せっかくの夏だから、可愛いあの子と海に行こう。


海水浴


「えー、明日の予定、わかっとーな?」
 尾崎監督の言葉に、選抜メンバーは大きくうなずいた。明日は、合宿の最終日。
「夏や。夏といえば、海や。そして筋肉やーーー!!!
「「「うおぉおお〜〜〜〜!!!」」」
 意味がわからない。しかし眉をひそめたのは、この場にカズ一人だけだった。

 根をつめてばかりでも、上達はしない。せっかくの夏休みなのだから、皆で海に行こうと言い出したのはキャプテンである城光だった。遊びたい盛りの少年たちは諸手を挙げて賛成、海水浴グッズをしっかり用意して合宿に臨んでいた。
「お前ビーチボール持って来たんか?よかなぁ!!」
「おう、砂浜サッカーでもやらんか?」
「やるやる〜!!!」
「その浮き輪どげんすっと?」
「俺泳ぐん苦手やけん……。」
「マジか?なら俺らが監督しちゃー!!練習しよーぜ!!」
「よかねそれ!俺も手伝う!」
 既に頭の中は明日の海でいっぱいの少年たちの中で、最もうきうきしているのは、言わずもがな、高山昭栄その人である。
    カズさんと海!カズさんの水着!!カズさんとらぶら……
「ショーエイ?」
「ふぁあはは、はい!!何ですかカズさん!!?」
 挙動不審な昭栄に首をかしげたカズは、手に持っていたジャージを差し出した。
「これ、お前のっちゃろ?落ちとった。」
「あ、あぁ……はい、ありがとうございまっす!」
 受け取るときにちょっと手が触れて、そんなことだけで得した気分になる。えへへ、と相好を崩す昭栄に、カズはますます首をかしげた。
    拾ってやったんが、そげん嬉しかったんか?
「別にこんぐらい何ともなかやぞ。それより、ちゃんと明日の準備しとーと?」
「あ、はい!バッチリっす!!楽しみですね〜海!!」
「あ……?違う、帰る準備や。どうせ電車ぎりぎりやけん、先用意しとけ。遅れたら置いて帰るけんな。」
 そんな、と情けない声を出しそうになって、ふと気づく。
    カズさん、一緒に帰るん前提で喋っとる!!
 もちろん何が何でもそうするつもり満々だったが、まさかカズがここまで自然に受け入れてくれるとは思わなかった。そもそも、まだ自分は「一緒に帰っていいですか」と聞いていない。
    それほど、俺とおるんが当たり前になっとーってこつ……?
 それって、ものすごいことなのではないだろうか。嬉しくなって、ますますへにゃりと笑顔になる昭栄に、カズはため息をついて背を向けた。
    こいつと会話するん、なんか疲れる……。


 合宿所からランニングすること15分、夏の日差しにきらめく海が姿を見せた。毎日15キロを走っている少年たちは、息一つ乱さず元気に砂浜に飛び出した。
 穴場なのか、彼らの他には誰もいなくて、貸しきりビーチだと口々に喜び一気に海へ飛び込んでいく。
「先に着替えしとってよかやったな。」
 見回してみても更衣室らしきものは見当たらない。いくら人がいないとはいえ、白昼堂々屋外で着替えをする気にはなれなかった。砂浜に立ったままつぶやいたカズに、前を歩く城光が振り返る。
「あ、そうやカズ。おばさんから、これあずかっとったとよ。」
 差し出されたものは、サンバイザー。
「帽子、潮風でぐちゃぐちゃになると洗うん大変やけんって。」
「……。」
 もっともな理由だ。別に帽子をかぶらないままでもいいが、わざわざ持ってきてもらったものを受け取らないのもどうかと思う。
 だけど、それなら、もっとこう。
「なし、ピンクなん?それ……。」
「夏やけん、明るい色がよかって気ぃつかってくれたんじゃなか?」
 明るい色は他にもあるではないか。赤でもオレンジでも水色でも黄緑でもなく、なぜあえてピンクなのだ!?
 言いたいことは色々あったが、城光にせかされて、仕方なく帽子を荷物の中にしまう。おずおずと受け取って、嫌々それをつけてみた。
「おー、似合う似合う。」
 嬉しくない。
「わー!カズさんそれどげんしたと?ちかっぱかわいか〜〜〜!!!」
「死なんやぁ!!!」
 駆け寄ってきた昭栄にとび蹴りをかますカズを、城光がのんびりと呼んだ。
「おーい、カズ。」
「あ?なん?」
カシャリ★

