全員の「見直した」より、たった一人の「まあまあ」が嬉しいなんて、ひどく安上がりで、贅沢な心。
それが「好き」なんだって、初めてわかった。
虹2
「選抜合格者ば発表する。」
発表は、GK、FW、MF、DFの順になされた。真っ先に呼ばれた名前は、功刀一。誰も驚かなかったし、堂々と返事をする姿は、やはり1番を背負うにふさわしい、頼もしいものだった。続けて、選ばれた者の力強い返事があがっていく。
「次、DF。城光与志忠!」
「うっす。」
このときも、やはり誰も驚かなかった。城光と視線を交わしたカズが、初めてほんの少し笑ったのを昭栄は見ていた。
次々と名前が呼ばれ、合格者の席が埋まっていく中で、昭栄は穏やかな気持ちでいた。
よかった。カズや城光が選ばれたから、自分の尊敬する二人が選ばれたから。少し悔しいけれど、よかったと心から笑って言える。それはすごいことだ。
早くおめでとうと言いたくて見ていたカズの背中が、昭栄を怪訝そうに振り返る。何だろうと思いながらとりあえず笑いかけると、カズに盛大なため息をつかれた。
え、なんで?
目を丸くした昭栄に、カズではなく監督が口を開く。
「高山昭栄。」
「へ、なんですか?」
今度は城光までため息をつく。呆れ果てた表情で、カズが言った。
「なん寝ぼけとーや、いっつもいっつも……今何しとーかわかっとるんか?」
「合格発表、ですか?もう終わりました?」
その場の全員の肩から力が抜けたのがわかった。周囲から、笑いをかみ殺す気配がする。
「高山昭栄!選抜合格たい。よかったな?」
城光の言葉に、昭栄の口がぽかんと開いた。何とも言えない、絶妙なアホ面。
「……この、アホ……。」
カズのため息と同時に、笑いの渦が爆発した。
もう合宿は終わったから、帰らなければならない。荷物をまとめて、支度を済ませて。
「……終わり、ちゃね。」
ぽつんと落ちたつぶやきが誰のものかはわからなかった。その気持ちは、誰もが持っていたものだったから。
今年の選考合宿は、例年よりも空気が柔らかで、ひどく居心地がよかった。まだ、帰りたくない。誰もがそう思うほどに。
「サッカーやるか。」
「1チーム20……何人や?」
城光のつぶやきに、カズがうなずく。そのカズの言葉に、昭栄が満面の笑みで答える。
「22人ですと!!ポジションげななくなるとですね〜。」
「よか、ルールもなしや。足で蹴ればよかこつにすっと。」
「ヨシ、キーパーやらんや。俺FWやっちゃる。」
「え〜っすごか!!じゃあ俺カズさんマークすっと!直接対決ですと!!」
「はっ、楽勝やな。へたくその分際で俺ば止められると思っとーと?」
「むー、やってみんとわからんですよ!!」
「全員、よかか?帰ってもよかやぞ?」
誰も反対しなかった。自分たちにはサッカーしかないから。この胸に詰まったたくさんの思いを吐き出す術を、他には知らないから。
日が暮れるまで、皆でサッカーをした。合格も不合格もなく、ただサッカーが好きな少年たちが、汗だくになってボールを追う。それは真剣勝負でもなんでもない、騒いだり笑ったりしながらの、ただの遊び。ポジションもぐちゃぐちゃで、GKが二人も三人もいて、ゾーンもラインも何もない。
広い広いグラウンドで、でたらめなところへボールを飛ばして、端から端まで走り回る。その顔はひどく晴れやかで、この九日間で一番楽しそうだった。
ずっとずっと続けばいい。そんな時間は、早く過ぎ去ってしまうもので。ずっとこうしていたかったけれど、日が暮れて足元が見えなくなると、自然と全員の足が止まった。
現実が、戻ってくる。
その日初めて少年たちの頬を濡らした涙は、悔しさや悲しみ、寂しさ、喜び、たくさんの気持ちを洗い流して。
夏の大会で、また会おう。
その約束とともに、長かった選考合宿は終わった。
駅へ向かう途中、バス停までの道のりを、昭栄はカズと城光と、三人で歩いた。
「ショーエイ、もう泣くな。お前は合格したとやぞ。すぐに選抜の召集がある。泣いとー暇はなか。」
カズと城光は泣かなかった。全員の涙を背負って立ってくれているような、力強い姿だった。心の中では、泣いたかもしれない。それでも前を見て、歩ける。それが、この二人を慕う者の多さの理由だ。
「皆、お前んこつ見直したって言っとったぞ。俺もそう思う。」
「ほんとですか、よっさん!」
よしよしと頭をなでられて、昭栄が嬉しそうに笑う。期待でいっぱいの瞳で見てくる昭栄に、カズはつんと横を向いた。
「カ〜ズ。たまには素直に言わんや。」
諭すような城光の言葉に、渋々とカズが口を開く。
「……まぁ、まあまあ、ってとこっちゃね。」
カズのいつもと変わらない憎まれ口が、昭栄には一番嬉しかった。
「はい!高山昭栄、もっともっとうまか選手になります!!」
「おぅ、No.1DFになるとやろ?」
「ほ〜、この俺を差し置いてか。タカもデカかこつ言っとーなぁ?」
「うぅっ……」
笑いながら歩いて、バス停で二人を見送って、今度は一人で歩き出す。気分はひどくすっきりとしていて、心が洗濯したみたいに真っ白になった気がする。そうしてやっと、たくさんのことを受け止められた。
選抜に受かったこと、たくさんの人の涙、落ち込んだこと、認められた成長。そして。
カズさんに、出会った。
あんなに心が求めていた人に出会えた。自分は、なんて幸せなんだろう。世界中の人に自慢したいくらいに、嬉しい。
膨らんで膨らんだこの気持ちは、気づいてしまったらもう、止めることなんてできない。
想うだけなんて、やだ。カズにも自分を誰より一番好きになってほしい。
この気持ちは、どんな風に見つめたなら、伝わるのだろう。
「そう言えば、カズ?」
バスの中、眠りかけていたカズは閉じた目を押し上げて、城光を見た。
「合宿前に言っとった、何か起きるって勘。あれ当たったんか?」
「んー……?」
そういえば、そんなこともあった。起きたことはいろいろあるが、何かとは何だったのだろう。今年特に変わったことと言えば……
脳裏に、一瞬たれ目でアホ面の大型犬が浮かぶ。しかしすぐに、眠気に押されて意識は散雑になった。
「さぁ……、気のせいだったかもしれんと。」
また目を閉じてしまったカズを眺めながら、城光は思案顔である。彼の脳裏にも、同じ人物が浮かんでいた。
今年、カズの世界は飛躍的に広がった。この短期間でチームワークを生み出せるほどにカズが他人と関わるのは、珍しいことだ。そのきっかけとなったのは、やはり。
ほんとうに気のせいだと思っとるんか?カズ……。
安らかな寝息が聞こえてきて、城光はそれ以上何も言わず、窓の外に目を向けた。