11月9日。それは一年で一番特別な日。
愛を見せて。
ピンポーン。
間の抜けたインターフォンに、カズは読んでいた雑誌から顔を上げた。
「カズ〜、今手ば放せんのよ!出て〜!」
台所の母親の頼みに、カズはしぶしぶ玄関に向かう。まぁ、いいのだが。誰が来たかはわかっているし。
戸を開けると、案の定。
「カズさん誕生日おめでとーございまっす!!」
「せからしか!!近所迷惑っちゃろ!!」
「カズさんの声のほうがデカかですよ……。」
相も変わらずデカい体と、男前が台無しのアホ面。可愛い飼い犬、もとい高山昭栄が立っていた。
本日、11月9日。功刀一、16回目の誕生日である。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます!これプレゼントです!!」
「おぅ、もらっとく。」
カズの部屋に上がりこんだ昭栄は、膨らんだかばんから大きな包みを取り出し、机を挟んで座ったカズに差し出した。受け取るカズよりも嬉しそうなその顔に、苦笑する。
「なんヘラヘラしとーと?」
「え〜だって〜……えへへっ」
もじもじする昭栄を放っておいて、カズは包みを開けた。パーカーだ。見覚えがあって、確か昭栄の好きなブランドだったと思い出す。試しに羽織ってみた。
「似合うか?」
「ばっちしです!!さすがカズさん男前!!」
満面の笑みと褒め言葉に気をよくしたカズは、パーカーを制服の横に掛ける。
「ありがとーな。学校に着ていく。」
カズにしては珍しく素直な言葉に、昭栄は嬉しそうに笑った。カズもにっこりと微笑み返して……
「ショーエイ、なんしとーと?はよ問題集やらんや。」
カズの誕生日を一緒に過ごしたい、と言い出したのは、当然ながら昭栄だった。カズのお返事はというと、
『いかん。お前受験生っちゃろ?そげん暇なか。』
正しすぎるほどの正論である。それでもしつこく食い下がる昭栄の熱意と、母の「ショーエイ君もご飯食べにおいで」の言葉に負けたカズは、一つだけ条件を出した。
それがこれ、マンツーマンの勉強合宿である。
「あ゛!?お前こげん問題もできんと!?進学する気あるんか!?」
「うぅ……ありますよぅ!」
なんでこんなことになったのだろうか。昭栄は泣きたくなった。だって、今日は大好きな人の誕生日で、更には……
「ねぇカズさん、今日何の日か覚えとーとですか?」
「あ?俺の誕生日。」
「いや、それはそうですけど……俺たちが付き合っていちね」
「カ〜ズ、ショーエイ君!お茶持ってきたとよ〜。あらお勉強?」
お約束すぎて、怒る気にもならない。
そう、今日は二人がいわゆる恋人同士になって、ちょうど一年の記念日。昭栄にとっては、ダブルで幸せな日なのである。自分の誕生日よりも楽しみにしていたのに、手の中には問題集。目の前にはスパルタ家庭教師と化したカズ。
もうほんと、なんでこんなことに?他にやることがあるでしょう!デートとかデートとかデートとか!!
