待ちに待った選抜召集。


仲間


 昭栄は駅前で人待ち顔に辺りを見回していた。いつもの黒縁眼鏡に、足元には大きなスポーツバック。ジャージには赤く、九州選抜の文字。
 駅前の通りに迷彩帽とスポーツ刈りの二人組みを見つけて、昭栄は破顔して声を張り上げる。
「カズさん、よっさん!!こっちです〜!!」
 ぶんぶんと手を振る昭栄に気づいた二人は、慌てて昭栄のもとへ駆け寄った。
「おはよーございまっす!!」
「アホ、せからしか!!」
 早朝とはいえ、人通りは多い。大きく膨らんだスポーツバックに黒と赤のジャージはただでさえ目立つのに、人波より頭一つ分背の高い昭栄の大きな所作で、更に注目を集めてしまっていた。
「カズ、その辺でやめんや。電車来るぞ。」
 城光の言葉にカズは振り上げたこぶしを収め、代わりに城光と並んでホームへと歩き出す。昭栄も慌ててバックを担ぐと、後を追った。

 九州選抜は例年通り、夏休み初日からの合宿で幕を開ける。今回の合宿所はかなり設備の整った大きなところである。選考合宿のときと比べると、カズや昭栄の家からは少し遠くなってしまったが、その分いいこともあった。
 昭栄が乗換えをする駅が、ちょうどカズたちの最寄り駅。どうせ行き先は同じなのだから、とカズにしつこくねだって、一緒に行けることになったのである。  幸先のいいスタートを切った昭栄はいつにも増してハイテンションで、合宿所の最寄り駅に着くまでに、5回ほどカズに殴られた。容赦のないこぶしと怒鳴り声に、更に多くの人目が集まったのは言うまでもない。


「でね、そいつが〜……カズさん聞いてます?」
「あー。」
「ひ、ひどかぁ〜!!絶対聞いてないでしょ!!」
「せからしか!!」
 並んで歩いている間中ずっとこの調子の二人に、城光はため息をついた。せからしか、はこっちのセリフだ。
    カズもなぁ……相手にせん、ちこつができんっちゃなぁ。
 本当に嫌いな相手にはきっぱり冷たいカズが、怒鳴りつつも相手をしている。結局は昭栄を気に入っているのだ。
「大体そげんどうでもよか話、いちいち真面目に聞くかアホ!!」
 そんなことを言ってはいるが、カズはいつも「昭栄の馬鹿馬鹿しい話」を自分に詳細に愚痴るのである。本当はしっかり聞いているのだから、素直に相槌くらいうてばいいのに。
 半分微笑ましく、もう半分はうんざりしながら歩いていると、いつの間にか合宿所についていた。
「うお〜!見てカズさん、芝ですよ!!フサフサや〜ん!!」
 初参加の昭栄は、天然芝のグラウンドに目を輝かせてはしゃいでいる。カズはあきれてため息をついているが、実は昨年、人目を盗んで芝の手触りにうっとりしていたのを城光は知っていた。長年サッカーをやっているカズにとっても、これほどに管理の行き届いた上質な天然芝は物珍しかったのである。
「……なん笑っとーね、ヨシ?」
 いぶかしげなカズに、城光は口元を隠して目をそらす。
「いや、なんも?」
 平然を装ってそう答え、思わずこみ上げた笑いをかみ殺した。危ない危ない。


 広いミーティングルームに入るなり、昭栄は違和感に首をかしげた。室内にはすでに全員が集まっていて、思い思いの場所に座って談笑している。
 それはいい。それはいいのだが、何かがおかしい。交わされる視線が含みを持つもののようで、かといって悪意が込められているわけではなさそうで。
 うーん、と首をひねっている間に、カズと城光はさっさと入り口をくぐってしまった。慌てて後を追うと、ドアのそばにいた数人がうなずきあうのが見える。
「……?おはよーございまっす!」
「おはよう。」
「はよ。」
「「「お、おはよー!ヨシ、タカ……か、カズ!!」」」

 軽く声をかけて通り過ぎようとしたカズと城光は、一瞬固まってしまった。昭栄など目を剥いて固まっている。
 ほんの少し、居心地の悪い沈黙が流れて。
「……おー、早かなお前ら。」
 一言も触れることなく、しかし自然に返されたカズの言葉に、室内の空気が一気にやわらかくなった。
「お、おう!俺らは泊まりやけん。カズは今回もバスか?」
「いや、ちょぉ遠くなったけん、電車たい。」
「え、カズ先輩たち電車だったとですか?俺たちもですよ〜。」
「そうなん?ヨシ、会ったか?」
「会ってなかよ。ばってん確か同じ線っちゃろ?」
「多分カズ先輩たちより早かやつだったとです。始発やったけん。」
「へぇ、電車組もキツかな〜。カズたちはよかな、近くにこげん設備よかとこあって!」
「よかって言っても、普段練習で使えるわけじゃなかし。」
 それもそうか〜などと和やかに交わされる会話に、昭栄は一人ついていけていなかった。
 え、なに?何が起きているんですか?

カズ!!頼む!!」
「タカ、カズの援護せろ!!」
 練習が始まっても、昭栄の頭の一部は驚きに固まっていた。交わされる会話の中に、カズという単語があふれている。さりげなく自分の呼び名も高山からタカに変わっているのだが、昭栄の脳はそれどころではなかった。
 同じ選抜の仲間として、チームワークは大切だ。やはりいつまでも他人行儀ではやっていけない。しかもカズは三年で守護神で、確実にチームを引っ張る役目を担う一人である。個人的に見ても、多少気難しい、荒い気性の持ち主ではあるが、その分頼りになるし。
 分かってはいるのだ。チームメイトと歩み寄り、仲間として成長している今の状況は、カズにとってもチームにとっても、素晴らしいことだと。
 城光がひどく嬉しそうなのも、よく理解できるのだ。自分だって、カズが仲間に囲まれて楽しそうなのは、すごく嬉しい。
「さすがカズっちゃね、一点も入らんげな、悔しか〜!!」
「なん言っとーと?俺から点とれるわけねかろーが。」
 笑いあって軽口を言い合うカズの姿は、とても素晴らしいものだって、わかっている。
 わかっている、けれど。
    カズさんって呼べる俺は特別って、思っとったのに……。
 理屈ではない感情は、やっぱり少し気に入らないのだ。



 その夜、どうして急に呼び名を変えたのかとたずねた城光に、仲間たちはこう言った。
「去年はピリピリしとって、ヨシ以外は近づくなってかんじで、正直苦手やったと。ばってん最近のカズ、なんか丸くなったっちゃろ?だけん、俺らもタカみたく近寄ってみようか〜って思えたとよ。」
 昨年のカズと今年のカズを思い浮かべて、城光はうなずいた。確かに違う。口数も多くなり、表情も豊かになった。以前は黙り込んでいた休憩時間にも、カズの声はよく聞こえる。たいていは怒鳴り声だが、ごくたまに笑い声が上がることもあった。
    全部タカのおかげ、っちゃね。
 城光がそう微笑んだことを、昭栄は知らない。