恋は盲目。
愛故に。
九州選抜の練習日。快晴の空のもと、少年たちが爽やかに……
「そこ、たるんどーぞ!!罰走10周!!」
「「「うっすキャプテン!!」」」
……少々暑苦しく、練習に励んでいた。飛び交う指示の声の中、一際響くのは。
「ショーエイ!!なんしとーやこのアホんだろ!!何回言わせれば気がすむとや!?」
「うっす……」
コートの隅の空気まで震わせる大声と、
「人の話聞いとるんかこん耳は!!飾りか!?あ゛!?」
「う、す……」
言葉と同時に繰り出されるこぶしや足が生み出す、鈍い音の数々。
「なん寝とーや起きろ!!練習せろ!!」
「すっとですから、首締まっとー、カズさん……!」
言わずもがな、カズと昭栄である。すでに日常になりつつあるこの光景に、始めのうちは唖然としたものだった。
『なぁ功刀……ちょぉやりすぎじゃなか?』
ある日の練習後、片づけを後輩に、その監督を城光に任せて、三年生は着替えを始めていた。その中でおずおずと口を開いたのは、比較的カズと付き合いの長い少年だった。
『?やりすぎって、なん?』
『高山んこつたい。最近ずっとやし……さすがにひどすぎじゃなか?』
昭栄が倒れるまで続くカズの攻撃に、見ているほうが貧血を起こしそうになってしまった。いくらなんでも、そこまですることはないような、気がする。
遠慮がちな少年の言葉に、着替えを終えてロッカーを閉めたカズは、首を傾げた。
『ひどか……?普通に教えてやっとーだけたい。教育的指導っちゃろ。』
その表情は、純粋に不思議そうである。
うわ、この人本気で言ってる〜!!
着替えをしながら聞いていた少年たちは、恐ろしさに身を震わせた。
『なんぞおかしかやったと?』
『いや……なんも……。』
何があっても、カズにだけは指導されたくない。全員が心に決めた瞬間だった。
同時刻。片づけをしていた二年生は、城光が監督に呼び出され抜けた隙に、昭栄のもとへ集まった。
『うわ、なん?むさくるしかやけん、そげん近くに寄らんで?』
『失礼な奴っちゃなお前は……。』
真面目に嫌そうな顔の昭栄を中心に立つ少年たちは、全員が一様に声を落として言う。
『なぁ高山、お前功刀先輩になんぞしたと?』
『絶対お前嫌われとーぞ!』
うんうんとうなずき合う少年たちに、昭栄は首を傾げた。
『俺別に嫌われてなかよ〜?』
むしろ好かれてる。らぶらぶだもん。えへ。
昭栄の心の声には気づくはずもなく、少年たちがまたヒソヒソと言う。
『だってこの前から、先輩ちかっぱ怒っとーやん!』
『ぼてくりこかしちゃるーって、鬼の形相だったとよ?』
『現にお前、ぼっこぼこのめっためたにされとったやん!』
『完全に八つ当たりで殴られとーこつもあるし……』
少年たちとは裏腹に、昭栄は得意げに笑った。
『わかってなかね〜。カズさんの暴言は、期待の裏返し!カズさんの暴力は、愛情の裏返し!』
……はい?
『カズさんが誰よりも俺にキツく接するんは、俺に一番期待しとーけんっちゃね。』
……えーと、うん?
『俺はカズさんの行動一つ一つに、カズさんの愛ば感じるとよ?』
でれでれと締まりのない笑顔の昭栄に、少年たちは理解できず固まっていた。その笑顔になんとなく関わりたくない空気を敏感に察知して、少年たちは無理矢理納得することにした。
本人がいいならいいのだ。きっとそういうことなのだ。そう心に言い聞かせて。
昭栄はめったなことでは怒らない。
もともと人類皆兄弟といった振る舞いだし、何よりもカズのあの暴行を笑って許している。あれが許せるならば、許せないものなどそうないだろう。それが九州選抜の共通の認識であった。
ある日のある出来事が起こるまでは。
その日は、選抜内でミニゲームをしていた。五人チームに分かれて、狭いコートを使う。素早い攻守の切り替えの練習を目的とするものである。
「おい高山!!」
飛び交う指示の声の中一際大きく響いた声に、別のコートの者まで全員が振り返ると、怒鳴ったのは末森というFWだった。二年生ながら9番をつける、昭栄と並ぶ期待の二年生である。
「マークする相手が違うとやろ!?」
同じチームの自分に向かって怒鳴っている末森に、昭栄は少し首を傾げた。その仕種と表情があまりにもぼんやりして見えたので、
「ぼーっとすんなよ、ゲーム中とやぞ!」
そう言って、昭栄の頭を軽く叩いた。あくまで軽く、それは信頼ゆえの行動である。全員がすぐに興味を失って、ゲームに戻ろうとしたとき。
「なんばすっとね!?」
昭栄が、怒った。
「お前が後ろから走りこんどー奴に気づかんかっただけたい!!だけん俺がサポートしたとやろ!!なし殴られんといかんと!?」
たれ目を吊り上げて、烈火の勢いで怒っている。
今度は末森の方がぽかんとした。というか、全員がぽかんとしている。
なぜ怒っているのだろう。いつもカズにされるような、力の限り殴られたわけでも、スパイクで思いっきり蹴られたわけでもないではないか。
「お前に殴られる筋合いなんぞなか!!」
