禁断の果実は甘い。
昼寝
功刀一は昼寝が大好きである。趣味の欄に堂々と表記し、昼食後は必ずお気に入りの場所で横になる。功刀はどこだ?と聞かれれば、グラウンドか屋上かどっかの木陰。誰もがそう答えるほどに、とにかくカズは昼寝が好きなのである。
「―――男もすなる―――」
うららかな日が差し込む前から三番目の窓際の席。机に大きなスポーツバッグと迷彩の帽子をひっかけて、カズはいつものようにノートに向かっていた。
黒板に書き足されていく情報と、教師が口頭でのみ伝える情報をうまくまとめて、ノートに書いていく。効率よく時間を使うため、カズはいつも授業を大事にしていた。
ばってん、これはいかんっちゃろ……。
昼休みが終わってすぐの古典という時間割は、どう考えてもひどい。よどみなく流れる教師の声が、まったりした古典調とあいまって、
バリ、ねむ……
ぽこん、と頭に衝撃が来て、カズは驚いて顔を上げた。
「功刀ー、起きろ〜。」
のんびりとした教師の声に、自分が寝ていたのだと気づく。まばたきをしただけのつもりだったのだが、時計は確かに5分ほど進んでいた。
「すんません。」
軽く頭を下げたカズに特に怒った様子もなく、教師はカズの頭を叩いた薄っぺらな出席簿を脇に抱えて、分厚い教科書を手に授業を再開した。
「つまりここでの女は、作者本人ば指して―――」
また遠くなり始める教師の声に、必死で集中しようと頭を働かせる。
なるほど、どうしてだろうか。男がする日記、という表記に何かヒントがあるのかもしれない。この時代の常識と照らし合わせて……
ぽこん。
「すんません。」
また今週も、この時間がやって来た。カズは気合を入れてノートを開く。今日は絶対、寝ないようにしなければ。
しかし授業が進むにつれて、だんだんまぶたが重くなってきた。必死で抵抗して目をこすってみたりもするのだが、効果は全くない。むしろ手の熱さに、更に眠気が増幅される。
くらくらと安定しない頭を支えようと頬杖をつくと、何だかいい感じに日差しに包まれて、とろりと引きずられて目を閉じた。
あー、きもちよか―――…………
完全に眠りに落ちる寸前で、カズはかっと目を見開いた。危ない危ない。
いかん、初志貫徹、有言実行、質実剛健やぞ俺!!
襲い来る眠気に抵抗するため、何となくすごそうな四文字熟語で自分を奮い立たせる。それと同時に手を動かそうとノートを取った。
しかし書くものがなくなると、またとろとろとまぶたが重くなって……
つんつんと背中をつつかれて、カズははっと意識を取り戻した。後ろの席の城光に身じろぎで答える。ぽんと投げられた紙を開くと、
『舟こいどーぞ。』
城光の整った字の下に、少し乱雑に返事を書いて後ろ向きにぽいと投げた。狙い通りに城光の手元に落ちたようで、かさりと小さく紙を開く音がした。
『せからしか、寝とらん。』
いや、完璧に寝とったっちゃろ。
カズの強がりに城光は少しあきれながら、教科書に目を戻した。
数分して、城光がふと目を上げると、カズの頭は完全に机に沈没していた。
今日こそは、いつもそう思っているのだ。しかしこの時間、起きていられたためしがない。幸い教師は寛容な性格で、予習も復習もきっちりこなしているカズを一度も怒ったりはしなかった。
けれど、怒られないからいいという問題でもない。その辺り少々頑固なカズは、毎回今日は寝らん!と息巻いて、しかし眠気には勝てずというパターンを繰り返していた。
居眠りって、なぜあんなに気持ちのいいものなのだろう。ダメだ寝るな、そう言い聞かせるのに、あのやんわりとした誘惑には絶対に抗えない。
こーいうん、何て言うっちゃろ……。
また寝てしまったと、自分の意志の弱さにがっくりしているカズを見て、古典の教師は楽しそうに笑って言った。
「禁断の果実は甘いって、ほんとやな、功刀?」
その言葉に、カズはきょとんと目を丸くした。教室を去っていく教師の背を見送って、そこでやっとその意味に気づく。
いけないことだとわかっていても、手を伸ばさせてしまったその甘い誘惑は、昼寝のそれと似ている。とろとろと気持ちよく、決して強くはないのに抗えない、あの感覚。
禁断の果実は甘い、か。言いえて妙、ちゃね。
なかなか文学的表現で、そう言ってみると何だか高尚な趣味に思えてくる。これからはこの言葉を使うことにしようと、カズは一人上機嫌に教科書を片付けた。
「カ〜ズさ〜ん!今日の授業はどげんでした?」
部室の前で、走って追いついてきた昭栄を見上げる。普通に答えるんじゃつまらないから、仕入れたばかりの、お気に入りの言葉を使ってみようか。
「ショーエイ、禁断の果実は甘かよ。わかると?」
楽しげなカズの言葉に、しばらく固まっていた昭栄が、突然カズの肩を掴んだ。ほんのり顔を赤くして、何やら幸せそうである。
「はい、俺もカズさんの甘〜い誘惑には勝てませんけん!!」
「なん勘違いしとーとお前はーーーー!!!」
カズさんの好きな言葉ネタでした。深読みすれば、昼寝でもありかな〜ということで。
ぶっちゃけ昭栄の考えた意味の方が素直ですよね…。