今年の夏は、何かが起こる。
根拠は何一つないけれど、それは予感。


出会い K-side


「ヨ〜シ〜!!はよせんや、置いて行くぞ!!」
「ちょぉ待てや!!お前の荷物やぞ、これ!!」


「暑かやな今年も……」
 バス停に向かいながら、大きなスポーツバックを背負った少年は真っ青な空を仰ぐ。後ろ向きにかぶった迷彩柄のキャップの下からのぞく、少し長めの黒髪の襟足が汗をぽとりと落とした。
 功刀一、中三。サッカー九州選抜メンバーを選考する合宿に、GKとして選ばれた。昨年は選抜メンバーにも選ばれた経験がある。二度目ともなれば慣れたもので、楽しみな気持ちこそあれ、昨年のように気負いや緊張や興奮は持たず、ただ前を見据えている。
「練習日和っちゃね。」
 隣を歩く、カズより10センチ以上背の高い少年は、城光与志忠。カズの幼馴染で親友である。中学生離れした体格と落ち着いた物腰で、いつものように淡々と、城光はつぶやいた。
「今年も選抜、か。中学最後の……。」
「なん?緊張しとーんか?」
「アホ、なん言っとーと!」
 おもしろがるように小突くカズと苦笑気味の城光がじゃれあっていると、ちょうどバスがやってきた。
「俺らが選考に召集されるんは当たり前たい。それだけの努力ばしとーしな。」
 城光の強気な発言と共に、二人の前にバスが止まる。開いたドアのステップに足をかけて、城光に背を向けたままカズが言った。
「アホんだろ。選抜に選ばれて当たり前、の間違いやぞ。」
 まるでなんでもないことのようにさらりと放たれたカズの言葉に、城光は同意を込めて少し笑った。

 二人には、特にカズには、自分の実力に強い自負がある。
 城光は、自分が全国でも一位を争える強いフィジカルを持ち、クレバーな面も兼ねそえたスイーパーであること。
 カズは、自分こそがNo.1GKであり、東京にライバルと認める者はいるが、少なくとも九州には自分の敵はいないこと。
 そしてお互いが、同じことをお互いに認めていることもまた、二人は知っている。生まれてきたときから共に生きてきた二人は、お互いを自分の一部のように理解し合っていた。
 もちろん二人の自信は確かな実力に裏打ちされるものであり、周囲も認めるところである。九州の守備は、この二人を欠いては語れない。それは昨年の選抜で、二人が二年生ながら上級生をしのぐ実力を見せ付けて以来の、周囲の共通の認識である。

 大きな荷物二つと、少年二人。誰もいないバスの一番後ろの列を占拠している。足を投げ出して座るカズに、城光は首をかしげた。
 どこか、様子がおかしいように、見える。
 何があったと問うにはそう深刻でもなさそうではあるが、黙りがちなカズの口元がいつにも増してきゅっと閉じられている様子は、確かに何かを考えている証である。幼馴染のこういった表情は、そうよく見られるものでもない。
    緊張しとー……とは違いそうっちゃな。
 今のカズはひどく落ち着いた、いつも通りの顔色をしている。昨年の紅潮した頬に青ざめた顔色という、城光すら初めて見たカズの様子と比較して、浮かんだ考えを否定した。さてどうしよう、と城光が首をひねると、前方をぼんやりと見つめたままのカズがぽつりと口を開いた。
「ヨシ、合宿やけどな……。」
「ん?どげん奴が来るか楽しみとや?」
「ん。それもある。ばってん……」
 気持ちを持て余しているのか、カズの言葉が途切れがちになる。辛抱強く待つ城光の眼を、カズの大きな黒い瞳が捉えた。浮かぶ感情は、不安とも期待ともとれない。或いは、そのどちらもなのか。
「何か、な。起きそうな気がすっと。何かはよくわからんとやけど。」
 あまりに抽象的で、よくわからない。城光はますます首をかしげた。とりあえずその何かは、カズにとって大きな意味を持つらしいことは感じ取って、座りなおすカズを横目で見ながら聞いてみる。
「なし、そう思うと?」
 今度はカズが首をかしげた。
「ん〜……、勘。」
 なんとも頼りがいのない言葉だが、城光はカズの勘を信頼している。カズは九州の公式試合無失点記録を更新中のGKである。ずば抜けた身体能力と大胆さだけでなく、その読みの鋭さにはよく驚かされる。
 この先で何が起きるのだろう。少しの不安と期待を胸に、二人を乗せたバスは一度も止まることなく目的地へと向かっていった。


