簡単には会えないから、ついそれに頼ってしまうけど。
本当に気持ちを伝えたいときに限って、役に立たないことが多い。


伝えるもの2


 翌朝。部活に参加するために朝早く家を出た城光は、玄関先で会ったカズの様子に驚いた。
 目の下にはくっきりとくまができ、眉間には三割増しでしわが寄り、目つきにおいては五割増しぐらい悪い。なんとも凶悪な面構えである。
「……おー、おはよ。」
 一応挨拶をして、並んで学校へ向かうが、カズはぴりぴりしていて一言も口を利かない。
    あー……どげんすっとやこれ……。
 触らぬ神に祟りなし。とはいかなそうな様子に、城光は頭を抱えたくなった。

 案の定、カズの機嫌の悪さは部活に大きく響いた。物に当たる、人に当たる、調子は悪い、喋らない。と思ったら怒鳴るだけ怒鳴って、フォローはなし。皆怖がって近寄らないのだが、それがかえってカズの苛立ちを煽っているようである。触ってもいないのに浴びるほど降ってくる祟りに、とうとう部員は生け贄を差し出した。
「……カズ、今日はどげんしたと?なんかおかしかやぞ。」
 かわいそうな役回りは、もちろんキャプテン・城光である。人望があるのも困りものだ。
 胡乱な目つきで振り向いたカズはしばらく黙っていたが、そこはやはり二人の仲である。地に這うような低い声で、カズがつぶやいた。
「あいつ……なん?何がしたかなん、あのアホは……」
 昭栄絡みか。即座に理解した城光は、仕方なしに続きを促した。

 昨夜、結局昭栄は電話をしてこなかった。カズは2時過ぎまで待って……もとい、勉強をしていたが、電話はおろかメールすら来なかった。

 それだけか?と危うく言いかけた城光は、カズの様子を見て言葉を飲み込む。カズは相当真剣に怒っている。下手なことを言えば、城光でも危ない。
 とにかくなぜ怒っているのかは、わかった。一方的にかけると言ってきた昭栄の電話を、本人は認めようとはしないが、カズは夜中まで待っていたのである。カズにすれば、この功刀先輩様がわざわざ待ってやったのに、自分が言い出したことをすっぽかして、あまつさえ俺の睡眠時間を削るとは何事だ!切腹して詫びろ!!てなもんである。
「あ〜、まぁカズの気持ちはわかるとよ。」
 しかし、それで無関係の自分たちに当たられてはたまったものではない。大体、そんなものは二人の間で解決して欲しい。
「ばってん、頼むけん俺らを巻き込まんでくれ……。」
 あまりにも切実な城光の頼みに、カズも少しは反省したのか、午後の練習はそれほど荒れずにすんだ。一番効果があったのは、休憩時間の昼寝だろうけれど。あまりにも城光が気の毒なので、誰もそのことは口にしなかった。


 夕方、部活が終わってすぐに家に帰り、入浴をすませ、大好物のパスタを食べても、カズの機嫌は直らなかった。
 携帯は昨夜から沈黙を守ったまま。この時間になってもまだ詫びの一つもないとは、一体どういう了見なのだろうか。
    本気で、切腹させちゃろうかなぁ、あのアホ犬。ふふ。
 カズの眉間に新たな青筋が立ったとき。

 鈍い振動の音がして、携帯が着信を知らせ始めた。




――カズさんすんません!!
 開口一番の謝罪は、音が割れるほど大きな声だった。普段ならせからしか!!とこれまた大きな声で返すのだが、カズは怒っていた。それはもう、いつになくご立腹である。
「……誰じゃお前は。」
 北極並みの声の温度に、昭栄が半泣きになる。
――高山昭栄です!!カズさんほんとにごめんなさい!!お願いだから切らんでぇ!!
「高山ぁ?あー、知っとーよ?先輩に嘘吐きよって、あげく詫びもいれんアホっちゃろ?そいつがどげんしたと?」
――理由、言わせてください!!俺だって好きで嘘ついたわけじゃなかです!!
 必死な声音に、カズが片眉を吊り上げた。
「ほー、ずいぶん大変なこつがあったっちゃねぇ?言ってみんや。」
ただし、アホらしか理由だったら、切るぞ。お前を。
 続いた声は真剣そのもので、本気で危険を感じた昭栄は、昨夜の出来事を必死で話し始めた。



