暗闇を照らす色。
空の花火と、傍らの君。
夏夜花
「珍しかねぇ、カズがお祭りに行くーなんて言い出すんは。」
「俺が行きたかって言ったんじゃなか!」
ぶすっとふくれる息子を軽く受け流して、母はぽんっと彼の腰を叩いた。にっこり笑って立ち上がる。
「うん、これでよかね!よかったぁ、ぴったり。似合うわぁ〜カズ!」
前に回りこんで全身を眺め、嬉しそうに言う母に、紺の浴衣を着せられたカズは小さくため息をついた。
今日は夏祭り。近隣ではそこそこ大きなもので、サッカー以外に疎いカズも、日にちだけは知っていた。
知ってはいたが、行くつもりなどなかった。興味がないわけではないが、カズは勉強にサッカーに忙しいのである。それがなぜ今、こんな格好で準備万端に駅へ向かって歩いているのかというと。
「あっ、カズさぁ〜〜ん!!」
もちろん原因はこの、お騒がせ夏男、高山昭栄。
一週間前から『祭り行きましょう』『浴衣で行きましょう』としつこくしつこく誘われたのである。男二人で浴衣で祭りなど、いつものことだがこいつは楽しいのだろうか。
芥子色の生地に茶色のストライプの入った、何とも渋い浴衣がなぜか似合う。身長のせいか整った容姿のせいか、昭栄をちらちらと見ている女の子がたくさんいた。
「カズさんこんばんはっ!よかったーちゃんと来てくれて!」
「あーもうせからしか!しつこく誘ったんはお前っちゃろーが」
「はい、だけん来てくれるかなーってちょぉ不安だったとです。」
さすがに強引だったと自覚はしているらしく、照れくさそうに笑う。
「一度行くって言ったけんな。」
駅前は祭りへ向かうのだろう、家族連れや浴衣姿の人で溢れている。女の子たちの視線が落ち着かなくて、さっさとここを離れたかった。
歩き出すカズを慌てて追いかけて、隣を歩く昭栄は楽しげだ。
「二言はない!ちゅーやつですね!俺もちゃんと約束守りますけん。」
嫌だ面倒だに加えて、お小遣いが残り少ないことを理由に誘いを突っぱねるカズに、昭栄は「オゴりますから!!」とゴリ押ししたのだった。
昭栄だって裕福なわけではもちろんないが、最近シューズを新調したカズよりは余裕がある。それに……と、横を歩くカズをチラッと盗み見た。
何ちゅーか、デートはオゴるんが基本!ちゅーか?
だらしなく緩みかける頬を必死で引き締める。デートだなんて、自分が勝手にそう思っているだけだけれど、それでもやっぱり嬉しい。
「カズさん浴衣似合いますねー!さすが!!」
おだてる昭栄を胡乱気に見上げて、カズはぼやくように右手で首筋を覆った。
「こげんもん着るん、何年ぶりっちゃろ。お前祭りの度にこげんめんどくさかもん着て歩いとーと?」
実際、最後に浴衣を着たのは、おそらく小学校一年生辺りだろう。サッカーを始めてからは、祭りにもボールを担いで行っていた。高学年になってからは、祭り自体に来ていない。
「うーん……度に、ちゅーわけじゃなかばってん、まぁ大体は……?」
珍しく曖昧な反応の昭栄を、カズの大きな目が見上げる。
「去年とかは、彼女と行ったりで、それはやっぱ浴衣かなーとか」
「ふーん…………え!?」
何気ない言い方に、一瞬聞き流しそうになった。
「お、まえ、彼女おると!?」
まんまるな目で詰め寄ってくるカズに、昭栄は失言に気付いて慌てて首を振る。おかしな誤解をされてはたまらない。ただでさえ望みのない恋なのに、更に遠くなってしまう。
「いいい、いや今はおらんです!!それは去年の話で!!」
必死の弁解をするも、カズは興味津々の表情で、及び腰の昭栄の裾を握って口を開いた。ちょうどそこでホームへ電車が到着する。ラッキーだ。
「あっ、カズさん電車来た!!乗りましょう、ね?人多かやけんはぐれんようにせんと」
カズの腕を取って小走りで乗車する人の列へ並び、流れに乗って車両を奥へ進む。反対側のドアの隅へカズを引き込んで、彼が人波に押しつぶされないよう自分の身体でガードするように立った。
カズはまだ何か言いた気に昭栄を見上げたが、車内は満員に近いほど混んでいて、仕方なく諦めて口をつぐむ。
こんアホ犬に、彼女ねぇ……。
まぁ、モテるだろうとは思う。見た目もだが、性格も明るくておもしろくて、女の子に好かれそうだ。カズはほとんど女子と交流がないのでよくわからないけれど。
羨ましいとか生意気だとかではなく、ただ意外だった。よく考えなくとも、そんなに驚くことではなかったのに。なぜか当然のように、昭栄と彼女という図を『不思議なもの』に感じてしまう。
サッカーしとーとこしか、知らんけんっちゃろーか?
