カズさんに、メアドの交換をしましょう、と言った。
 カズさんはちょっと面倒そうに、別によかよ、と言った。


伝えるもの


 合宿が終わって二週間、偶然街で会った昭栄は、帰りの電車を待つカズに、目には見えない耳と尻尾をたれてこう言った。
『選抜召集があるまで、またずーっと会えなくなるとですね……。』
 何言ってるんだと言うと、まるで二度と会えないかのような顔で、
『俺カズさんおらんと寂しかです。』
 そんなことを言われたのは初めてで、正直ちょっと嬉しかった。飼い犬にうるうるした目で見つめられて、悪い気になる飼い主などいない。だから、アドレスの交換だってしてやった。夜に電話してもいいですか、と言われたのにもうなずいた。暇なときなら相手してやる、と確かに言った。
 言ったけど。
――もしもし!カズさんこんばんは!!もうご飯食べました?
「……お前な、なし毎日毎日電話かけてくるとや?そげん暇なんか?」
 この能天気犬は、番号を教えたその日から、毎日欠かさず電話をかけてくるようになった。はっきり言って、ウザい。
というか、今は昭栄の学校もテスト期間のはずである。今まさにテスト勉強中だったカズは、思わず時計を確認した。午後10時。カズは普段から、この時間は机に向かっている。
「ショーエイ、テスト終わったか?勉強は?」
――いいえ〜まだです。前日やればよかですよ〜勉強なんて。
「勉強せろ!!」
 ぶちっと電話を切って、カズは携帯をベッドに放り投げた。枕に沈むと同時に、着信音が鳴り響く。昭栄だ。直感で確信したカズは無視して問題を解いていたが、さすがは昭栄である。何分経ってもあきらめない。
「……〜っあのアホ犬!!」
 携帯を掴んで、通話ボタンを押すと同時に、大きく声を張る。
「せからしか、俺は今忙しか邪魔すんな!!二度と出てやらんぞアホんだろ!!」
――だってカズさん怒ってたから!謝ろうと思ったとです……。
 しょぼんと言う昭栄の反省した声音に、カズも一応怒りを収めた。
「もうよか。それより勉強しとけ。俺も今しとーとやけん、どうせ電話しとー暇なんぞなかやし。」
――え〜!!もうカズさんとお話できんくなるとですか?そんなのやだ……。
 本気で落ち込んでいる昭栄に、ちょっと可哀想になる。こんなになついている後輩を冷たく突き放すのは、ひどい気がするような……。
「……わかった、なら、電話はやめろ。そんかわり、昼休みにメールなら…まぁ付き合ってやっても、別によかよ。」


「カズ?どっか行くとや?」
 昼休み、給食をさっさと食べ終えて、携帯を手に立ち上がったカズに、城光が声をかけた。食べるのが早いのはいつものことだが、今日は少し早すぎる。
「え?……普通に屋上。」
「……昼寝か?」
 うなずいて出て行ったカズに、城光は首をかしげた。
 一方いつも通り屋上まで一気に駆け上がったカズは、息一つ乱さないまま誰もいない特等席に横になり、目を閉じる。屋上はグラウンドの次に好きだ。誰にも邪魔されずに昼寝ができる。ここには大声で邪魔するアホ犬もいないことだし……
 とろとろと眠りかけた頭が、浮かんだ「アホ犬」の単語で一気に覚醒する。暖かい陽射しが気持ちよすぎて忘れるところだった。きっと昭栄のことだから、すでにメールを送ってきているだろう。
 さすがに自分が言い出したことである。漢・功刀一に二言があってはならないのだ。ちょっと古臭い信念を持つカズとしては、面倒だが無視するわけにはいかない。ほだされた昨日の自分を呪いつつしぶしぶ昼寝をあきらめて、携帯を開いた。
 受信メールが、一件。差出人には、高山昭栄、の表示。
「あのアホは……。」
 受信時間は、授業終了と同時。つまり昼休みになった瞬間に受信しているというわけで。おそらく耐え切れずに授業時間に打ったのだろうと、カズはため息をついた。
【Title:おはよーございます!!】
「おはよーって、今昼やん……。」
 まさか朝から打っていたのだろうか。いや、あいつならばありうる。
【カズさん元気ですか?俺は元気です!(^^)! ばってん、部活なくてサッカーできんし、カズさんにも会えんし、つまんなかです(+_+)今日は天気よかですし、サッカーしたかですね(・へ・)カズさん勉強がんばってください!!】
 読み終えて、カズは一気に脱力した。文章に脈絡というものが微塵も感じられない。この素晴らしいまでの文才のなさ。
「さすがショーエイたい……。」
 つぶやいたカズの脳裏には、携帯を凝視して返信を待っている昭栄の姿。ハチ公も驚く忠犬っぷりだから、きっと本当にそうしているだろう。
 あきれながらも、結局は見捨てることができないカズは、手早く返信を済ませて再び目を閉じた。本当にいい天気で、サッカーができないことが不思議なくらいの青空だ。