 その日の昭栄は、いつにも増してご機嫌だった。俺、幸せです!ありがとう!!と顔に書いてあるくらいにご機嫌だった。
 理由は簡単、今日は久々にカズの声が聞けるからである。
    あぁ、何話そう。最初は何て言おう。カズさんは何て言うかなぁ……。
 そんな他愛もない想像で幸せになれる昭栄は、部活でも大活躍。皆にはさすが選抜メンバーと褒められて、完全に浮かれていた。今日は幸運続きで、こんなに幸せでいいのかなぁなどと思っていた。無論自慢である。
 ところが、その幸運は、いざカズに電話をしようと思った瞬間に途切れた。

携帯が、ない。

 バックの中身はすべて出し、逆さに振り、あちこちに放り投げたが、ない。洗濯機の中身をかき回し、洗濯物のかごをぶちまけてみても、ない。階段にもない。玄関にもない。
 深夜まで携帯を探したが、家の中にはどこにもなかった。ついでに、仕事から帰ってきた両親に家中を荒らしたことをひどく叱られ、片づけをしているうちに朝になった。


 寝不足と精神的ショックで憔悴しきった昭栄が部室に着くと、チームメイトの一人が声をかけてきた。
『あ、昭栄。お前昨日携帯忘れていっとーぞ?』
 それを聞くなり、昭栄は瞬間移動並みの速さで自らのロッカーにとびついた。
『あった……。あった……!!俺のカズさん!!』
 意味不明な叫びと共に、隅に転がっていた携帯を掴んだ昭栄に、周りの部員がぎょっとして振り向く。しかし、昭栄はそんなことはお構いなしに、早速カズへ電話しようと携帯を開いた。
 のだが。

充電が、切れている。

『マジふざけんなこんくそーーーーーっ!!!!』



――でね、俺充電すっとやけん帰りますって言ったんに、キャプテンと監督がちかっぱ怒るとやけん、部活やらんといけんくて。ばってん、帰ってきてすぐ電話したとです!!
 以上が、高山昭栄の言い訳のすべてであるらしい。まぁ、なんと言うのか、そう。
「ただのアホやん。」
 カズはあきれて、もうそれ以外の言葉が思いつかなかった。馬鹿馬鹿しい理由ならただじゃおかないとは言ったものの、あまりにアホらしすぎると、もうどうでもよくなるものだ。とにかく平謝りの昭栄に、カズは一言告げて、通話を終わらせた。
「……どうでもよかやけど、部活は真面目にやっとけ?」
 携帯の充電以下の扱いなんて、かわいそうすぎる。




 布団にくるまって、カズはふぅ、と息をついた。昨夜はよく眠れなかったから、今日はしっかりと眠らなければ。
 暖かい布団の中で一心地つくと、冷静な思考が戻ってくる。今日の自分は、全くらしくなかった。たかが昭栄の電話一つで、あんなに気分を乱されるとは……
    あ?俺なしそげんこつであげん怒ったん?
 たかが、のはずなのだが、それがひどく気に障ったのだ。
    そうだ、ショーエイのくせに俺の睡眠時間を削ったとやけん。
 うんうん。とうなずいた後で、カズは更なる疑問に気づいた。それならば、なぜ昭栄「ごとき」に睡眠時間を削られたのか?
    それ、は。あのアホが電話……

 唐突に、気づいた。気づいてしまった。
 自分は、昭栄の電話を楽しみにしていたのだ。毎日来る電話やメールがもうすでに当たり前になっていて、それなのに昨夜は急に、しかも予告があったにも関わらず、それがなくなった。
 落ち着かなくて、理由もわからなくて、だから怒った。本来なら、あそこまで怒ることじゃない。たとえばこれが他の後輩だったなら、絶対自分は気にしていないはずだ。それがクラスメートでも、もしかしたら、城光でも。
「信じられん……なん、それは?」
 不愉快ではあるが、気づいてしまった事実に、カズは眉根を寄せる。
 昭栄は、ただの後輩とは違う。カズの心の中の、自分で思っていたよりもずっと深いところに存在しているのかもしれない。
「どげんこつや……意味わからん。」
 九州No.1GKの頭脳をもってしても、わからない。ならばもういい、と考えるのをやめて、カズは目を閉じた。別に今急いて理解すべきことでもないし、面倒だ。
    とりあえず、今度会ったらシメる。
 そう思ったらひどく気分がすっきりして、カズは気持ちよく眠りについた。