「なっ、なっ、何ばしとっとーーーーー!!!?」
 いつの間に取り出したのか、カメラをしっかりとこちらに向けた城光は、少しいたずらっぽく笑う。
「おばさんにな、かわいいカズくんの写真ば撮ってきて〜って頼まれとったとよ。」
「……っあんの年増がぁああ〜〜〜〜〜!!!ピンクもわざとっちゃろ!!返せやそれ!!!」
「これは俺のカメラやぞ。返せも何もなかっちゃろ〜?」
 ひょいと頭上に持ち上げられてしまえば、もう絶対に届かない。悔しさと恥ずかしさに歯噛みしたカズは、背後できょとんとしている昭栄に詰め寄った。
「ショーエイ、あれ取り上げろ!!俺の名誉がかかっとる!!」
 飼い主の必死の頼みに、忠犬が進み出る。ほっと肩をなでおろしたカズは、次の瞬間ぶちキレた。
「よっさん、それ焼き増しして俺にもください!!」
「何言っとーやこんアホがぁああ〜〜〜〜!!!」


 がなりすぎて、のどが痛い。結局カメラは取り返せず、パラソルの下でふて寝を決め込んでいたカズは、頬に触れた冷たさに目を開けた。
「あ、カズさん。これ監督から、ジュースです。飲みます?」
 自分を覗き込む昭栄からぽつぽつと水滴が落ちて、頬を濡らす。ペットボトルを受け取って、体を起こした。
 半分ほど一気に飲み干して、息をつく。そこで昭栄がまだ隣にいることに気づいたカズは、少し首をかしげた。
「なん、遊びに行かんのか?」
「う、ん……カズさんは?」
 俺はいいと首を振ると、じゃあ俺もここにいます、と昭栄が笑う。
「気、つかわんでよかやぞ?俺昼寝がしたかだけやけん。」
 カズの言葉に、昭栄はふるふると首を振った。幸せそうに微笑む。
「俺、カズさんと一緒に海来たかったとです。だけん、カズさんと一緒がよか。」
 ひどく真っ直ぐな言葉に、カズは目をそらして、あっそ、とつぶやいた。

 まぶしい水面を遠くに眺めながら、特に何を話すでもなく一緒にいる。うとうとと舟をこぐカズと、それを微笑んで見ている昭栄。何だかひどく穏やかで、幸せな時間だ。
 ちょっとだけ、頭をなでたい。そーっと伸ばした手が、カズの髪に触れ……
「「「おーい、カズ!タカ!」」」
 内心がっくりと肩を落とした昭栄が見ると、全員が城光の下に集合している。仕方なくカズを起こして、まだぼんやりとしているその手を引いて歩き出した。
「どげんしたとですか〜?」
「おぅ、これから重大な発表があるとよ。」
 城光が咳払いをして、注意を促す。急に、一体何なのだろうか。城光の真剣な表情に、昭栄も緊張してつばを飲み込む。
 ゆっくりと息を吸って、城光が口を開いた。


