シンとした室内に、お互いの心臓の音だけが響いているような。
16歳の夜2
無言のまま辿り着いてしまった、カズの家。
どげんしよう、ちかっぱ気まずか……!!
二人は図らずしも、理由は違えど同じことを思っていた。
「……チャリ、そこ。」
「え?」
指差されたのは門を入ってしばらく、玄関の横の辺り。いつもは門の外に適当に止めてしまうから、昭栄は戸惑ってカズを見る。しかしカズはそれ以上何も言わず戸を開けて行ってしまうので、慌てて言う通りにして追いかけた。
いつも以上に会話に乗ってきてくれなかったカズ。強張った肩は嫌な想像を生んで、昭栄はぎゅっと唇をかみしめた。
もしかして、いい加減自分の情けなさに飽き飽きして、嫌いになった……とか。
うっわ、そんな、否定できん可能性やん!
浮かれすぎていた数時間前の自分を殴ってやりたい思いで玄関をくぐると、先に靴を脱いで一段上がったカズとばちっと目が合った。
「……っあー、あれ?おかーさん、お買い物ですか?」
いつもある小さなパンプスが見当たらない。いつもならお帰り、と笑顔で迎えてくれる姿も、今日はない。
昭栄の問いに、カズは一度きゅっと唇を結んで、少し目線をずらしてつぶやいた。
「今日……は。母さん、おらんけん。」
「えっ?」
きょとんとして聞き返す昭栄に、カズの視線がゆらゆらと揺れる。
「だけん、旅行で……明日の、夜まで……。」
「……えっ!?」
目を剥いた昭栄に、カズがきっと顔を上げた。もういい。ここまで来たら、開き直るしかないではないか!
「お前っ!!今日、泊まっていかんや!!!」
予想もしなかった展開に、昭栄はカズが足音も荒く視界から消えてしまうまで、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
カズの母が作り置きしてくれていたご飯を食べて、お風呂に入って。交代でカズがお風呂に入っている今、普段ならカズの部屋にお客様用の布団を敷いて待っているのだけれど。
今日は……布団、いるっちゃろか?
昭栄は部屋の中央に正座して、悩んでいた。
ちゅーか、カズさん、どげんつもりなんかな?
未だに現状が把握しきれない。だって、あまりにも唐突だったし。今まで一切そんなそぶりもなかったが、カズが「今日泊まれ」と半ば逆ギレ状態で言っていた、のは現実のはず。
泊まれって、だって、ただお泊りしてくだけじゃなかよな?
それなら今までだって何度かあった。サッカーのビデオを見ていたら盛り上がって帰るに帰れなくなって、とか。でもそれなら、あんな態度にはならないだろう。
当然……えっちするって……していいよってこつ……
「ショーエイ」
「うわぁあああ!!!」
座った姿勢のまま飛び上がった昭栄に、カズもびくっと肩を震わせる。
「っな、何や!?」
「い、や、すんません!!あの、ちょぉびっくりして」
「びっくりしたんはこっちじゃ!夜中に大声出すんじゃなか!!」
べしっと昭栄の頭を叩いて、カズは自分のベッドに座った。ギシッと鳴る音が妙に生々しく響いて、二人の間にまた緊張が走る。
泊まっていけと、誘ったカズ。布団を敷かないまま、待っていた昭栄。そしてこの、妙な緊張感。
ぎゅっとこぶしを握って、昭栄が立ち上がった。ずんずん歩いて、カズの隣に座る。思い切ってそっと手を繋いだら、カズの体が緊張に固まるのがわかった。
「カズさん、あのね?無理強いはしたくなかやけん、はっきり聞きますよ。」
カズはできる限りで歩み寄ってくれた。あとは自分が腕を伸ばして、カズを引き寄せてやらないと。
「俺。カズさんこつ、抱きたかです。よかですか?」
どくん、心臓が跳ねる音。耳の中に心臓があるみたいだ。
まっすぐな昭栄の言葉。答えを待って、手を握ったまま自分を見ている。もう開き直ったはずなのに、体が強張って動いてくれない。
嫌だと言えば、昭栄は笑ってうなずいてくれるだろう。今ならまだ引き返せる、そのチャンスを与えてくれている。
ばってん、俺は、……
繋いだ手から、伝わってくる。昭栄はずっと、待っていたのだ。カズを想って。
俺は、別に嫌だから迷っとーんじゃなか。