いや、殴ってないよ。叩いたんだよ、あれは。
全員が見当違いの突っ込みを心の中でしているうちに、昭栄は怒ってグラウンドを出て行ってしまった。
残された者たちは、城光とカズを交互に見る。その目は一様に、どうするの?と言っている。とりあえず何とかするのは、キャプテンか飼い主の役目だと思われた。
ふう、とため息をついて、カズと城光は視線を交わす。すぐに城光が手を叩いてその場を取り仕切った。
「全員、足が止まっとーな。練習後罰走!!ゲームば再開せろ!!」
全員が練習に戻る中で、カズは無言でグラウンドの外へと歩いていった。
昭栄はロッカールームの裏手にいた。グラウンドは見えないけれど、練習する声は聞こえてくる。カズがそばに歩いていくと、座り込んでうつむいていた昭栄が顔を上げた。
「カズさん……」
怒りや悔しさ、泣きそうな気持ち、甘える心。混ざり合った声色に、カズは苦笑する。
「子供みたかやな。なん怒っとー?」
その言葉に、昭栄はすねた表情で、だって、とつぶやいた。
「だって、なん?まぁ確かに末森も頭ごなしではあったけどな。あれはお前が正しか。ばってん、そげん怒るこつでもなかやろ?」
昭栄が首を振る。
「それは、……それもむっとしたとですけど。でも、別にそれはよかです。」
不思議そうな顔のカズを、昭栄が見上げた。
「ショーエ……」
言葉を奪うように、昭栄がカズを抱き寄せた。腰にしっかりと腕を回して、胸元に頬をすり寄せる。その甘えた仕種に、ひざをついたカズはため息をついた。こうなったら、満足するまで絶対に離れないのが昭栄である。
「眼鏡外せ。痛か。」
即座に地面に投げ出された眼鏡に、カズは同情した。気の毒な眼鏡。こうして付き合わされる自分も十分に気の毒だけれど、大切にされているだけマシである。
あきらめて、しばらく頭をなでてやっていると、昭栄がすねた声で小さく言った。
「……だって、頭殴られた。俺悪くなかやのに……。」
カズは一瞬自分の耳さえも疑った。何を言っているのだろうか、こいつは。
「殴られたって……それを怒っとったんか?」
「そうです。だってひどかでしょ?」
カズさんもそう思うでしょ?と甘える昭栄に、カズは眉根を寄せる。いまいち納得がいかない。
「あれは殴ったには入らんぞ。スキンシップの一種たい。大体お前毎日俺にぼこぼこ殴られてもへらへらしとーやん。ちょっと叩かれたぐらいで怒るか?」
「怒ります!」
「じゃあ、なし俺には怒らんと?」
「だってカズさんだもん。」
至極当然の声色の昭栄に、カズは気が遠くなった。
「カズさんに殴られても別に嫌じゃなかやもん。カズさん俺以外は殴らんし、特別ってかんじするし。カズさんが俺んこつ思ってくれとーってわかるもん。だけん怒らんよ。」
「……末森だって、お前んこつ考えて言っとーやろ。」
「やだ。末森はカズさんじゃない。」
駄々っ子かよ。
「……お前なぁ……俺なら何しても許せるんか?」
「はい!!だって愛があるやん!!」
カズは複雑な気持ちでため息をついた。それだけ好かれていると喜ぶべきなのだろうが、何とも言えない。それではあまりにも差が激しすぎるのではないだろうか。
諭すべきなのかしばらく考えて、やめた。どうせ昭栄は言っても聞かない。人前でべたべたくっつくな、デカい声で好きとか言うな、と散々言い聞かせても、翌日にはけろっと忘れているのだ。腹立たしい。
「……あーもう、わかった。もうよかやけん、そろそろ練習戻るぞ!」
立ち上がろうとすると、昭栄の腕に力がこもった。
「あと十分だけ。」
ぎゅむっとカズに抱きついて、昭栄は意地でも動かない姿勢である。
なし、俺こげん面倒な奴に好かれたっちゃろ……。
我が身の不運を嘆きつつ、カズは甘ったれな大型犬の頭をなでた。
「よっさ……キャプテン、すんませんでした!!罰走してきます!!」
「おう、練習後に20周してこい!!」
「うっす!!」
きっかり10分後、カズにたっぷり甘えた昭栄は、晴れ晴れとした表情で戻ってきた。まずは城光に勝手に練習を抜けたことを詫びて、同様にチームメイトにも頭を下げる。その後末森の前に進み出て、真面目な顔で昭栄は言った。
「怒鳴ったんは悪かった。ばってん殴るんは、むっとするし、やめてほしか。」
「あ、あぁ、うん。悪かった……。」
一応の決着はついたものの、なんだか納得できない気持ちで、少年たちはカズを見た。何とも言えない複雑な、ちょっと疲れたカズの表情に、聡い少年たちは全てを理解した。
あぁ、高山ってそういう性格なんだ。ナルホド。
少年たちは同情する一方で、これからは昭栄に関することは全てカズに任せようと視線を交わす。新たな九州選抜の掟の誕生である。
尊い犠牲をありがとう、功刀(先輩)。合掌。
二年生たちが、カズのいない来年はどうしようと頭を悩ませたのは、また別のお話。
末森君はどう考えても三年な気がする…。5番君なら二年っぽい。文庫に5番君の名前が出たら修正しよう!
と思ったら、見事に出ませんでした…(泣)