敵にならなきゃわからないものがある。


意外と…


「昭栄、明日練習試合だって知っとーよな?」
 練習試合。聞いたような、聞かなかったような。
 朝練にぎりぎり滑り込んだ寝ぼけた頭では、そんなことはわからない。ふーん、そうなん?とか言っているチームのホープに、まだ若い監督はちょっと泣きたくなった。
 昭栄の学校のサッカー部は、お気楽チームで有名である。楽しくやれればいいんじゃん?が信条なので、レベルは低いし実績もないし、正直練習試合など受け入れてくれる学校は少ない。真面目に取り組んでいるところなら尚更。それでもチーム唯一の選抜参加者である昭栄のために、必死になって取り付けた練習試合なのに。
 ふーんって、なんだよ。しっかりしてくれ。
「練習試合って、俺入部してから初めてやん。どこと?」
 大分目が覚めてきたのか、まだ少しぼんやりはしているものの、昭栄が聞く。告げられた相手校の名前に、昭栄の目が見開かれた。

「そっ、それって、カズさんの学校やーーーーん!!」
 高山昭栄、完全覚醒。



 功刀一はご機嫌だった。一週間前に面倒なテストも終わり、今日は快晴。なんともサッカー日和なこの日は、タイミングよく練習試合。相手校の名前は聞いたことのないもので、おそらくあまり強くはないだろうが、まぁいい。昨夜はたっぷり眠れたし、体調も万全。No.1GKの実力というものを存分に見せてやろうではないか。
    やっぱ携帯の電源ば切ったんは正解だったっちゃね。
 アホ犬からの迷惑電話に考えついた対策は功を奏し、カズは自分の聡明さに一人悦に入っていた。先日は電話がないといたくご立腹だったくせに、なんとも勝手な人である。
 とにかく、カズはいつになく機嫌がよかったのだ。だから、
「おーす!今日はよか天気っちゃね〜」
 なんて、いつになく爽やかに挨拶なんてしちゃったり。
「あぁ、準備しとーと?悪かな。」
 なんて、普段は当然のごとくこき使う後輩を気遣ったり。あまつさえにっこり笑顔までプレゼント。輝くばかりの、スマイル0円。
 怖い。怒鳴られるより怖い。なんかすっごく不気味で、とにかくこわすぎる。
「「「ヨシ!!カズどげんしたと!?今度は何なん!?」」」
 困ったときのキャプ頼み、とばかりに三年が涙目で城光に詰め寄ろうが、後輩が震えて固まっていようが、カズは上機嫌だった。今日のこの気分を壊せるものなどきっとない。
 はず、だったのだが。

「カ……さ〜……!」
 ゾクッ。
「……なん、か、聞こえると?」
 カズの問いに、誰もが首を振る。

「……ズさ……ちです〜〜!!」
 ……何かすごく嫌な予感がする。恐る恐る、嫌々ながらも、カズは正門の方を振り返った。ものすごい勢いで正門を走り抜け、こちらに向かってくる、あの人影は。
「カズさぁあ〜〜〜ん久しぶりです〜〜〜!!!」
「せからしかアホーーーー!!!!」
    あ、よかった。いつものカズだ。
 猛然と走ってきた昭栄に炸裂したカズの跳び蹴りを見て、城光を盾に様子を見守っていた部員たちは安心して息をついた。