小さく首を捻ったとき、電車がカーブに差し掛かった。背中へぐっと負荷がかかる。
「っ、わ」
「……!」
ちょうど昭栄の真後ろの女の子たちがよろけて、衝撃を背中で受け止めた昭栄は、遠心力も手伝ってぐっと身を乗り出す形になった。
「か、カズさん、大丈夫ですか?」
自分の胸に額を押し付けるような体勢になってしまっているカズに小さく聞くと、唇が軽くカズの髪に触れる。うなずいたカズの仕種がまるで甘えているようで、首筋が一気に熱くなってきた。
ど、どげんしよっ……落ち着け!!
こんなに密着していては、心臓の音を聞かれてしまう。赤くなった顔は見られなくても、変に動悸が上がっていてはきっと不審に思われるだろう。
よろけたついでに昭栄の側へ進出してきていた女の子たちは、次のカーブでまた反対側へよろけて離れていった。ほっとして離れると、カズが困ったように眉根を寄せて息をつく。
「なんや、祭り着く前に疲れそうっちゃな。」
「もうすぐですけん、ちょぉ我慢してくださいね」
帰りたいと頬に書いてあるカズに、昭栄は何とか気持ちを落ち着けて、苦笑いを返した。
もうちょっと、鍛えんといかんな。
間近にカズの感触を感じられたのは正直嬉しくて涙が出そうではあったが、潰されないよう配慮した自分がカズを押し潰していては話にならない。脳裏に尊敬するキャプテンの自慢の筋肉を思い浮かべた。
日が落ちたら花火が始まる。食べ物はそのときにゆっくり食べることにして、まずはたっぷり遊びつつ境内を回ることにした。
途中どうしてもお腹が空いたと不機嫌なカズに、目についたりんご飴を買い与える。かじかじと飴に噛み付くカズが猫のようで、昭栄は伸びかける鼻の下を片手で隠した。
「んぁー、こえ食いにくか。噛むんか舐めるんかわからんし!あご疲れる!!」
満更でもなさそうなくせに、文句を言いながら昭栄のすねを蹴りつける。カズの履物がサンダルで助かった。
ざわざわとした空気に、独特の熱気。久々の祭りの雰囲気に、カズの気持ちも少し高揚しているようだ。普段淡白な先輩の年相応な姿が嬉しい。
「カズさん金魚すくいしましょー!」
裾を引いて言うと、カズがりんご飴に唇を当てたままむっと眉根を寄せた。
「嫌や。すくってどげんすっと?飼う気なかし。」
「ならスーパーボールでもよかですけん!勝負勝負〜!!」
勝負と言われれば、引き下がるわけにはいかない。カズの目がぎらりと光った。
手近な屋台から境内の反対側まで、食べ物には目もくれず片っ端から勝負して回る。射的、ヨーヨーつり、ボール当て、最後のスーパーボールすくいが終わった頃にはすでに日も落ちかけていて、昭栄は景品の山が入った紙袋を抱えていた。
とは言っても、これは彼が手に入れたものばかりではない。勝敗はまさかの全戦全敗。袋の中身の大半はカズが勝ち取った景品である。
射的は絶対有利やと思っとったのになぁ。
毎年祭りで遊び、なおかつ体格で勝る自分が一つもカズに勝てないなんて、脱帽としか言いようがない。悔し紛れに、手ぶらで前を歩くカズに抗議をしてみた。
「カズさぁ〜ん、なしこれ俺が持っとーですかぁ?」
食べかけで放置していたりんご飴に噛み付いたカズは、涼しい表情で振り返る。
「ぁしって、お前が負けたっちゃけん、罰ゲームたい。」
そんなルールは決めていなかったが、それ以上文句は言わなかった。どうせどっちに転んでも、昭栄はカズに荷物を持たせようとは思えない。