そう、嫌じゃない。怖いけど、不安だけど、でも。
昭栄となら、してみたい。
うなずくのが精一杯だった。もう言葉なんか、浮かびもしない。昭栄に強く抱きしめられて、こめかみがどんどん熱くなってくる。
「カズさん……好いとー」
告白の終わりは互いの唇に飲み込まれて、カズは目を閉じた。いつもより熱のこもったキスに、頭の芯が溶けそうで、思わず昭栄のシャツをぎゅっと握った。
まるであやすように何度か唇を食んで、昭栄の舌がゆっくりとカズの歯列をなぞる。
「ん……」
少しだけ広くなった隙間に舌を差し込むと、ためらいがちにカズが強張っていた唇を解いた。首を傾けて角度を深くして、カズの口腔を貪る。
上顎、頬の裏、ようやく辿り着いた舌は触れるとびくっと震えて逃げていく。追いかけて絡め取り吸い上げると、かくんとカズの腰から力が抜けた。ゆっくりとベッドに倒れこむ。
覆いかぶさったまましばらくキスに夢中になった。いつの間にかカズの両手は昭栄の背中に回されて、密着した身体から二人のどきどきと鳴る心音が聞こえる。
ちゅ、と音がして、ぼんやりと目を開けると、間近に昭栄の顔があった。愛しげに見つめるその目に、カズは恥ずかしそうに顔をそらす。
嫌やもう、今俺どげん顔しとーっちゃろ……?
微笑んで髪をなでる昭栄に、やっぱり知らなくていいと目を閉じた。きっとわかってしまったらもう、恥ずかしさで死ねる。
「カズさん……」
「っ……!」
顔をそらしたことでのぞいた首筋に、唇を当てたままささやかれて、ぞくりと走る何かにカズは身を震わせた。ぺろりと舐められて、また。
不快なんじゃない。これが俗に言う、快感というやつか?
思い当たったら不安がなくなって、気持ちいいならもっとしてほしくて、カズは体の力を抜いた。
服を脱がされて肩や腕、脇腹と順番に昭栄になでられて、何だかよくわからないがぽわぽわした。昭栄の指先が胸をなでたとき、背筋がまたぞくりと震える。
「気持ちよかですか?」
首をかしげて聞いてくる昭栄に、カズは目を閉じて黙ったまま。恥ずかしい云々の前に、わからないのだから答えようがない。
そのまま胸先をなでられたり摘まれたり舐められたり吸われたりしているうちに、なぜか腹が立ってきて、カズは昭栄の髪をぎゅっと握った。
「っ、カズさん?」
痛かったのか顔を上げた昭栄を、カズは必死で睨む。
「な、ん、もうわからん……!」
真っ赤な顔で目は潤んでいて、どう見ても気持ちいい顔をしながらそんなことを言うカズに、昭栄はごくっとのどを鳴らした。
うわ、何やろこれ。やばか……。
妙な男心を刺激された、というのか。たまらなく気持ちが膨れ上がって、昭栄の右手は自然にカズの下肢へと伸びる。
握られた瞬間に、カズの背がびくんと跳ねた。
「あっ、ぅ……!」
今までのどんな刺激よりも強く顕著に、快感を脳が認識する。思わず見開いた目に、昭栄の征服欲の滲んだ表情が映った。さっきまでとは全然違う。
オスの、顔……
「こっちはわかる?気持ちよかでしょ?」
昭栄の変化に再び不安が襲ってきて、抵抗しようとするカズを腕ごと抑え込んでキスをしながら、昭栄は右手を上下に動かした。カズの体温が一気に上がるのを、右手で唇で、身体全体で感じる。
始めは昭栄の肩を押しやろうと必死になっていたカズの腕はいつしか昭栄の首にすがりついて、解放された唇からは熱く荒い吐息がもれた。
「は、……はぁ……あ、」
本能が腰を浮かせる。強い快感と耳に届く卑猥な音への羞恥から、ぎゅっと閉じた目尻から涙が流れて。
昭栄の最後の理性も、一緒に押し流してしまった。
「ん、ぁ!?」
快感の波を駆け上り、破裂しそうな瞬間に急に手を離されて、カズは目を開けて昭栄を見上げる。問うより先に、昭栄がカズの腰に腕を回し、先走りに濡れた指をカズの秘部へ突っ込んだ。
「ひっ、……いった!!」
わけのわからないまま激痛に悲鳴を上げたカズに、昭栄が余裕のない声で告げる。
「カズさんすんません、ちょぉ我慢して。挿れるけん。」
「はっ!?いれる……!?ちょ、やめ」
「無理です、すんません。もう我慢できん」
無理とか我慢できないとかそういう問題じゃない。痛い痛い痛い痛い!!