 その頃の昭栄は、カズが想像したとおり、机に置いた携帯を穴が開くほど見つめて返信を待っていた。弁当を食べている間もずっとこうして待っていたのに、携帯は沈黙したままである。
    カズさんどげんしたとやろか……まだ読んでないんかな……。
 まさか怒らせてしまったのだろうか。考えてはみたが、おそらく違うだろう。
「昨日の夜からずーっと考えとったもん。変なこつは書いてなか、はず……。」
 文章自体がおかしいことには気づかない昭栄は、もう一度送った文章を読み返して、満足そうにうなずいた。
「うん、完璧たい!!」
 朝からずっと一人でぶつぶつ言っている昭栄に、友人たちは苦笑気味である。一応心配して声をかけたのだが、今忙しいと相手にされなかった。気の毒である。昭栄の脳内には、現在カズからのメール以外のものなど、ニューロン単位でも存在していない。
 突然、携帯が鈍い音を立てて震えだした。受信の文字がサブディスプレイに躍る。
「〜〜〜っ!!!」
 思わず立ち上がった昭栄は、心の中で必死に自分を落ち着けようと努める。もしかしたらカズではないかもしれないのだ。落ち着け、落ち着いて、まずは名前を……
【送信名:カズさん】
「よっしゃーーー!!」
 叫ぶと同時に携帯を掴んで走り去った昭栄に、クラスメートたちは顔を見合わせた。
 あいつ、あんな変な奴だったっけ?


【Re:元気も何も、毎日電話で喋っとったやろ。大体アホ犬はせからしかやけん、そげんいっつも会いたくなか。おとなしく勉強でもせんや。】
「うわぁ、ほんとにカズさんのメールやん……シンプルで!感動たい!!」
 カズから返信が来たという事実に、昭栄の顔は緩みっぱなしである。わからないでもないが、気色悪い。せっかくの男前が台無しだ。
 こうしちゃおれんとつぶやいて、今度はひどく真剣な顔でカズへの返信を打ちだす。
 通りかかった担任は、見たこともない昭栄の真面目な顔に、悲しくなって何も言わず通り過ぎた。その熱意を、少しは勉強に向けてほしい。その気持ちは大いにわかるが、それは昭栄が昭栄である限り無理な話である。