「……覚えとーよ。ばってん、仕方なかやろ?遊んどー余裕あるんか、お前の頭に。」
さっさと母親を追い出したカズに痛いところを突かれて、昭栄はへにょんと落ち込んだ。
余裕など、あるわけもなかった。もともと勉強は苦手だし(できないって言えbyカズ)、カズと同じ公立の学校を志望したら、なんとサッカー推薦がなかった。強豪だから当然ある、大丈夫と信じていたのに、裏切られた(自分で調べとけ!!by城光)。何でも学校の方針として、部活バカはいいが部活以外バカは困るのだそうだ。ありえない!!(精進せろ〜!!by新旧九州選抜の皆さん)
『まぁ、ちかっぱ優遇はされるし、ほどほどの点数で受かるとよ。』
最初は元気づけてくれていたカズも、昭栄の一学期末試験の結果を見て、キレた。
『こげんこつで受かるか!!中間終わるまでもう会わん、勉強せろアホ!!』
有言実行のカズは、宣言後本気で会ってくれなくなった。半年前から約束していたお祭りから一緒にサッカーまで、全部キャンセル。こんなことには耐えられないと死に物狂いで勉強をした昭栄は、中間で驚異の180点アップを達成したのである。
数ヶ月ぶりに会った最愛の人の第一声は、「お前の頭はスポンジか?」だった。どういう意味かは、あえて考えないことにする。うん、きっと褒め言葉のはず。
結局、過去の自分がもう少し勉強していればよかっただけなのだ。カズが厳しくするのも、自分を合格させたいから。そう思い直せば、勉強だってやる気になる。
気になるのは、カズが退屈していないかということだ。せっかくの誕生日に勉強に付き合わされるなんて、自分だったら耐えられない。
俺がもっと勉強できたら、今日だってもっと楽しませてあげられたのに……
「カズさんごめんね?」
「ん?」
「せっかく誕生日なのに、どこも遊びに行けんし。つまらんでしょ?」
へこんだままの昭栄の言葉に、カズは目を丸くした。
考えてみると、確かにおかしいかもしれない。本来ならば自分は祝ってもらう立場で、面倒を見る側は昭栄のはずである。
しかしつまらないかと言われれば、答えはノーだ。
「お前、俺と同じ学校受けるっちゃろ?」
「はい。」
「俺がおるけん、ちゃろ?」
「他に何かあっとですか?」
真剣に聞く昭栄に、カズは少し複雑になった。サッカー強豪校だからとか、何かあるだろうもう少し。
しかしまぁ、そう言われて悪い気はしない。それに、たまにはこういう姿を眺めるのも、悪くはないだろう。
「お前が俺のためにがんばっとーなら、つまらんとは思わんとよ。」
いつになく優しいカズの言葉に、昭栄は破顔した。
「……よし、俺がんばります!!カズさんのために!!」
カズにちょっとあきれた顔をされたけど、二人の幸せな未来のためなら、そんなことなど全然かまわないのだ。
うんうん唸りながら時間をかけて、しかしちゃんと問題を解いていく昭栄に、カズは少し驚いた。なるほど、確かに成長している。
これは、あれからも真面目に勉強しとーな……。
カズにとっても、会えなかった数ヶ月は辛いものだった。口や顔には出さないけれど、自分にだって寂しいときもある。去年は昭栄と見た花火を一人で見た夜は、自分の発言を心底後悔したのだ。
でも、いい薬となったのならそれでいい。この調子ならばそこそこの点数は取れるだろう。昭栄のサッカーの才能を持ってすれば、まず落ちることはなさそうだ。ずっと不安だった分、ほっとする。
来年は、毎日同じ学校に通って、同じチームで練習できる。昭栄はきっと気づいていないだろうが、カズもそれをすごく楽しみにしていた。一緒にいる時間が当然のものになるなんて、すごいことだ。きっと毎日が騒がしくて、すごく楽しいに違いない。
「カズさぁん、ここわからんとです〜。」
そんな気持ちは少しも見せずに、カズは問題集を覗き込んだ。そう難しいものではない。解答を見てみると、途中で公式を間違えていた。
「途中までは合っとーよ。もう一回見てみんや。」
じっと自分の解答を凝視して、問題を読み直し、もう一度解答を見直す。ようやく気づいた昭栄は、あぁ!と大袈裟に驚いてやり直した。
「カズさん、解けた!!」
「おぅ、えらかえらか。」
