ずっとずっと不思議だった。なんでサッカーじゃなきゃだめなのか。
わかってしまったことは、よかったのか悪かったのか。
目覚め
「今日から三日間、午前はトレーニングと基礎練習。午後は紅白戦ばすっと。各自自分の欠点ば見つけて、対策する。最終日の午前の紅白戦で選抜メンバーん選考すっとやけん、気合入れなおせ!」
「うっす!!」
「特に、功刀・城光・高山。ふぬけとーと落とすぞ。」
「……うっす。」
「紅白戦かぁ〜……なんかドキドキすっとです〜。」
「情けなかこつ言っとーな!これから三日間でどれだけ伸びるかが勝負たい。お前の場合は実戦で失敗して学ばんと伸びん。むしろこのメニューはお前向きっちゃろ。」
「うっす、がんばりますと!!それに……」
ん?と見上げるカズの胸元を、昭栄はにっこり笑って指差す。カズのビブスは、紅。
「後ろでカズさんが守ってくれとーもん。怖かこつなんかなかですたい!」
昭栄のビブスも紅である。カズがつんと横を向いた。
「誰に言っとーや、当たり前たい。こっちのゴールには絶対入れさせん!」
頼もしい言葉に、昭栄だけでなく、他のチームメイトも安心して微笑む。こちらのチームには、比較的二年生など、試合慣れしていない者が多い。カズの自信に溢れた態度は、緊張を吹き飛ばしてくれた。
「ほぅ、デカかこつ言っとーやなかか、カズ?」
言ってにやりと笑うのは、城光を始めとする、風貌もいかつい三年生軍団。ビブスは白である。
「「絶対負けん!!」」
バチバチと散る火花で、紅白戦は幕を開けた。
昭栄は、カズや城光の試合での姿を見るのは初めてだった。
「よかか!?力バカには正直に力で勝負したらいかん!受け流してこっちのペースに引き込むんが最初たい!!隙ばついていけ!!」
破壊的な力のシュートを難なく止めて、硬い動きの味方に指示を出すカズは、まさに守護神。いつもより二周りも大きく感じるその存在感は、圧倒的である。
「頭使え!!あのゴール割るんはただ蹴るだけじゃいかん!!周りも援護せろ!!」
押し続けながらも一点が取れないことで焦る味方の隙をうまくカバーして、何度も紅の攻撃の芽を潰している城光は、まさに名スイーパー。鋼のような肉体が、壁となってゴールを阻んでいる。
チーム内の試合にも関わらず、気迫は実戦さながらで、昭栄には何がなんだかわからないうちに紅の三年FWが決めた一点が決勝点となり、一日目の紅白戦は終了した。
その夜のミーティングでは、一様に二年生が肩を落としていた。皆昭栄と同じく、何もできないうちに試合が終わってしまった。これでは欠点を見つけるどころの話ではない。
ついていけなかった。それに落ち込む後輩を見て、三年生も困り顔である。
「……悪か、しっかりサポートしきれんかった。」
意外にも口を開いたのはカズで、後輩たちは数瞬呆然としていたが、慌てて手や首をぶんぶんと振って口々に否定しだした。総合すれば、ついていけなかったのは自分の責任だから、努力するから気にしないでくれ、というところか。しかしカズの顔は険しいままである。
「いや、俺はNo.1GKになる男たい。守護神が味方ば支えられんでどげんすっとね?精進せんといかんと。」
殊勝なようでやっぱり自信家なカズの言葉に、場の空気がほぐれる。一人二人、と噴出して、やがて全員が笑い始めた。城光と昭栄は苦笑気味である。
「くっ、功刀……お前意外とおもしろかな!」
「あ゛?なん笑っとーやお前ら!?人が真面目に話しとーに……!!」
「真面目とやけん、おもしろかです先輩……!」
「せからしかぁ!!!!」
かなり大きな雷は落ちたが、カズとチームメイトの関係は良好になったようで、キャプテンや監督にとっては大きな収穫のあった一日であった。
合宿七日目、二度目の紅白戦が始まった。この日はカズと昭栄が白、城光が紅である。今度は体格も年齢も、かなり均等に揃っている。昨夜の効果か、カズの指示もよく通り、全員の動きが生き生きとしていた。
そんな中で、一際目立っていたのは昭栄である。
「ショーエイ、右から来とる!スペース空けんな!!」
「高山、右につけ!こっちはカバーしたる!!」
「うっす!」
カズや味方の巧みなサポートもあり、昭栄の動きがだんだんとDFらしくなっていく。
「1対1やぞ、絶対抜かれんな!!」
カズが指示したとおり、昭栄は粘る。しかし突っ込んできたFWは、ボディバランスがよくフェイントのうまい選手である。あっさりと引っかかり、昭栄が抜かれた。シュートに備えて、カズが身構える。
その瞬間、それは起こった。
「……っな!?」
いつの間にか、抜いたはずの昭栄が目の前にいる。
相手がひるんだ隙にボールをクリアした昭栄は、全員が自分を見て驚いていることに驚いた。急に時が止まってしまったように、誰もが目を見開いて昭栄を見ている。
ありえない。完璧に抜かれたはずだったのに……!!