【会いたくなかって、ひどかです〜(>_<)俺は会いたかですもん!選抜の召集はいつあるとですか?】
【去年は夏休みの初日から合宿があったとよ。テスト終わったら連絡来っとやろ。】
【え〜、じゃあまだまだですね…つまらん(-"-)】
【なん言っとーや?たかが二週間ちょっとやぞ。】
【全然たかがじゃなかですよ!!そうだ、カズさんテスト終わったら、俺と遊んでください(#^.^#)】
【やだ。】
【なしですか!?つーか短!!カズさんひどか〜(T_T)】
【間違えた、無理。】
【間違えたって…(@_@;)無理って、なしですか〜?】
【テスト終わったら、夏の大会に向けて練習試合がつまっとる。】
【お〜、さすがはNo.1GKのおる学校ですね\(◎o◎)/!】
【まーな、お前もよくわかっとーな。一応ヨシもおるしな。】
【一応ですか(笑)あ、じゃあ俺試合見に行こうかな(*^。^*)】
【来んな。部活せろアホ。】
【えーなしですか(@□@;)見てるだけですよ!!邪魔せんとやけん、よかでしょ?】
【やだ。】
【またですかソレ……(泣)間違えたとですか?】
【いや、本心。】
【ひどかですよカズさん!!俺傷ついた〜(/_;)】
【どうでもよか。大体お前返信速すぎ。ウザか。】
【ウザかって…(~_~;)だってカズさんのメールば無視なんぞできるわけなかやん!!】
【だけん、速すぎって言っとーやろ!ヨシが呼んどーとやけん、もう行く。】
【もうですか(._.)明日もメールしてよかですか?】
【やだ。】
【そげんこつ俺だってやです絶対送ります!(`□′)!】
【だったら聞くな。じゃあな。】
【はい!!また明日(^_^)/~】



 ここ数日、どうやらカズは昼休み、毎日昭栄とメールをしているらしい。うるさくねだられたから仕方ないだの、内容が馬鹿馬鹿しいだの、しつこくてうざったいだのぶつぶつ言うカズを見て、城光は思わず笑ってしまった。
「そげんこつ言って、ちゃんと付き合ってやっとーやん。ほんとはタカんこつば気に入っとーとやろ?よぅなついとーもんなぁ」
「な……違う!!メールせんと夜電話かけてくるとやぞ!?勉強の邪魔やけん!!」
「まぁまぁ、ペットには優しくしてやらんとな、カズ?」
「ヨシ!!」
 カズはものすごい勢いで怒っているが、図星だからだとわかっている城光は構わず笑い続けている。様子を見ていたクラスメートは、口には出さないまでも、皆同じ気持ちで目を伏せた。
さすがヨシ……最強たい。
 カズをからかうなど、親友であり第二の親である城光にしかできぬ芸当である。

 そんな日々は続き、テストが始まると、午後三時ごろに勉強の息抜きとしてメールをすることになった。もちろん昭栄が拝み倒したのだが。



 とうとう期末テストも翌日の二教科を残すまで。あと一日、という事実は、カズのサッカーがしたい気持ちを増幅させた。早朝の自主練は続けていたが、やはりあの広いグラウンドが恋しい。
 帰宅したカズが着替えを済ませ息をつくと、携帯が震えだした。時計を見ると、まだ昼過ぎである。
    なん……?妙に早かやな今日は。なんぞあったんか?
 突然の変化に少し戸惑いながら、カズは送られた昭栄のメールを読む。
【テスト終了しました〜!(^^)! これから部活です!!久々のサッカー(*^−^*)】
 カズはふんと鼻を鳴らした。別にうらやましいとか、そんなことは全っ然思っていない。全く、ちっとも、爪の先ほども、思ってなどいないとも!
【あっそ。せいぜい練習せろや、どへたくそ。】
 いつも以上に冷たい文章が、カズの本心をありありと物語っている。しかしめげない昭栄は、いつも通りうんざりするほどの速さで返信してきた。
【もしかしてカズさんまだ終わってなかですか?すんません(>_<)カズさんテストいつまであるとですか?】
 明日、というそっけない返事にも、昭栄はめげない。
【そうだったとですか〜…明日が待ち遠しかですね(^^)♪じゃあ、明日は久々に夜電話すっとです!!楽しみですたい(*^_^*)そろそろ時間なので、失礼します!また明日!!】
 自分勝手な文章に、危うくカズは携帯に八つ当たりしそうになった。すんでのところで振りかぶった腕をとどめ、自分に言い聞かせる。
    ショーエイごときのために、携帯壊すなんぞもったいなかやぞ俺!!
 更に、携帯の命のほうが大事だとまでつぶやいて、カズは何事もなかったかのように机に向かった。


