まるで奴隷だ。
悪夢と体温
そう思った瞬間に、意識は覚醒に向かった。仰向けに眠っていたようで、真っ先に目に入ったのは見慣れた部屋の天井。
しばらくぼんやりとして、ようやく先程まで目の前に広がっていた光景が夢であったことを悟る。吐き出した息が重かった。
それは説明しがたい、何とも不思議な夢だった。
夢の中の自分は家族と旅行に出かけていて、しかしなぜか不機嫌な顔ばかりしていた。わざとつまらない感情を表に出して、何かに反抗でもするような表情。
両親と三人でジェットコースターのような構造の列車に乗って、カズは進行方向に背を向けて最後尾。後ろには両親が並んで座っていた。
走り出してしばらくは、遊園地で遊んでいるのか列車で旅をしているのか、混乱しつつ穏やかに時間は流れ。
そのとき話しかけられた髭面の妙に卑しい目をした車掌に、自分は何と言っただろうか。聞かれたことも返した言葉も、覚えてはいない。けれど、ふてくされた自分は何か生意気な口をきいたように思う。
それをきっかけに、車掌がカズには見えない最前列へ移動していき、列車はなぜか塔のような場所へ滑り込んだ。
中はビルかマンションのように、手すりと階段が上へ延々と続いていた。なぜか列車は宙に浮いた状態で、その塔をものすごいスピードで昇っていく。あまりの勢いに、カズの軽い身体はシートベルトをしてさえ浮きかけていた。
『キャーーーー!!!』
そこかしこから響く女性の叫び声。首だけ捻ると、車体から振り落とされた女性たちがシートベルトを体に絡ませたまま、半ば引きずられるようにして階段を上っていた。
ぞっとして目を見開いた瞬間に、カズの母も振り落とされて。止めようと伸ばした腕で身体はバランスを失い、カズもシートから吹き飛ばされる。
咄嗟に掴んだシートベルトを手に、母や他の女性たちのベルトを押し上げるように走った。体力のない彼女たちはもう走ることができないかもしれない。そうなれば、無残な結果は目に見えて明らかだ。
『走れ!!走らんと死ぬぞ!!!』
叫びながら思った。足を引きずり、体を引きずられ、ギリギリのラインで生かされている自分たちは、まるで奴隷のようだ、と。
意味のわからない、つじつまの合わないことだらけの夢だった。しかし恐怖か戦慄か驚愕か、何か強い感情が未だ胸を支配して、カズの思考はぼんやりとしたまま。
ふと、隣を見た。そこにはカズに背を向けて、眠っている男が一人。
ぼんやりしたまま起き上がり、抱きつくようにして顔を覗き込む。深く眠っているのか、閉じられたまつげはぴくりとも動かなかった。しばらくじっとその穏やかな寝顔を眺めていると、なぜだろうか。無性に名前を呼びたくなった。
「ショーエイ」
ぼつんと落ちるようなつぶやき。頼りなく揺れる心のままの、頼りない声だった。
「……ん、……?」
決して大きな声ではなかったけれど、先程まで規則的な呼吸を保っていた昭栄が身じろぎをする。覆いかぶさるカズの体を抱きこんで寝返りを打った。
「ショーエイ?起きたと?」
昭栄の腕枕で、昭栄の胸に頬をうずめて、足まで昭栄に挟みこまれて、ぴたっとくっついた身体がゆっくりと熱を取り戻す。
「んー……、さん、どげんしたと……?」
うわ言のようだ。むしろ半分寝言なのかもしれない。目は開いていないし、口もほとんど動いてない。声はかすれていた。
温かい昭栄の腕に抱かれて、ようやく自分の身体が冷えていたことに気付いた。何も言わず昭栄の胸元に鼻先を擦り付ける。自分と同じ石鹸の香りと、昭栄の匂いがする。
「……しよし……」
幼子にするような優しさで頭をなでられて、カズは気持ち良さそうに目を閉じた。昭栄の骨ばった指や少し硬い手のひらが、髪や地肌をすべる感触は何とも心地いい。
『怖い夢を見たんだ。何だか怖くて、不安で、だから一緒にいてほしい』
子供みたいな感情に自分で苦笑できるほど、癒されている自分の心に気付く。昭栄がいてよかった。いつも隣で眠るわけにはいかない自分たちの状況を考えると、おかしな夢を見たのが今日だったことは、不幸中の幸いかもしれない。
しばらくその感触に甘えていると、だんだんと頭をなでる腕のスピードが落ちていって、抱きしめる腕の力も弛緩してくる。
「ショーエイ?寝ると?」
起きてほしいようなそのまま眠らせてやりたいような、むずがゆい気持ちで問いかけた。それに返ってきたのはくぐもった音に近い声だけで、昭栄はすでに半分以上眠りの世界に入っているようだった。
膨らむのは、悪戯心。相手をしてほしい寂しさから来るそれは、カズを無性にワクワクさせる。
「ショーエイ……」
唇が触れる距離までにじり寄ると、吹き込むようにささやいて、昭栄の唇を食んだ。眠る直前まで散々身体を愛撫していたそれは、今は無抵抗にカズを受け入れている。
下唇を軽く引き出すように啄むと、ゆっくりと舐めて、柔らかく歯を立てた。何度も何度も角度を変えながらそれを繰り返して、ときどきこぼれそうになる唾液を吸う。飲み込んだ甘さにどんどんエスカレートして、今度は歯列を舌先でなで始めた。
つるりとした歯の感触と、ぬめる唇の裏側の感触が気持ちよくて、カズはこの深く進入する直前のキスが好きだ。されるのも気持ちいいけれど、するのもいい。
ちゅ、ちゅく、と耳に直接響く水音に夢中になって、八重歯と歯茎の境目をちろちろと刺激していると、昭栄が少し眉根を寄せた。
「んぅ……」
起きただろうか。期待半分、どきどきしながら少し離れると、昭栄はもぞもぞと少しだけ体の角度を変えて、また健やかな寝息を立て始める。
「……んや、つまらん……。」
せっかく人がその気になっているというのに。むき出しの肩をなでると、昭栄が軽くカズの額に頬を擦り寄せた。その仕種と、すぅすぅと穏やかな寝息が、たくましく成長したこの男を未だに学生時代と変わらないように錯覚させる。
しょうがなか、勘弁しちゃー。
独り言のようにつぶやいて、掛け布団を昭栄の首の辺りまでずり上げた。こうなると自分は頭の先まで布団に埋まってしまうのだが、それはまぁ仕方ない。
カズの体調にはうざったいほど気を遣う昭栄は、自分の体には無頓着だ。久しぶりの情事で意識を飛ばしたカズには、パジャマを着せてしっかりと布団をかけるくせに、自分はジャージのズボンしか穿かずに肩や背中をさらしたまま眠っている。
あんなに激しく求められたのだから、カズの体もくったりと疲れてはいたが、きっと昭栄だって疲れたはずだ。風邪をひいてしまってはいけない。
変なところで余裕のない、昭栄のそんなところが愛しくて、温かい布団の中、昭栄の腕に包まれて、カズはうとうとと寄せるまどろみに身を委ねた。
昭栄の腕に包まれている。ただそれだけのことだけれど、もう夢は見なかった。
実際に私が見た夢です。私は色つき音つきの夢を見る人なので、かなり怖かった……。
実はもっとグロい部分があったんですが、文字にして強烈さに自分でビビったので削除;
何であんな夢見たんだろう。病んでんのかな……(ずーん)
中和剤として最後いちゃいちゃしてもらいました(いい笑顔)