ねぇカズさん、好いとーです。
深い意味は。
突然のつぶやきに、雑誌を繰る手が止まる。
「……何、いきなり」
訝しげな顔を上げて見ると、数年来の可愛い後輩・昭栄はこたつの向こう側で、組んだ腕の上に突っ伏していた。
何やこのどんよりした感じは……。
肩に黒い影のような、ずっしりとした何かを背負って、疲れきった年配のおっさんみたいな姿だ。今さっき甘やかな台詞を発した張本人とは思えない。
「……何やよー知らんばってん、それはそれは大変な。」
「冗談で言っとるんじゃなかですよ」
あぁそうかい。だったらそれなりに、もうちょっと何かあるんじゃなかろうか。
自慢ではないけれど、今まで幾度も告白された。相手はこんなデカくてゴツくてアホなわんこではなく、フツーに女の子だけれど。
数多いる人間の中でどうして自分なんだろうといつも不思議で、好意は嬉しくとも受け入れようとまでは思えず断るのだけれど、それでも告白してくれる子たちは皆、その瞳も姿も心意気も、申し訳なくなるほどの眩しさだった。
こんな、この世の終わりみたいな背中で、顔も上げずに、暗〜い声音で告白されたのは初めてである。
暗に聞き流してくれっちゅーこつか?
いつも呆れるくらい元気でめげない、キラキラ笑顔がトレードマーク(と女子に評判)の昭栄。こんな姿を見るのは珍しくて、対応に困ったカズはとりあえず視線を雑誌に戻す。
「ねぇカズさん」
「んー」
「好きなんですけど」
数秒固まって、再び顔を上げた。何なんだお前めんどくせぇな、と雄弁に語る目は半分据わっている。
「好きって?俺んこつ?」
「ハイ」
「あ、そう。それで?」
ぶっちゃけて言うと、そんなことはもう随分前から知ってますけど何か?という心情である。人懐っこい昭栄でも、自分に対する懐きっぷりは尋常じゃなく、他の誰とも違うことくらい気付いていた。
最初は生意気だった分、叱られて躾けられて、飼い主みたいに刷り込まれただけかとも思っていた。けれどいつからか、妙にベタベタ触ってくるし、カズの周囲にいる人間に嫉妬はするし、まるで姫か壊れ物みたいに大事に大事に扱われる。
そこまで来れば、変だなーからこいつもしかして?を通り越して、今更好きですなんて言われても、まぁそうだろうねくらいにしか思わない。昭栄を知る人なら、多分全員そう思うはずだ。
「カズさんは、俺んこつ好いとーとですか?」
「いや、別に。」
「ですよね。」
ですよねって、納得するんかい。
思わずツッコミをしてしまった。何度も言うが、そこは何かもっとこう、何か、あるんじゃないのか。いちいち斬新な奴である。
「ねぇ。カズさん、俺んこつ可愛かって思ってくれてますよね?」
わぁこいつ図々しい〜。
よねって何だ、よねって。乾いた笑いが浮かびかけたけれど、続く昭栄の言葉が震えていて、すぅっと目が覚めるような気分になる。
「俺んこつ、好きじゃなくても。後輩ん中では一番、カズさんの知り合いん中では一番、俺んこつ可愛かって、思ってくれてますよね?」
試合で負けた後、大泣きしているところを見た。カズの中学の卒業式、声を上げて泣いているのを見た。同じ高校に受かって、鼻水を垂らして泣いているのも見た。
でもこんな風に、じんわり湿った、縋るような声を聞いたのは、初めてだった。
「お前、そげん俺んこつ好きと?」
「好きです。」
「……なし、俺なん?」
昭栄ははっきり言って女の子が大好きだ。中学で初めて会った頃から、女の子の声援を受けたり囲まれたりしているときのこいつは、そりゃもう鼻で笑うくらい嬉しそうで、えぇかっこしぃである。
大体、以前サッカー部の合宿で夜のぶっちゃけ大会が開催されたとき、好みのタイプは「ふわふわ小っちゃくて巨乳」とか言っていたではないか(気持ちはわかるがお前キモイとドン引きした覚えがある)。
「一応言っとくとばってん、俺にはチチはなかぞ」
「そげんこつ知ってますよ、いっつも着替えんとき見とるもん。」
「え……見とるんか。俺ん着替え。」
突っ伏したままこくっとうなずいた昭栄に、カズは若干白い目を向ける。そりゃあ隣で堂々と着替えているのだから別に悪いことはないが、「いっつも見てる」ってその言い方どうよ?
「カズさん、日焼けの跡がシャツとかズボンの境目でくっきりついとって、お腹とかは色白かな〜とか、筋肉が俺とかよっさんとかとちょぉ違っとって、腕も腰も細かな〜とか思ったら、少しだけ触ってもよかかな?とか」
「よかわけねかろーがお前」
「シャツ脱いだとき、背中の肩甲骨んとことか、髪がめくれてうなじんとこが見えたり、汗かいとるときの首筋とか、ちゅーしたらどげん風に」
「うん詳しくは聞かんばってんとりあえずそげんまじまじと観察すんな頼むけん。」
若干(というか切実に)身の危険を感じてストップをかける。嫌悪感だとかいう問題ではなく、他人のそんな生々しい部分はちょっとあんまり聞きたくない。子犬の昭栄を返して!