「やめ!後ろからテスト回収せろ〜。」
 チャイムと同時にかけられた教師の声に、全員が開放感に湧いた。結果はどうであれ、とりあえずテストが終わったことは嬉しい。
 もちろんカズも例外ではなく、ぐっと伸びをして体をほぐすと、さっさと用意を済ませて席を立った。
「ヨシ、行くぞ!」
「ちょ、待てカズ!終礼は?」
「今日はなか。日直が言っとった。」
 しっかりチェック済みで準備万端のカズに、城光は苦笑しながらもバッグを手に取った。

 やっぱりサッカーは最高だ。
 久々の部活は、基礎練習の後はミニゲームとなった。テスト終了記念、ということらしい。確かに、普通の練習よりは、やはりゲームのほうが面白い。二週間の鬱憤を晴らすには最適である。
 味方に指示を出しながら、カズはサッカーができる喜びを強く感じていた。勉強が嫌いだというわけではない。大切なことだと思うし、それなりに達成感もある。
    ばってん、サッカーには勝てん。
 この腕の中に、ボールをがっちりと掴む、その感触。湧く味方と、悔しそうな相手チームの顔。さすがは功刀一だ、という声。すべてがカズの心を満たしていく。この喜びを知ってしまったカズには、勉強なんかじゃ、満足などできるはずもなかった。
 汗をかく。ボールを追う。相手の先を読む。そうして動いているうちに目を覚ましたNo.1GKの感覚に、カズは込み上げるものを抑えきれず、不敵に笑った。
    俺は誰にも負けん。一点だって許してやらんぞ!
 このピッチの中で一番小さな体が、誰よりも強気に声を張り上げた。
「オラオラ!!ちんたらすんな、点とってこんや!!」

 部活が終わり、心地よい疲労感に包まれた部員たちは、着替えをしながら話し出す。思いっきりサッカーをした後で、やはり表情は柔らかい。
「今日のカズはちかっぱすごかったな〜。」
 一人の言葉に、全員がうんうんとうなずいた。本人はまだシャワー室である。
「気迫がな!いつも以上に、こう……」
「ゴールに近づくと、威圧感でびりびりってかんじでした。」
「ほんと同じ学校でよかったよな〜。あいつは絶対敵にまわしたくなか。」
 あはは、と全員が笑う。そこへひょこっとカズが帰ってきた。笑ったままの顔でおう、などと言っているチームメイトを見回して、首をかしげる。
「なん笑っとーと?」
 部員が顔を見合わせて含み笑いをする中で、城光が答えた。
「久々のサッカーでよかやったなってこつたい。」
 いぶかしげながらも、カズは着替えを始めた。


 帰宅してすぐに入浴と食事をすませたカズは、いつも通り机に向かう。テスト終了日とはいえ、例外をつくる甘さは、サッカーにも勉強にも許していなかった。
 英語の教材を取り出し、予習をさくっと終わらせる。そこで、ふと携帯が目に入った。妙に気になるのだが、なんだろうか。眉根を寄せて、記憶を辿る。
    あ、ショーエイか。
 確か今日は夜に電話するなどと(勝手に)言っていたのだ。思い出してすっきりしたカズは、ため息をついた。真剣に考えて損した。
 数学の宿題も終わらせて、時計を見ると、10時過ぎ。
「……そろそろ、か?」
 これまでの平均から、この辺りで昭栄は電話をかけてくる。久々だから、きっと今日は長電話になるだろう。すごくくだらない話を、ものすごく真剣に話すに違いない。それとも、久々のサッカー部の話でもするだろうか。それなら、少しくらいは聞いてやってもいいかもしれない。
    ……いや、別に待っとーわけじゃなかやぞ?
 誰にともなく言い訳をして、カズは問題集を開いた。電話が来るまでに、少しでも勉強を進めておかなければ。