「なん、カズ、今日の相手がタカのとこだって知らんかったんか?」
 ぶすっとうなずくカズに、城光は苦笑した。カズは噂などには全く耳を貸さないタイプなので、仕方がないといえばまぁそうではある。
「大体、なしヨシも先に言わんと?知っとーなら断らんや!」
「カズさんひどか〜!せっかく久々に会えたのに、嬉しくなかですか?」
「お前の顔なんぞ見て、嬉しかこつがあるとや?」
 冷え冷えとしたカズの言葉に、昭栄がわぁんと泣きまねをした。久々に会えた嬉しさでかなりハイになっているらしく、先ほどから表現が大げさである。
「なぁ昭栄……カズさんって、その先輩んこつなん?」
 昭栄と特に仲のよい少年たちが、少し不思議そうにカズと昭栄を見比べた。カズはぎっと睨みを効かせ、昭栄はぼけっとうなずく。それを見て、少年たちは顔を見合わせた。
「カズさんって、お前の携帯の名前っちゃろ?」
    はぁ〜?
「何言っとーと……?お前ら大丈夫や?」
 本気で心配する昭栄に、だってなぁ、とユニゾン。
「お前この間携帯部室に忘れとったとき、携帯に向かって俺のカズさんって叫んどったとよ。」
「だけん、携帯に名前付けるってどうなん?て話しとったと。」
 言ったっけ?考えてみても、切羽詰っていた瞬間のこと。昭栄の頭では思い出せるはずもない。言ってないな、と納得した昭栄は、苦笑顔でカズに向き直った。
「すんませんカズさん、なんかこいつらおかしかこつ言っとーです。気にせんでくださいね?」
 何だそれ!と怒る少年たちを見て、カズが昭栄ににっこりと微笑みかける。
「気にせんでよかよ?……お前の友達やん、そげんもんっちゃろ。」
 なんだかすっごく理不尽だ。そうは思ったものの、カズの氷点下の笑みに口答えができるものはいなかった。


 試合用のキーパーグローブをはめ、いつもの帽子をしっかりとかぶる。よく手に馴染み、体に馴染んだそれらが、カズの気を引き締めた。
 昭栄がいると、気が緩む。というか、アホすぎて力が抜ける。普段ならそれもいいが、試合は試合。がっちり守って、自分の実力を見せつけ、先輩の偉大さをよーく刷り込んでおかねばならない。この試合は非公式ではあるが、無失点記録も伸ばさなければ。
    手加減はせん。こてんぱんにしたる!
 不敵に笑って、カズはピッチへ歩き出した。

 いつもは背中に感じるカズの大きな存在感は、今は反対側のゴールから、大きな威圧感としてのしかかる。今はまだ、ただそこに立っているだけなのに、すごい。あのゴールを、割れる気がしない。
 それでも昭栄は、笑った。自分の大好きな、尊敬する人のすごさを肌で感じる。それが、すごく嬉しい。
    カズさんは本気たい。俺に本気出してくれとー。
 それはつまり、自分を認めてくれているということ。ならば自分も、できるすべてで向かっていかなくては。そうでなければ、幻滅されてしまう。
 この試合は自分の成長を認めてもらう、いいチャンスだ。ゴーグルを調節して、昭栄は試合開始のホイッスルを待った。


 前半が終わり、カズたちのチームが持った感想は皆同じだった。
    弱い。話にならない。
 そのはずなのに、前半では1点しか入れられなかった。原因は、キャプテンと裏キャプテンからの一つのお達し。
 いわく、「サイドから攻めて、高山を抜いてゴールしろ。」これにより攻撃は単調にしかなりえず、試合は本来の展開とは違うものになっていた。というか、まともに試合をするつもりがあるのか疑問な通達である。
 その二人、キャプテン・城光と裏キャプテン・カズは、なにやら二人で話しこんだ後、全員に新たな指令を出した。
『後半は、フォーメーションとセットプレイを重視。』

 城光がこの練習試合を引き受けたのは、他でもない昭栄のためだった。まともな試合になるはずもないほど両校の実力差は歴然としているが、城光にとっても可愛く、有望株である後輩の成長のために、と頭を下げられれば、断るわけにはいかなかった。昭栄のチームの監督も、それを見越してあえて城光たちの学校を選んだのだろう。
 この試合で、昭栄に経験を植えつけたい。城光の考えを聞いて、カズもしぶしぶうなずいた。そのくせ率先して作戦を考え出したカズに、城光は少し笑う。素直ではないが、結局昭栄を一番可愛がっているのはカズなのである。
 前半は、昭栄の得意な一対一を仕掛ける。まずは様子見、というところである。
「で?カズ先輩様から見て、タカはどげんや?」
 城光の言葉に、カズは鷹揚にうなずいた。
「ツメは甘か。ばってん、合格点ってとこっちゃな。」
「俺もそう見た。一対一なら、そうそうタカに勝てんっちゃろ。」
 ならば、後半は。
 お互いの目に同じ考えを認め合い、カズと城光はにやりと笑った。

