薫風暖かく、緑萌ゆる春。
ハナヒラク。
荘厳な石の門から彼方の校舎まで、視界いっぱいの桜並木が続いている。緊張や不安、希望や期待に胸を膨らませ、あつらえたばかりの新しい制服に身を包んだ新入生たちが歩いていく。
桃色、緑、男子の学ランの黒、女子のセーラーの紺。ひるがえる赤いリボン。
「うーわ〜〜〜、ここがカズさんのおる学校かー。皆頭よさそうっちゃね〜。」
「タカ、せめて口閉じろ。アホ丸出しやけん。」
正門の前で立ち止まっての一言に、中二の選抜以来の友人・通称5番は隣でため息をついた。その言葉に、昭栄はむーと口を尖らせて自分と彼を見比べる。
「こげん男前捕まえて何失礼なこつ言っとーと?お前こそ何やーそのワカメみたいな頭は。高校生になってもまだその頭すっと?」
「ワカメじゃなか!!俺はこれが似合うっちゃけん、ほっとけ!!」
このウェーブは天然だ。一応スタイリングもしている。
「それにしても、学ランって結構窮屈っちゃな。首すれそう。」
中学はブレザーだった昭栄が襟元を気にするのを、5番はあたりを見回しながら笑った。
「あー、慣れんとキツかやろうな。入学式終わったらカフスくらい外しとってもよかやろ。」
「んん、つーか終わったら即部活やんな?サッカー部ってどこ?」
校舎の端にあるグラウンドにはサッカーゴールが見当たらない。
「確か、サッカー部は専用のグラウンドがあるって話やぞ。見当たらんちこつは裏門の方かもしれんな。」
ふんふんとうなずいて、昭栄は改めて校舎を見上げた。
ここでカズが毎日、勉強をしたり部活をしたり、友達と話して笑ったりしているのだ。そして今日からはそこに、自分が存在することになる。
毎日一緒にサッカーをして、お昼なんかも一緒に食べたりして、部活が終わったら一緒に帰ったり、どこかに寄り道してみたり。もしかしてひょっとしたら、お泊りして一緒に登校、なんてこともあったりするかも!?
えー、もうそげんこつ困るっちゃー俺!!
超楽しみ。
「……おい、一応教えといてやるけんな。お前今、カズ先輩にはとても見せられんくらい顔キモいぞ。」
鼻の下を伸ばしてにたにたと笑っている昭栄に、優しい少年は忠告してあげた。他人のふりをしてもよかったが、こんなのとなぜか付き合っているという、中学以来尊敬している先輩のために。
気が強くてかっこよくてちょっと照れ屋な先輩は、こいつがこんな顔で往来を闊歩しているとわかったら憤死してしまうかもしれない。
「いかんいかん、カズさんがおる学校でかっこ悪い顔できんやん!」
そんなことをぶつぶつとつぶやいて、何とか顔は引き締めたものの、昭栄の周りには幸せオーラが溢れ出している。
浮かれとーなぁ、ほんっとに好きなんやなぁ……。
学校は別だが、二年間同じ選抜チームで過ごすうちに、昭栄とは特に仲良くなった。カズとの関係をはっきり本人に聞いたのは最近で、その前から薄々気付いてはいたし、自分は一応親友のつもりだ。何で言ってくれないのかなーと悩んだこともあった。
正直何とも思わなかったわけじゃないけれど、この様子を見ていれば何も言えなくなる。最近では本人たちが幸せならそれでいいかな、なんて思って、ひっそりではあるが応援していたりもする。
「まぁ、あれやな。手始めにサッカー部でレギュラーとって、カズ先輩やヨシ先輩に成長したとこば見せんとな。」
この学校のサッカー部は実力至上主義で有名だ。現に、カズや城光は一年の間にレギュラーの座を獲得したらしい。自分たちも負けてはいられない。
目指すはレギュラー、そして夏の全国。
幸せが待っている、そんな予感がするのだ。きっとうまくいく。自分とカズと、それに仲間たちがいるのだから。
「おし、行くか!!」
ごつっとこぶしを合わせて、揃って駆け出した。
新入生、入場!
華やかな音楽と共に、ぞろぞろと前に続いて歩き出す。D組になった昭栄は、前の生徒たちがまっすぐ前を見て歩いていく中、そわそわと視線を動かしていた。
カズさんどこかな、2-Eになったって聞いたっちゃけど……。
広い体育館の半分から後ろにずらっと並んで座る上級生の中に、一番会いたい人の姿を探す。いつもの迷彩帽はかぶっていなくても、すぐに見つけられる自信があった。
あ、いた!!
