。
    好いとーって言ったら、変わらんといけんのか?
 今まで通りだって、自分が昭栄を好きな気持ちは確かだ。昭栄だって、カズが変わらなければ好きじゃないなんて、絶対言わないだろう。
    だったら、なし、そげん悩んで変わる必要があると?

「好いとーって、それだけじゃいかんと?」

 ぽつっと落ちたような言葉だったけれど、隣に座った昭栄にはしっかりと聞こえていたようで。
「よかですよ。カズさんが殴るんも蹴るんも怒鳴るんも、俺は嬉しかですけん。カズさんは、全部そんままが、よか。」
 昭栄が手の中でペットボトルを転がす。
「……ばってん、好いとーけん、一緒にしたかこつがあるでしょ?俺はカズさんと一緒にしたかこつ、ちかっぱあるよ。それは男同士だって、普通のこつでしょ?」
 じっと顔を覗き込む昭栄と目を合わせて、カズがまた小さくつぶやく。
「じゃあ、俺はどげんしたらよか?」
 どんなことを一緒にしたくて、何を望んでいるのか。ちゃんと教えてくれないと、応えてあげられない。
 そんな気持ちをカズの瞳に読み取って、昭栄は幸せそうに笑った。
    そうか、こげんとこに「好き」が溢れとーっちゃね。
「えっと、じゃあ、今度の休み!!……俺カズさんとデートしたかです。ダメ?」
 嬉しくなって調子に乗って、そんなお願いをしてみる。怒られるかなぁと思ったら、カズは無言のままレモンティーを飲み干して、ゴミ箱へ放った。
 まっすぐにゴミ箱へ飛んで、ガラガラと派手な音を立てて収まった缶を見て、カズが立ち上がる。慌てて追いかけた背中越しに、
よかよ。
 とても小さな声が聞こえた。


付き合うってなると、急に何かを変えなきゃいけないような気がしませんか?特に中学生な年頃って、難しい。 でもそれって、変えるものじゃなくて変わるものなんじゃないかなぁと思ったり。
二人はどんなふうに変わっていくんだろう? 昭栄とカズさんは、皆と同じことができないから、悩んだり不安になったりもするのかなぁ…。