子供のようにはしゃぐ昭栄の頭をカズがなでてやると、たれた目じりが更にたれて、至極幸せそうな顔をする。昭栄のこの顔はカズにしか引き出せないものだから、それを見るとカズもちょっと嬉しくなった。でもやっぱり口には出さないで、
「おら、次の問題やらんや。」
もっとなでてほしそうな頭をぺしっと叩いた。本当は、もう少し素直に、優しくしてやってもいいとも思うのだが。それができないのが、カズなのである。
ばってん、やっぱ考えてやってもよかかな……。
そんなことを思いつつ、集中した昭栄の顔を眺める。真剣な顔の昭栄を見る機会はあまりなかった。サッカーのときは背中しか見えないし、昭栄は勉強が嫌いなのである。
まじまじと見ると、やはり顔立ちは整っている。普段は野暮ったいのかかっこつけているのか微妙な印象を受けるが、やっぱり男前なのだ。今まで昭栄の顔に余り興味がなかったが、こういう表情も悪くないではないか。
じっと見つめていると昭栄が急に顔を上げた。気づかれたかと内心慌てると、昭栄が嬉しそうに笑う。やっぱりそうだったと、カズは眉根を寄せた。昭栄はカズのことにはひどく敏感になるのだ。
「ねぇカズさん!」
にこにこして自分を呼ぶ昭栄に、嫌な予感がする。
「……なん?」
一応聞いてみた。聞かなくても、なんとなくわかるけど。
「俺ちゅーしたかです。よかですか?」
やっぱり。どうせそんなことだろうと思った……。
単純すぎる昭栄の思考に、カズはあきれてため息をつく。いつも通りにだめだ、と殴ってもいいのだが。
目の端に止まったのは、昭栄の数学の問題集。
「……よかよ?」
にっこり。承諾のお言葉に喜びかけた昭栄は、その表情に既視感を覚えて固まった。
あれ、この表情、まさか……
「その問題が解けたらな。」
指差された場所を恐る恐る見てみると。この問題集の最終確認テストのうち、最も難易度の高いものだった。ご丁寧にも欄外には『これが解ければ中学の数学は完璧★』とか書いてある。
実はさっきちらっと問題文を読んで、無理だなと思ってあきらめていた。ついでに集中力も途切れ、カズにかまってもらおうと思ったのだが……
「なん?降参か?じゃあちゅーもナシっちゃね。なら解説して」
「わーっわー!!待ったカズさん!!」
楽しそうなカズの表情に、全部お見通しだと気づいた昭栄は、解説を始めようとするのを慌ててさえぎった。
「やる!!自分で解きます!!愛の力で!!だけん、ちょぉ待っとってください!!」
くそぅ、絶対解いてちゅーしたる!!
これなら殴られたほうがマシだったと内心泣きながら、昭栄はかつてないほどの集中力で問題に取り掛かった。
その真剣な様子に、カズは楽しそうに笑う。かなりの難易度だ。今の昭栄では難しいだろう。それでも、実はがんばれば解けない問題ではない。きっかけさえ掴めれば後は簡単なことを、カズは知っていた。それに自力で気づける人間は少ないだろうけれど。
問題文と格闘している昭栄を眺めて、カズはくすぐったい気持ちになった。
あの昭栄が、あんなに嫌いな勉強を、こんなに真剣にやっている。しかも自分のために。いや、今はちゅーのためかもしれないが……まぁでも、それも自分としたいからなのだから、同じようなものだ。
昭栄のまっすぐな気持ちは、ときに恥ずかしくもあるが、同時に嬉しい。ついついほだされてしまって、頭から拒絶できなくなってしまうのだ。中間で点数を上げたら、問題が解けたら、なんて、叶えてやれる道を残してしまう。多分、そこに必死になって、それでも必ず辿り着く昭栄の姿が好きなのだと思う。
重症だな、と自分に苦笑した。その姿が見たいがために、あえて意地悪をされる昭栄も気の毒だ。
ばってん、今日は俺の誕生日やけん、よかよな。
うんそうだ、と勝手に一人で納得して、カズは今日一番のプレゼントが現れるのを待った。
誕生日には、でっかいケーキとプレゼント。
好物ばかりの夕食に、母親と親友の笑顔。
たとえ全部が揃っても、今はもう満足できないだろう。
今はたった一人、他に何もなくても、昭栄にそばにいてほしい。
いつだって追いついて、自分のもとに辿り着いてほしい。
だから、愛を見せて?
2006,功刀一生誕企画様に載せていただきました。
お題提供:【Cherish】夢小説で20のお題