何となく気になって見ていた方に、少しはねた黒髪の丸い頭が見える。目には見えない輝きというのか、これが運命の赤い糸ってやつなのか、と一人で喜んで、昭栄はその後ろ頭をじーっと見つめた。
カズさん、俺はこっちです!カズさ〜んこっち向いてー!!
ぶんぶんと手を振って呼びかけたいのを必死でこらえているのに、カズは全く気付いていないのか前だけを見ている。横を通り過ぎたときも、目線すらこちらを向かなかった。
これは、絶対気付いてないんじゃなか。無視しとる!!
恥ずかしがり屋さんだなぁと少し寂しく思いつつ、しかしここで振り返るわけにもいかない。そのくらいの常識は昭栄にだってあるし、何よりカズに迷惑がかかりそうだ。それはいけない。
せめてものアピールに、名前を点呼されたとき、誰よりも大きな声で返事をした。
ぷっくく、くく、くっ……。
「……ヨ〜シ〜。今どげん状況かわかってて笑っとーと?」
隣で肩を震わせている幼馴染の腕をむぎっとつねる。
「だってなぁ、あいつもかわいかとこあるっちゃなぁと思って。なーカズ?」
ピンと背筋を伸ばして立っている昭栄の後姿に微笑む城光とは対照的に、カズは苦い顔である。小声で同意を求められても、つんと視線をそらしたまま。
まったく、恥ずかしか奴やな、もう……。
入場時の熱視線も、大きな返事での猛アピールも、もちろん気付いていた。
そげん主張せんでも、どこにおるかぐらいわかっとーわアホ犬!
同じ制服で人波に埋もれていたとしても、その存在には気づいてしまうのだ。昭栄が自分を見つけたように、カズだって。
こうして自分の生活する場に昭栄が立って、あぁ本当にこれから毎日一緒にいられるんだ、なんて思う。
一緒にサッカーをして、一緒に帰ったり、寄り道したり。もしかしたら一緒に弁当を食べたりするのかもしれない。いつも隣で昭栄が笑っていて、自分もそれに怒ったり笑ったりする、そんな日常が実現するのだ。
少し耳を赤くして、じっと昭栄の後姿を見つめるカズに、城光はひっそりと苦笑した。
まったく、このバカップルは。
これから自分が毎日するであろう苦労が目に見えて、城光はやれやれとため息をついた。
新入生、退場!
再び吹奏楽部の演奏が始まって、今度は後ろのクラスから歩き出す。昭栄はもうそわそわしてはいなかった。その視線はただ一点、カズの座る場所にのみ注がれている。
始めは人波に隠れていたカズの顔が、斜め前あたりに来てようやく見えた。
視線が合わさる。
やっとちゃんと目が合った。顔が見られた。やっぱりこの人はかっこよくてかわいくて、学ランもよく似合う、輝いている素敵な人だ。大好きだ。
カズさん、俺ほんとに受かりましたよ。これから毎日一緒ですね。
嬉しくて嬉しくてこらえきれずに、昭栄はへにゃっと笑った。つられたように、カズの口元もほころぶ。めったにしない、やわらかい笑顔だった。
通り過ぎて、体育館を出て、教室に戻る間もずっと、カズの笑顔が頭から離れない。一緒にいられるって、喜んでいるのは自分だけじゃないんだと、あらためてわかる。
うん……。幸せの予感、っちゃな。
HRも終わり頃、D組に突然上級生がやって来た。
「「高山昭栄はどいつだ!?」」
ちょうど真ん中あたりの席に座っていた昭栄が顔を上げると、体格か雰囲気か、勘付いたらしい二人組みは昭栄をびしっと指差した。
「俺はバスケ部主将、周藤!!」
「俺は空手部主将、権田!!」
「「高山昭栄!俺の部に入れ!!」」
「え、嫌です。」
カズとサッカーへの愛に燃える昭栄には、さすがの二人も手が出せなかったとか。
この後高山を獲得するためにもやはり功刀を入部させよう!とがんばる周藤君・権田君の姿が見られた、かもしれません(笑)
冒頭の少年は5番君です。何となく二人は結構仲がいいんじゃないかな?とか思ったり。それにしても、名前……(泣)
2008.10.26:もう、開き直って潔く「5番」呼びで行くことにしました(笑)