「カズさんっすんません!!!」
珍しく寝坊して朝練ぎりぎりに部室に滑り込んだカズに、昭栄は会うなりがばっと頭を下げた。


四月ばか。


「あの、ですね。そのー、俺、実は……」
 もごもごと言いよどむ昭栄に、レガースをつけるためベンチに座っていたカズは眉根を寄せた。
「あ?何ぞやらかしたと?はよ言っとかんと朝練始まるぞ。」
「う、はい、あのー……」
 埒の明かない昭栄の相手は後回しに、カズはさっさと準備を終わらせる。グローブもしっかりズボンに差し込んで、腕を組んで昭栄に向き直った。
「おら、今言えばちょびっと殴るだけで許しちゃーけん。言ってみんや。」
 カズの言葉の微妙なおかしさには気付かなかったのか、昭栄は意を決したように顔を上げる。
「は、はい!あの、実は、……この前カズさんがお泊りして行ったときに忘れていったTシャツにコーラばこぼしました!!!」
「はぁ!?何しとーやこんボケぇ!!!」
「あ、ぁあ、あとっ、この前カズさんに借りたワールドカップ決勝のビデオ、間違ってサザエさんば録画してしまいました!!!」
「あ゛!?なぁにがサザエさんじゃお前いっぺん死んどくか!?つーか死なんやアホんだろがぁ!!!」
「そ、それと……」
「まだあるんか!?」
 それまで大人しくされるがままになっていた昭栄が、カズの振り上げたこぶしを掴んだ。

すきなひとが、できました。

 小さな声だったがしっかり届いたようで、カズの動きがぴたっと止まる。ぽかんと目を見開いて、衝撃、というしかない表情。大きな瞳に傷ついた色が広がっていく。
「っ……カズさん、ごめんなさ」
「嫌や、離せっ……!!」
 思わず抱き寄せた小さな体はあらん限りの力で抵抗する。本気の怒りと嫌悪を感じ取って、昭栄も負けじと腕に力を込めた。
「違い、ます!聞いてカズさん、違うんです!!」
「なにが、なしっ……他に好きな奴がおるならこげんこつすんな!!」
「だけん、ほんとに違う!!」
 耳元できつく言われて、思わずびくっと震えるカズの怯えた様子に、昭栄が泣きそうな目を上げる。

「カズさん、全部嘘です。今日エイプリルフールです。」

 二度目の衝撃の後に虚脱感で体の力が抜けたカズを抱きしめたまま、昭栄は本気で泣き出した。
「あんね、昨日よっさんたちに『たまにはカズばびっくりさせちゃれー』て言われて、つい……ばってんやっぱやめればよかった〜!!」
 傷ついたよね、ごめんね、と泣きながら頭をなでる昭栄に、カズもだんだん状況が飲み込めてくる。そうすると、ショックだった分が怒りを呼び、気付いたら目の前にあった昭栄の耳を引っ張っていた。
「いぃいだだだだカズさんちぎれるちぎれる!!!」
「せからしか!!お前がそげん無駄なこつばっかするけんじゃ!!!」
「ごめんなさいごめんなさい反省しとーけん!!もう絶対嘘つきませんカズさんの背番号にかけて誓います!!」
 あまりの痛みにさすがの昭栄も耐えられず、カズを抱きすくめていた手で自分の耳を覆う。ぐすっと鼻をすする昭栄を、今度はカズが抱き寄せた。
「カズさん……?」
 頭を胸に抱えられているので姿勢が少し苦しかったが、それよりも強いのは驚き。カズがこんなことをしてくれるなんて滅多にない。もしかしたら初めてかも。
「あげんこつ……嘘なんかで言うな。」
    うわ、ほんとやめとけばよかった……。
 調子に乗っていた自分が恨めしい。すぐ後ろのベンチにカズを座らせて、その腰にむぎゅっと抱きついた。
「うん、もう絶対嘘つかん。カズさんにだけは何があってもほんとのこと言うって、約束します。」
「次同じこつやったら別れるけんな!」
「だいじょぶ、もう絶対せんもん。カズさん大好き。」
 頭をなでてくれるカズの手が嬉しくて、昭栄は目を閉じた。


 本気で泣きが入るほど反省した様子の昭栄に、カズはふぅと息をついた。泣きたかったのは自分だ。Tシャツよりビデオより、別れることの方がショックだった。
    まったく、何がエイプリルフール…………
 馬鹿げたことに引っかかった自分も十分馬鹿ということだ。苦笑しかけて、いいことを思いついた。
    目には目を、歯には歯を、バカにはバカを、やな。
「なぁショーエイ、俺も今から嘘言う。それで両成敗ってこつにしたる。よかか、言うぞ?」
 え?と顔を上げた昭栄に、カズは極上の笑顔を浮かべる。昭栄に身を起こさせて、その首に腕を巻きつけた。甘えるように小首をかしげて、ささやく。

「ショーエイ、……すき。」

 かつてないカズの甘さで、昭栄の顔が真っ赤に染まる。

「嘘やバーカ。」



え。えぇええ???

「さて、これでエイプリルフール終了な。練習行くぞ!!」
 あっさりと歩き出そうとするカズの腕を昭栄が慌てて掴んだ。
「ちょ、カズさん!今の嘘?何が、どれが嘘!?」
「どれって、『言うぞ』って言ったとこから『終了』って言ったとこまでに決まっとろーが。」
 カズの言葉に、昭栄の顔がぱっと明るくなる。
「あ、じゃあ嘘っちゅーのが嘘で、てこつは嘘じゃないって……」
 ん?と昭栄の眉根が寄った。先程カズが言った範囲には、「俺ショーエイんこつバリ好きvvv」発言(昭栄の記憶をもとにお送りしております)も含まれている。

    ・「好き」の嘘→好きじゃない
    ・「嘘」の嘘→嘘じゃない

 まとめると、「ショーエイ、好きじゃない。嘘じゃないぞ」とな、る、のでは……???

「あ、あれ!?あれぇ!?」
 混乱して頭を抱えている昭栄を残して、カズは颯爽とグラウンドへ歩き出した。心の中で、余計な口出しをした元凶共にいかなる報復をしてやろうかと考えながら。


この後グラウンドで複数名の断末魔の叫びが響き渡ったに違いありません。
よっさんたちは最後の嘘だけ言えと言っていたのですが、昭栄はそれがなかなか言えなくて他愛もない嘘ばかりついていたのでした(笑)
ほんとはこんなの嘘でも言ってほしくないけど、昭栄は一回は失敗して身に染みて、初めて成長するタイプだと思うので…。