遠のきかけた意識を、イジけた昭栄の声が引き戻す。
「だって俺ずっと、ずーっとカズさんこつ好きで。女の子なんか目に入らんくらい、カズさんばっかり気になってしまうとです。だけんしょうがなかもん」
もんって何だ、もんって。
「俺やってお年頃やけん、手ぇつないだりちゅーしたりえっちしたりしたかもん。横で着替えするカズさんが悪かです!」
逆ギレか。カズのロッカーの隣をわがままを言って陣取ったのは昭栄の方である。
「…え、ちゅーか何、男同士でえっちなんぞできると?」
「色々準備すれば、だいじょぶです。俺勉強しました。」
その熱意を別の方向に向けてはくれまいか、高山昭栄よ。ていうか何が大丈夫。しねぇぞこのヤロウ。
「カズさん、興味あるとですか?」
拗ねたままの声で問われて、頬杖をついたカズが目を眇める。
「……ここであるって言ったら、お前どげんするつもりなん?」
「…………どげんもできんよ!身体だけなんて、つらくて泣きそうっちゃもん」
またじわりと湿った声に、カズはしばらく突っ伏したままの昭栄を眺めて、少しうつむいた。
何これ、ちょぉキュンとしたぞ。ショーエイのくせに。
目元が熱い気がする。どうにも昔から、尻尾をたれる犬のような昭栄の姿には弱いのだ。
「……まぁ、お前のそげん健気なとこは、可愛かっち思っとるけど」
別に、深い意味はないけど。身体だけでもいいなんて言い出したらぶっ飛ばすところだったが、ここまで好きだと思われてるなら、こっちも真剣に考えるべきだし。
「お前と一緒におるんは、俺も楽しかと思っとるぞ?せからしくてウザかこつも結構あるっちゃけど、殴っても蹴っても平気なん、お前しかおらんし」
そう、どんなに邪険に扱っても、懲りずに尻尾を振ってついてくる昭栄の一生懸命さは、結構気に入っている。
「結構前から、お前俺んこつ好いとるんかなとは思っとったけど、別に嫌とは思わんかったし」
やきもち焼きなところも、面倒な反面、ちょっと可愛いと思うこともある。まぁ、まさか身体をそこまでまじまじと見られていたとは思っていなかったけれど。
「今も、別に……嫌とか、思わんし」
昭栄は動かない。少し茶色がかったクセのある髪に、ちょっとだけ触ってみたくなる。
そーっと指を伸ばして、腕に垂れかかっている前髪を一房掬う。昭栄の肩がびくりと揺れたけれど、顔は上げない。振り払いもしない。
大人しくされるがままの昭栄に気をよくして、カズの指が昭栄の髪をなで、掬い、散らす。何度も何度も。
別に特別つやつやしているとか、そんなことはない。毎日外を走り回るから、ほこりや日差しでちょっとパサついた、男の髪の毛だ。
ばってん、何やろ……この感じ。
つむじの辺りから流れる髪を、人差し指に巻きつける。それを解いたところで、昭栄がゆっくりと顔を上げた。真っ赤な目が窺うようにカズを見上げる。
久しぶりに目が合って、うるうると見上げられて、その口は一度でも開いたら泣いてしまいそうだとでも言うようにきゅっと結ばれていて。
別に、深い意味があったわけじゃなく。
頬杖をついていた腕を下ろして、膝立ちになって身を乗り出した。ゆっくりと顔が近付いて、まずは鼻が擦り合って、お互いの睫毛が当たって反射的に目を閉じる。すぐそばに感じたふっと温かい吐息が、そこに自分の唇を導いた。
多分、その間三秒くらいのものだったんだろうけど。まるでスローモーションみたいな一瞬に、昭栄の見開いた目と間近で見つめ合った。昭栄の虹彩は茶色い。今初めて知ったこと。
昭栄の唇は自分とはちょっと違って少し厚めだとか、熱かったのはずっと下を向いてたせいかなとか、歯が当たらなくてよかったなとか、色々浮かんでは消え。
ファーストキスで、相手は男で、でも意外と嫌じゃなかった自分に気付いた。むしろちょっと、結構、よかった。
「……カズさ、」
掠れた声で自分を呼ぶ昭栄は、首まで真っ赤になっている。たれた目尻に涙が溜まっているのを見て、カズはこくっと喉を鳴らした。
何か、もっかい、したかかも。
「カズさん、好いとー……」
昭栄の腕が伸びてきて、頭と肩を引き寄せられる。上半身を完全にこたつに乗り上げた姿勢は少し苦しいけれど。
おれもすき。…たぶん。
キスされるのがわかって、キスしてほしかったから、抵抗しなかった。
深い意味はないけど、ないからこそ単純に、すき。
カズさんは昭栄の可愛いとこが好きなんだと思う。
今回、カズさんを男前に!と意識したら、何か手が早い人に…(笑)そして昭栄が清々しいまでにヘタレ乙女に(でも昭カズ)
こういうのもいいよね!