 後半が始まったとたん、昭栄はぎょっとした。
    なんか、グネグネしとー!!
 相手チームの選手たちが、前半とは打って変わって、複雑な動きで攻めあがってくる。右にいたはずの選手が左に、しかしボールは右のまま、後ろから走りこんできた少年に渡されている。
 ひっきりなしに変わるボールや選手の位置に、昭栄の頭は簡単に混乱した。一体自分は誰をマークしたらよいのか、思考が追いつかないうちに、あっさり追加点。
    あーっもう、意味わからん!!男なら正面から来んや!!
 昭栄がそんな無茶なことを思っているうちに、カズたちは次々と新たな攻撃パターンで仕掛けてくる。カズや城光の指示による、対応策を思いつくよりも早い切り替わりに、一体いくつパターンを持っているんだと聞きたくなった。
 多種多様な戦術で相手を撹乱する。これがカズたちのお家芸、絶対的な信頼の置ける守備力と頭脳のなせる業である。


 3−0か。
 ドリンクを飲みながら、カズは試合を振り返った。思ったよりも、まともな数字で終わった。あと2,3点は取れてもよかった気がする。
「カズ先輩、お願いします!!」
 自分のもとに駆け寄ってきた昭栄を、カズはまじまじと見つめた。
 合宿で初めて会ってから一月ほどしか経っていないが、昭栄はずいぶんと成長した。今日も昭栄の本能としか言いようのない目を見張る動きに、たくさんのシュートチャンスをつぶされている。切り返しの速さ、勘のよさ、攻撃的な姿勢、足の速さ、体力。サイドバックとしては申し分のない才能だ。
「……?カズさん、どげんしたとですか?」
 合宿でいつもしていたようにカズの指導を待っていた昭栄は、首をかしげる。そんなに穏やかな目でじっと見られると、なんだか恥ずかしい。
 昭栄の言葉で我に返ったのか、カズは腕組みをして昭栄に向き直った。きゅっと眉間にしわが寄って、いつもの厳しい先輩の顔になる。
「ハンド二回。」
 うっとたじろぐ昭栄を、カズは一発殴った。
「ま〜だあげんこつやっとーんかお前は!!いい加減にせろ!!」
「うっす!」
「大体お前、後半頭使ってねかろーが!!フォーメーションごときでたじろいでどげんすっとね!?ちっとは考えんや!!」
「うっす!」
 カズさんは何でもお見通しなんだなぁ、と昭栄が肩を落とす。コートの端と端にいて、内面まで見透かされるとは。さすがだな、と思う反面、自分が情けない。
 気落ちした昭栄を見て、カズが気まずそうにタオルを手に取った。そのまま昭栄の顔に投げつける。
「ぶっ、え、なん?」
「汗拭け。アホが風邪ひいたら地球の終わりたい。」
 真っ白なタオルからは太陽とカズのにおいがした。言われた通りに汗を拭いていると、カズの穏やかな声が聞こえてくる。
「まぁでも、ちかっぱ成長しとーね。それだけは認めちゃぁ。今日もよぅがんばっとったし。この調子でがんばれよ。」
 カズが褒めてくれた。
「……っありがとうございまっす!!俺もっとがんばります!!」
 へにゃっと笑って喜ぶ昭栄に、カズも少し笑う。
「今度の選抜んとき、今日やったフォーメーション教えるけん、よぅ覚えとけよ?」
「はい!!楽しみにしとります!!」
 正直、何だかグネグネしていた謎のフォーメーションよりも、おぅとうなずいたカズの笑顔の方が、頭に焼きついて離れなかった。


 結局着替えをすませて帰るときも、カズはご機嫌だった。城光と連れ立って部室から出る際に、いつもならおーとかなんとか言ってさっさと出て行くのに、
「じゃ、お疲れ。」
 なんてわざわざ振り向いて部員に挨拶をして行った。もちろんプラスで、スマイル0円。
「「「ヨシぃ!!!(泣)」」」
「いや、もう頼むけん帰らせてくれ……。」
 城光はため息をついた。泣きたいのはいつもいつも巻き込まれる、自分の方である。



 同じチームにいると、手のかかる後輩として見ているから、つい叱ってばかりになってしまう。  だから、敵にならなきゃわからないことがある。意外と、いい動きをするときがあるんだよなぁ、とか。意外と、敵になると厄介なタイプだよなぁ、とか。
意外と、そんな昭栄を誇らしく思っている自分がいる、とか。

敵にならなきゃ、わからない。