驚嘆は拭い去れないまま、監督の声に試合は再開される。先程のプレイが偶然や奇跡でないことは、すぐに証明された。昭栄は、1対1ではまず負けない。
カズと城光は、お互いに自陣を守りながら、静かに目を見合わせた。浮かぶ気持ちは同じもの。
これが、昭栄の才能か。
合宿八日目、昭栄はいつものように昼ごはんを食べて、自分のボールを取りに行って、野原に向かった。いつもカズは先に行って横になっているから、まずは木陰のカズのもとへ行く。結局眠らず自分を待っているのだから、下で待っていてくれてもいいのに。昭栄はそんなことを、少し微笑ましい気持ちで思った。
ふと、昨日の紅白戦を思い出す。やはりカズの言うとおり、自分は実戦派なのだ。本能で動いている、というあの感覚は、試合でなければわからなかっただろう。初日はたじろいだが、やはり本気でぶつかり合わなければ、自分を高めることはできないのだ。
不思議な感覚だった。熱に浮かされたような、しかし頭の隅には冷静にカズの声を聞く自分がいる。思い出すと、少しぞっとする。しかし心地のいい感覚であった。
今日もまた、紅白戦がある。初日とは違う意味で、少し緊張した。
ぼんやり歩いていたので、いつもより到着が遅くなってしまった。丘を登りながら見ると、横になったカズの背中が規則的なリズムで動いている。
カズさん、寝とーやん……。
いつものようにばたばたと走り寄っても、もしくは一人で練習を始めてもよかったのだが、久々の昼寝があまりにも気持ちよさそうで、困る。起こすのがかわいそうだ。
結局そっと近寄って、カズの隣に座った。背を向けて眠るカズは丸まっているせいかひどく小さくて、試合中の威圧感など少しも感じられない。まるで子猫みたいだな、と眺めていると。
こてんと寝返りを打ったカズが、昭栄のユニフォームの端を握った。それだけで昭栄の心臓は危うく止まりかけたというのに。
木漏れ日に照らされるカズの寝顔が、やわらかく微笑んだ。その寝顔に、一瞬で目を奪われる。
吊った目は穏やかに閉じられて、ひどく優しい印象で。いつもは引き結ばれている唇も緩んでいて。細い首にかかった黒髪が、風にさらさらと揺れる。細い肩や腰。すんなりした足。手は意外と大きくて、爪までよく手入れされてきれいだ。
そのすべてが、無防備に、自分の目の前にさらされている。もう口から心臓が飛び出そうなほどに、昭栄は動揺していた。
ど、ど、どげんすっと!?と、とりあえず動かんように!?
考えながらも、目はじっとカズの寝顔を見つめている。
うわー、まつげ長か。唇柔らかそう。ほっぺぷにぷにー。
無意識に伸ばした右手を、左手が押さえた。両手がありえない力の拮抗でぶるぶると震える。
!?俺今何しようとしたと!?ま、まさか触ろうと……!?
自分で考えたことに、昭栄の顔は一瞬で真っ赤になった。耳どころか首まで赤い。
そ、そ、そげん、セクハラたい!!眠っとーカズさんに、ねむっ……
葛藤しながらも、やはり目はカズの寝顔から動かせない。
……はぁ、ちかっぱ可愛か……胸がドキドキしとー……
「うぅ……ん……」
「すいませんカズさん触ろうとかそげんこつは何もしてなかですよ!!」
墓穴を掘るだけの弁解は、幸いなことに眠ったままのカズには聞こえなかったようで、安らかな寝息が続く。はぁ、と脱力してため息をついて、自分の顔の異常な熱さに気がついた。言うまでもなく、赤面しているからである。
あれ、なし俺、カズさんの寝顔にこげんドキドキしとーや……?
冷静に思い返してみると、寝顔だけではなく、最近カズのそばにいるだけでドキドキしたり、幸せな気持ちになったりしているではないか。実はカズの笑った顔に鼻血を噴いたこともある。ピーナッツの食べすぎが原因だと思っていたけれど。
おかしい。おかしいぞこれは!!
恐る恐る、もう一度、更に自分にひっついて眠るカズの顔を覗き込む。あぁどうしようやっぱり可愛い!!というかそんなにひっつかないで!?
混乱した頭に、忘れようと目をそらしたものが浮かび上がる。
『カズさんが喜んでくれるなら、もっともっとサッカーがうまくなりたい。』
『それで笑ってくれたなら、本当に嬉しい。』
どうして、他のたくさんの侮蔑の言葉や視線よりも、カズの目を思い出した?
どうして、カズが認めてくれただけであんなに幸せな気持ちになった?
どうして、『カズの特別』になれたことがそんなに嬉しかった?
「あ〜〜〜……」
そんなの答えは、一つしかないに決まっている。
ずっと探していた出会うべき『何か』に、やっと出会える。
この合宿で、出会えると感じたのは、確信。
サッカーじゃなきゃいけないわけだ。
だって。
「カズさんが、サッカーしとーもん……」