「集合!!」
晴れ渡る空の下、グラウンドに声が響いた。
新たな一歩
待ちに待った、高校での部活が始まる日。サッカー部は専用のグラウンドで、キャプテンのもとに集まった。
「一年は右手、二・三年は左に整列!」
指示の通りにずらっと並ぶ。全員の前に立つのは、三人。がっちりした体格の坊主少年と、頭にタオルを巻いたどこか愛嬌のある小さいおっさんが前に出る。
「キャプテンになった、城光与志忠や。」
「監督の尾崎や。今日から新入部員が練習に参加すっと。新チームの発足たい。そういうわけで、まずは一年に自己紹介ばしてもらう。」
入部届けを挟んだバインダーを見ながら監督が言うと、ひときわ目立つ長身の少年がばっと手を上げた。
「はい!!高山昭栄、ポジションはDFで、特にサイドバックが得意です!!」
キラキラ笑顔の昭栄に、尾崎監督が苦い顔になる。
「……元気がよかなんは結構っちゃけどな、高山。五十音順やけんお前はまだやぞ。」
「へ!?」
ぶふっと笑いが起きた。選抜で顔見知りのものも多く、相変わらずの昭栄の空回りっぷりがおかしい。さすがの昭栄も、ちょっと恥ずかしそうに頬をかく。
二・三年の最前列に立つ迷彩帽の後姿にちらっと目をやると、その大きな瞳がこちらを見ていた。どきっとした昭栄に、カズの唇が小さく動く。
ア・ホ。
そんなぁと尾をたれる昭栄から目をそらして、カズは浮かぶ笑みを何とか抑えた。アホだなぁとは思うものの、こういう積極的な態度は昭栄のいいところだ。日本人プレイヤーには貴重な資質。
監督によって次々と名前が呼ばれ、一年生の挨拶を聞く。名前とポジション程度のものだが、それだけでたくさんのことがわかる。なかなかしぶとそうな、鍛え甲斐のありそうな奴が多い。体格もよく、度胸もある。
このチームは成績に比例して、練習が厳しい。毎年50名近くいる新入部員は、次の春には半数程度に減っている。実力至上主義というのは、厳しいものだ。残り続けるには肉体的にも、精神的にも強くなければならない。
特に、去年は厳しかった。ここ数年、全国大会出場で満足していたこの学校に、尾崎監督が赴任した。現状を打破したいキャプテンと共に、更なる高みを目指すため、練習は例年にない厳しさで。
今年ここに残っているのは、二年が20人。そして、三年は……
「さて、そんで最後に、呼んでないのは高山昭栄やな。何か一言なかか?」
監督の笑いを含んだ声に、カズがはっと我に返った。まずい、と顔をしかめる。途中から何も聞いていなかった。
まぁよかか、どうせ聞いとっても一回じゃ覚えんし……。
大体毎年、見込みのありそうな後輩、特にGKやDFあたりから覚えていくのだ。大体50人も顔と名前を覚えられる人間がおかしい。そんなのは面倒見がよく苦労性の、自分の幼馴染くらいだ。
「えーと、うんと……」
突然ふられて昭栄が唸る。別にないと言えばそれまでなのに、律儀な奴だ。何か思いついたらしく、ぱっと顔を上げて笑った。
「俺は世界一のDFになる男ですけん、ヨロシク!!」
自信満々の笑顔。ほんとうに相変わらず、だ。何となく幼馴染に目を向けると、苦笑半分期待半分の複雑な笑み。きっと自分も同じ顔をしているのだろうと、合った視線で気付いた。
二年の自己紹介が終わり、三年。あることに気付いた一年生たちがざわつき始める。
「静かに!ミーティング中の私語は罰走やぞ。」
城光の言葉に一応は静まるものの、驚きは隠せない表情だ。それはそうだろう。
「三年はDF河野、FW奥村の二人ったい。」
厳しい練習と、後輩にポジションを奪われていく悔しさ。もともと少なかった昨年の二年生は、受験を理由に次々とやめていった。前キャプテンは「豊作の年もあればこんな年もある」とだけ言っていたけれど。
カズはそうは思わない。多分前キャプテンも、本当はそんな風には思っていなかったと思う。優しい人だったから、何も言わなかっただけで。
奪われたなら奪い返せばいい。悔しさがあるなら、どんなに辛い練習だって耐えられるものじゃないか。あっさり自分の可能性をあきらめて、あがきもせずにやめていくなんて、自分なら絶対に我慢できない。
「河野です。DF。よろしく。」
あまり口数は多くないが、真面目でもくもくと練習をこなし、レギュラーを死守した河野。派手さはないが、自陣のスペースを確実に潰す目と勘を持っている。
「FWの奥村です!今は怪我で練習に参加できんけん、マネージャーも兼ねてやってます。夏の大会を照準に入れて調整してくけん、新FW陣と競える日ば楽しみにしとります!よろしく!!」
一方、監督の隣に簡易椅子を出して座っていた奥村は、ハツラツとした笑顔で立ち上がると、両手で松葉杖をついたまま器用に頭を下げた。愛嬌のある笑顔と大胆なプレイスタイルで、チームのムードメーカーだ。
たった二人残った先輩たちは、辛い練習に共に耐え、手本となる姿を見せてくれた。だからカズは、二人の先輩を本当に尊敬している。それはカズだけでなく、城光も末森も、皆。
「この高校に入って、サッカー部に入部する以上は皆知っとーと思う。うちは学年に関係なく、実力のある奴がレギュラーたい。そん代わり、練習は厳しか。今ここに残っとー先輩の数ば見るだけでも、どんだけ苦しいかは予想つくっちゃろ。」
尾崎監督が静かな目で部員を見渡す。想像していたよりもシビアな現状に、一年生の中には動揺を隠せないものも多い。
「ばってん、見てみんや。ここに残っとー先輩らは、一年間その厳しさに耐えた分、デカく見えるっちゃろ?努力に裏打ちされた自信と信頼が、うちの実力ったい。」
監督の言葉に惹き込まれて、一年生の顔つきが変わる。
ここに集まっている者は皆、中学である程度実力を発揮していた者ばかりだ。当然、即レギュラーの座を狙っている。自分と同じポジションの先輩は、ライバルというよりは目の上のたんこぶ。
けれど、不思議と素直に「あぁ、この人たちはすごいんだ」と思えた。ただそこに整然と立っている、その姿だけで、見えるものがある。溢れる自信と、お互いへの信頼、積み重ねてきた努力。圧倒されるほどの実力の差を感じた。
「お前らもこれから一年、レギュラーがとれる奴もおればとれん奴もおる。楽しくてたまらんときもあれば、辛くてもうやめたかっちゅーときもあると思う。」
二・三年は、それぞれ過去を振り返るように目を伏せる。きっと楽しいときよりは、苦しくて辛くて、そんなときの方が多かった。
「ばってん、これだけは忘れんなちゃ。その一年、我慢して走り続けた奴だけが、今ここに残っとー。この姿ば、絶対に忘れたらいかんと。」
来年、ここに残っていたいと思った。今の先輩たちのように、堂々と強く、信頼に満ちたチームを作って。後輩に尊敬されるような。
「ミーティングは以上ったい。」
「「「うっす、ありがとうございました!!!」」」
いっせいに頭を下げて、監督がグラウンドを去っていくと、再びキャプテンの号令が空に響く。
「なら、練習始めるぞ!!」
部内の先輩後輩関係が円滑に行くには、先輩が「先輩」らしい姿であることが大事だと思います。
しかし昭カズではないですね;しかも、つい尾崎監督出しちゃいました…(笑)