「これより、九州選抜はちまき争奪持久力対抗戦ば行う!!!」
「「「うおぉおお〜〜〜〜〜!!!!」」」


何だそれ。

 ルールは簡単、それぞれが頭につけたはちまきを奪い合い、より長く、そしてより多くはちまきを奪ったものの勝ち。
「ちょーっと待たんや!!」
 そこで声を上げたのは、やっと意識のはっきりしてきたカズである。
「お前ら、そげんもん俺にさせるつもりなんか!?」
 居並ぶ体格自慢が頭につけたはちまきなど、彼がまともに奪えるはずがない。逆に言えば、カズは格好の標的となる。絶対的不利、むしろゲームが成立しないではないか。
 しかし城光はやる気満々で、力強く親指を立ててみせる。
「お前ならやれる。俺はそげん思う!!」
「できるか!!」
「監督も言っとったっちゃろ?夏、海、そして筋肉!!!
「待てヨシ、お前おかしかやぞ今日!!」
 幼馴染の不思議なはしゃぎっぷりに、カズは頭を抱えた。城光は正々堂々勝負、とか筋肉自慢、とか体力対決、そういったものになると目の色を変えて張り切るのだ。しかも今日は、それに熱く賛同する仲間が、約20人。
    無理や、俺の手には負えん……
「なら俺がカズさんとチームになります!!」
「う、わ!!」
 説得を諦めたカズは、いきなり地面が消えた感覚に声を上げた。慌てて見下ろすと、自分の胸の辺りに昭栄の頭がある。
 そこで初めて、カズは昭栄に抱え上げられたことに気づいた。腰とひざの裏側にはしっかりと昭栄の腕が回されて、安定してはいるけれど。
「な、なん!?下ろせショーエイ!!」
「え、なし?これならカズさん絶対はちまき取られんし、ちかっぱよか考えでしょ?」
 えへへ、と得意げに笑う昭栄を殴りつけようとして、カズは視界の高さに思わず手を止めた。
 昭栄の頭も、居並ぶ選抜メンバーの楽しげな顔も、砂浜も水平線も、全部違う。今誰よりも高い目線に自分がいると思うと、
「……まぁ、仕方なかな。今日だけは許しちゃる。」
 かなりいい気分になって、昭栄の肩に手を置いた。これで少々揺れても振り落とされる心配はない。一方の昭栄は、カズの突然の接触に耳を赤くして、平静を保つため必死になった。カズがパーカーを羽織ったままであることが唯一の救いである。
 しかし幸か不幸か、不満多数でその案は却下になってしまった。一人だけはちまきを短くする条件で、カズは渋々地に降り立つ。腕の中の温かみとほんの少しの重さが消えたことが少し寂しくて、しかしそれ以上にカズが心配だ。
「カズさん、どげんすっとですか?」
 不安そうな昭栄を見上げて、カズはにやりと笑った。悪巧みをしている子供のように。
「大丈夫や。やるからには負けん。ショーエイ、お前が一番よぅ知っとーっちゃろ?」
 何を?という問いの答えは、カズが行動でしっかりと示してくれた。


「よし、スタートや!!」
「オラオラどかんやーーーーー!!!!」
確かに、あのこぶしや蹴りの威力は、自分が一番よく知っている。

 砂浜に転がる戦死者、もとい九州選抜メンバーの山の間を、カズがゆっくりと歩いてくる。最後の一人、昭栄に向かって。その手には、はちまきの束。自分のもの、そして昭栄のもの以外は、全てカズが握っていた。
「カカカ、カズさん怖かよ……!!」
 怯える昭栄に、立ち止まったカズはすっと掌を差し出した。にっこり、輝く笑顔で一言。
「ショーエイ、はちまき渡せ?」
 功刀一、完全勝利。


 勝者の権限で全員の弁当から好きなおかずを奪って食べたカズは、満腹ごきげんで昭栄の隣を歩いていた。一緒に探検に行きたい、というお願いも、すんなりうなずいてくれたし。他のメンバーから少し離れて歩いていると、ちょっとドキドキしてしまう。
「あ、ショーエイ!あそこよか眺めやぞ。座ってみんか?」
 答えを待たずに駆けて行くカズの背を慌てて追って、海辺へ少し張り出した岩の上に二人で座った。身を乗り出して水面を覗き込む。
「うぉーすごか!!水ん中ちかっぱ見えるとですね!!」
「魚、泳いどる。あっち」
 二人ではしゃいで、伸ばした腕で水の掛け合いをして遊んだ。楽しそうなカズの笑い声に、昭栄も嬉しくなる。せっかく一緒に来ているのだから、冷静に座ったままよりは楽しんでくれた方がいい。
「はー、ちかっぱ疲れた。お前のせいでびしょびしょたい。」
 昭栄の背を蹴りつける足にも、力の代わりに親しみがこもっていて、もっと嬉しくなった。しまりのない顔を隠すように、昭栄はもう一度水面に目を落とす。太陽の角度で表情を変えるそこは、何度見ても面白かった。
 空も海もこうして変わっていくのだから、自分とカズの関係だって、いつかは変わるのかもしれない。真っ暗な夜になるのか、真っ青に澄んだ朝になるのか、それはわからないけれど。
    何が変わっても、ずーっとカズさんと一緒におれたらよかな。
 そんなことを考えていたせいか、カズが何か言っていることに気づくのが遅れた。慌てて振り向くと、足で水面をばしゃばしゃとかき回しながらカズが続ける。
「だけんな、お前次はちゃんとはよ来んや。最近遅かやけん、遅刻したらいけんとよ?」
 次の練習の話だと察しがついて、聞き返す代わりに素直にうなずいた。確かに、最近の自分は朝が遅い。自覚はないが、やはり体は疲れているのかもしれない。
「前の日の夜は、はよ寝るようにします!」
 素直な昭栄に満足して、カズは立ち上がった。そろそろ集合時間のはずだ。カズについて歩きながら、昭栄は小さな声で聞く。
「カズさん、今日楽しかったと?」
 振り返ったカズは、昭栄を見上げてやわらかく微笑んだ。


そんなよっさんも好きですが、何か?(笑)