いれるって何!?だって自分は女の子じゃないのだ。入るところなんてないじゃないか!!というか、どこに指突っ込んでんだお前は!?
……え?ちゅーこつは、そこに……!?
一般的知識をこの状況と対応させて応用するに、膣の代わりに排泄用のそこに、昭栄の肥大したソレを、ぶち込む、ということなのだろうか。
「い、嫌や無理無理無理っ!!そげんっ、なぁ、しょぉえ」
痛みと恐怖にすがるような声で呼ぶカズに、昭栄が指を抜いてくれる。ほっとしたのも束の間、足を抱え上げられて、カズは顔を真っ青にして抵抗した。
「ショーエイ、嫌や、無理」
「ごめん……ばってん、お願いカズさん……!」
こんな状況なのに、こんなに怖くて震えているのに、さっきまでの快感なんて綺麗に吹き飛んで萎え萎えなのに。
お願いされると、弱いのが先輩心。おまけに余計なことを思い出した。
今日、ショーエイの誕生日……。
「ねぇ、お願いですけん。カズさんこつ大好きやもん。」
甘えて手を握られて、カズは泣きたくなって顔を覆った。
何が大好きやもん、だ。俺はお前なんか大嫌いだ。
挿れられた瞬間、身体が裂けるかと思った。痛みで意識が飛びかけた。耐え切ったのはGKとしての精神力の賜物だ。それだって昭栄がイくまでしか持たなかったけど。
「……痛い。」
ようやく意識を取り戻して、痛みに掠れる声でつぶやいたカズに、隣で心配そうに覗き込んでいた昭栄は思わずその場に正座する。痛む身体を無理に起こして、カズはぎっと昭栄をにらんだ。
「痛い。」
「ハイ」
「苦しい!」
「ハイ……」
「キモチワルイっ!!もうヤらんっ!!!」
「すんませんカズさんっっ!大丈夫ですか?謝りますけん泣かんで〜〜〜!!」
大丈夫なわけがあるか。自分は好き勝手に腰振って気持ちよくなっておまけに中出ししやがって。あぁあもう、何かゴロゴロしてキモチワルイ……!