 バスを降りてすぐの合宿所には、すでにたくさんのサッカー少年が集まっていた。見知った顔を見つけては、軽く挨拶をする。
「功刀、ヨシ、遅かやな。」
「あー、今年は近場やけん。家からバスで来たと。」
「よかやな〜。俺なんか昨日からここに泊まっとーぜ。他の奴も大体来とーし、お前らが最後やなかか?」
 九州全土から集められた実力者たちを眺めて、ふーん、とカズが眉根を寄せた。カズの視線の意味に気づいた城光も、改めて周りを見回す。
「また今年もデカか奴ばっかり揃っとーな。」
 居並ぶメンバーのことごとくが、背が高くいかつい体格をしている。おそらく二年生だろう、慣れない様子で固まっている一団は比較的線の細いものが多いが、三年ともなると泰然として、かなり風格がある。九州サッカーの特徴である。
 そんな中で、面白くなさそうに黙り込んでいるカズは、ひどく目立つ存在だった。165センチという身長は決して小柄ではないはずなのだが、細みの体格も手伝って、周囲と比べるととても小さく見える。おかげで今年初参加の少年たちに、あれが功刀、ということはその隣が城光か、と遠巻きに観察されていた。
 面白くない。はっきりきっぱり、面白くない。
 ふつふつと湧き上がる苛立ちに、しかしカズは耐えていた。じろじろと見られてはいるが、誰もカズを悪く言ってはいないからだ。そう、誰もまだ、あの「禁句」を口にしてはいないのである。
 ここでキレたらただの暴力男だと、キレやすい自分に言い聞かせながら、見てんじゃねぇと振り回したいこぶしを、カズがぐっと握り締めたとき。
「ちわーっす!!」
 ひどく大きな声で挨拶して、一人の男がやってきた。
 少し長めの癖のある黒髪、吊った眉にたれた目じりが人懐っこい印象の、黒縁の眼鏡をかけた、これまた背の高い男である。割と整った顔に浮かぶ満面の笑みに、一同少し戸惑い気味である。
 誰あいつ?
 いや知らない。
 そんな視線が飛び交う中で、わかっているのかいないのか、男はきょろきょろと辺りを見回して、城光を見つけると駆け寄ってきた。
「よっさん!久しぶりですたい!元気しとーとですか?」
「おうタカか。よぅ選ばれたなお前。」
「へへへ、努力ばしたとですよ。ほんとは監督推薦枠なんで、ちょぉズルかやけど。」
「よか、がんばれよ。」
 はい!とうなずく男が城光と親密な様子を見て、周囲がざわつき始める。ここに召集されるからにはある程度名前が知れていて当然。なのに、城光以外、誰もこの男を知らなかった。これまでにない事態に、困惑が広がっていく。
 自分より二回りは広い城光の背中に視界を完全に遮られたカズが、少しイライラと口を開いた。
「ヨシ、誰やそいつは?」
 男に向き合っていたため背を向けていたカズの方を、城光が振り返る。答えようとした言葉は、男の大きすぎる声にかき消された。
「うわ!そげんとこに人がおったんか!小さかやけん気づかんかったと!!」
 その瞬間、空気が凍った。


「そげんとこにおったんか!」
「小さかやけん気づかんかった」
小さかやけん」


「誰が小さいんじゃこのアホんだろーーーーーーっ!!!!」




 第一印象、最悪。