これぞまさに惚れた弱み……。
くすんと心の中で涙する昭栄を、りんご飴を食べきったカズが見上げる。
「ショーエイ、花火始まる。はよ食いもん買わんや。」
我侭も可愛く見えてしまう。恋とはまこと、難儀なものだ。
花火はこの神社と少し離れた場所にある海で上げられる。海岸沿いはもちろん、見物客は少しでも見やすい場所を求めて行く中で、昭栄とカズは神社の境内を奥へ進み、本宮の前の階段に座った。
臨場感は多少損なわれるかもしれないが、落ち着いて食べるならばここがいい。カズ好みの場所だ。喧騒を程よく遠くに感じて、涼しい空気を胸いっぱいに吸った。
「何食べます?」
定番のたこやきから異色のじゃがバター(北海道産かは不明)まで、気になったものをこれまた片っ端から詰め込んだビニール袋を開ける。
「腹減ったー」
やきそばのパックを選び出したカズのぼやきに、昭栄は苦笑した。あのりんご飴は結構な大きさだったように思うのだが。細い身体で、意外と大食漢である。
お腹を空かせた運動部員が二人揃えば、食べ物なんてあっという間になくなる。カズが最後のから揚げを頬張ったとき、ドン、と低い音が響いた。
「あ、始まったとですね。」
ヒュルル、と気の抜けたような音がして、カズが顔を上げる。夜空に煙の軌跡が見えて、赤や青や紫の、特大の光の花が広がった。
ドー……ン!!
ほんの少し遅れて、鳴る爆発音が腹にびりびりと響く。歓声が聞こえる。始まりにふさわしい、美しい花火だ。
立て続けに上がる花火は色鮮やかで、散っては咲き、人々の感動を誘う。
「花火、久しぶりったい。やっぱ綺麗っちゃなぁ……」
ぼんやりと空に見入っていたカズがつぶやく。時々木々や建物に阻まれて、眺めは素晴らしいとは言えなかったが、それでも素直に綺麗だと思えた。
「うん……ですね。」
相槌を打った昭栄の声に込められた感情が深くて、カズは思わず昭栄を盗み見た。去年は彼女と見たであろう花火を、どんな顔をして見ているのだろう。
けれどそっと移したはずの視線は、昭栄の瞳とまっすぐぶつかった。
「……っ、……。」
何でこっちを見てる?と聞こうとして、カズは言葉を呑んだ。悲しい顔か、懐かしむような顔で、花火を眺めているのかと思ったのに。昭栄は何かもっと温かい感情を瞳にのせて、自分を見ている。
ふと、思い出した。二人で謹慎をくらった練習試合の後、泣いて謝る昭栄が漏らした言葉。
大好きな、カズさんに……って、
昭栄が一番懐いているのは自分だ。先輩として尊敬もされているし、好かれているのは、わかる。だから今まで何とも思っていなかったけれど。
微笑んで、嬉しそうに、愛しそうに、そんな目で見られたら。
「カズさん?」
…………っ俺、何、考えとーと?
おかしい。よくわからないが、自分がおかしい。たまたま、自分が口を開いたからこっちを見ただけかもしれないのに、何を変に考えたりしているのか。
目が合う、なんて珍しかこつじゃなかやろ。
「何でもなか。」
何となくそわそわするような、妙な感覚を無理矢理意識の外に追い出して、カズは花火に見入っているフリをした。
カズは夜空に上がる花火を、昭栄はカズの大きな瞳に映る光の欠片を、じっと見つめて動かない。
最後の花火が打ち上がるまで、何も言えず、何も聞けず。
昭カズもじもじ期間、突入でございます。