「えっと、ゴムとかね?持ち歩いてなかやし、そんな期待してなかやったし……カズさんもしかして準備してくれてたり」
「するわけねかろーがアホんだろ!!死ね!!!」
男同士で具体的に何をするのかも知らなかった自分が、どうしてそんな準備ができるというのだ。殴るなり蹴るなりしてやりたいが、痛くて痛くてとてもできない。恨めしい。
「カズさぁん……えっち嫌だった?」
「うん。」
目が据わったままきっぱりとうなずくカズに、昭栄が情けなくうなだれた。それを横目に、カズはタオルケットに包まってムスッと壁にもたれる。あーもう、痛い。
「カズさんごめんね?ばってん、俺、初めてで……しかも男同士のエロビとか見たこつなかし、よくわからんし……。」
カズの手をとってもごもごと言い訳をする昭栄を、カズがじっと見つめた。
「……はじめて?女とも?」
「当たり前やなかですか!俺中二からずーっとカズさん一筋っちゃよ?浮気なんてせんし!カズさんが世界一っちゃもん!!」
カズの問いに、昭栄はぎょっとして力説する。別に疑っていたわけじゃなく、何となくこいつはアホだしモテるしアホだし、経験があってもおかしくないかなと思っただけだ。
でも、一筋だとか世界一とか初めてだとか、ちょっといい気がする。
「……………………おれもはじめて。」
ぼそっとつぶやかれた言葉に、昭栄がぱっと顔を上げた。もちろんそんなことは疑う余地もなくわかりきっているのだけれど、言葉にされると何だか感動する。
目が合うとカズの瞳が柔らかく潤んで、何だかんだ言いつつ俺ってやっぱり愛されてる、なんて思えたり。
「ショーエイ、はようまかなってな?」
「へ……、あ……!」
もうしないって言ってたのに、気を失うくらい痛かったのに、こうしてちゃんと許してくれる。泣きたいくらい嬉しくて、できるだけ身体が痛まないように優しく抱きしめた。
「カズさん、俺カズさんのためにがんばりますけん!」
少し身じろぎをして落ち着く体勢をとると、カズは甘えるように小さくうなずいた。愛しすぎてとろけそうだ。
「カズさ」
「ばってん今日はもうせん。」
「うっ……は、ハイ…………。」
調子に乗りかけた昭栄を、南極の吹雪より冷たいカズの視線が射抜く。逆らうことなどできない昭栄は、再びしょぼんとうつむいた。
「あ、そうや。言い忘れとったっちゃけど、誕生日オメデトウ。」
事務連絡のような口調でそう言って、カズは「じゃ、おやすみ」と布団に沈む。ぐったりと寝入ってしまったカズの背中を、昭栄は何とも言えない気持ちでしばらく眺めていた。
あー、ばってん、バリすごかよなぁ……カズさんとえっちしたっちゃもん。
カズは未だ夢かと思ってしまうほど、これ以上ない幸せをくれた。眠るカズをタオルケットごと背中から抱きしめて、昭栄は胸いっぱいの愛しさにため息をついた。
グラウンドではいつものように、少年たちがボールを追って走り回っている。一人を除いて。
「カズ!どげんした、どっか調子悪か?全然動けてなかやぞ。」
ストレッチすらぎこちない動きのカズに、城光はキャプテンとしてではなく、幼馴染の顔で話しかけた。それだけカズの様子が酷い。
「い、や……」
「何?どっか痛むんか?」
「え、あの……」
妙に歯切れの悪いカズに、城光は眉根を寄せた。カズは城光と目を合わせないよう斜め下に視線をさまよわせ、城光はしばしそのままカズの様子を眺めて。
「監督!カズ、調子悪かですけん、見学させます!」
「えっ」
きっぱりと宣言して、慌てるカズに無理矢理肩を貸して……むしろ担ぎ上げるように、ベンチへ向かう。
「ヨシ、見学って」
「お前はうちの守護神やぞ。この大事な時期に、痛めた体で無理してどげんする。きちっと管理せろ!これはキャプテン命令ったい。」
厳しい声音にぐっと詰まったカズに、城光は苦笑してうなだれる頭をなでた。
「お前に無理はさせられん。チームメイトとしても幼馴染としても、な。」
顔を上げたカズの耳に、城光の独り言が聞こえた。
「あいつにもそう言ったはずっちゃけどなぁ」
怒りの秘められたその言葉に、カズは目を丸くする。城光はカズに背を向けて、一歩踏み出しながら、
「高山昭栄!!今すぐ罰走、20キロ行ってこい!!!」
響き渡った怒りの大音声。それを聞いて、カズは顔を覆ってベンチに倒れた。
ヨシにバレた。もう、死にたい……。
昭栄の誕生日&初体験でした。昭栄の待遇、破格に上がりましたね(笑)
えろって書くの難しい……。濃厚な空気が出したいところです。
2007.07.14 昭栄おめでとう!!