白いガーゼでできた眼帯を外す。
右の閉じたまぶたに感じる、さらりとした風。次に温かな指先の感触。
そこを晒すのも、触れるのも、政宗が許すのはたった一人だけ。


マイドクター,マイボーイ


「……うん、糸もすっかり抜けてるし、炎症もないな。」
 触診を終えて、安堵の表情でぽんぽんと政宗の頭を撫でる男。
 白衣の腕を捲り上げて、胸ポケットに挿していたボールペンでさらさらとカルテに書き込む医師。首から提げたネームプレートには、「外科医師 片倉小十郎」の文字。
「小十郎、ここってまだ紙媒体のカルテなんか使ってんのかよ。乗り遅れてんなぁ」
「生意気言うな。設備投資にもいろいろコストがかかるんだよ」
 ひょいと横から覗き込む政宗の鼻先を弾いて、笑い混じりの小言が返ってくる。政宗はぷっと唇を尖らせながら、小十郎の医師にしては整って読みやすい文字の流れを眺めた。
「俺、もう退院できる?」
 吊り上った、けれど大きな瞳で見上げる政宗に、小十郎は心から嬉しそうに頷いた。

 政宗が小十郎と出会ったのは、十年以上も昔。まだ政宗の両目がはっきりと見えていた、小学校にも上がっていない頃だった。
 お隣に引っ越してきた片倉さんの家の、学ランを着た背の高いお兄ちゃん。それが小十郎だ。
 父は穏やかで子煩悩、弟は小さく無邪気で、どことなくいつも不機嫌そうな小十郎は、今まで政宗の周りにいなかったタイプだったから、気になって気になってしょうがなかった。
 物陰からどきどきしながら眺めていた政宗に、小十郎は何も言わなかったが、ある日突然お菓子をくれて、それからは政宗が纏わりつけばいつでも構ってくれるようになった。宿題も見てくれたし、逆上がりや自転車の練習に付き合ってくれたのも小十郎。
 小十郎は片倉の家族が驚くほど政宗の面倒をよく見たし、政宗も家族といるよりお隣にいる時間が長いとからかわれるほど小十郎に懐いた。
 だからなのか、真っ先に異変に気付いたのは小十郎だった。
 小学校の高学年になろうかという頃から、政宗は右側の足を縺れさせることが多くなった。物を取ろうとして指先を強かにぶつけることもあった。夜更かしをすると右目がひどく充血した。
 小十郎の訴えで、政宗は両親と一緒に病院に行った。右目の視力が少しずつ落ちて、筋力も弱まっていることがわかった。いくつも病院を回ったが、原因は不明、治療法も確実なものはないと言われた。
 ただ一つ、いつか視神経からその奥まで冒されてしまう前に、右目を摘出しなければならないかもしれないことは、はっきりとしていた。
 政宗は怖かった。目を取られるなんて嫌だと泣き喚いた。癇癪を起こして両親に物を投げつけることもあった。唯一安心して眠れるのは、小十郎が隣で寝てくれるときだけだった。
 そうして、小十郎は誓ってくれた。
 政宗のために、お医者さんになる。病気の勉強をして、治す方法を探す。もしも見つからなかったら、目の手術は絶対に小十郎がする。もしそうなったら、ずっとずっと一緒にいて、右目の代わりをしてくれる、と。

「小児病棟のいつきがさ、退院する日、自分も片倉先生に助けてもらったから、お兄ちゃんも大丈夫って言いにきたんだ」
「政宗……」
 小十郎は立派な医者になり、研究の成果をあげて、初期のうちならこの病気の進行を食い止められる治療法を見つけた。
 政宗の目を治すには、遅かったけれど。
「いいんだ、小十郎。俺、小十郎がいつきを助けたんだって、俺と同じ病気の子どもが救われたんだって、そう思ったらすげー嬉しかった。それに」
 頭を撫でながら、悲しそうな顔をしている小十郎に、ぎゅっと抱きつく。
「小十郎、約束守ってくれた。手術のとき、小十郎だから俺、安心していられた。ちっとも悲しくなかったぜ!だって目はなくなっても、小十郎がずっとそばにいてくれるんだから。こんなすごいことってないだろ?」
 幼い頃と変わらない仕種でごろごろと懐く政宗を、小十郎がぎゅっと抱きしめる。
「……よく、がんばったな。これからは楽しいことをいっぱいしような。」
 何も苦しいことがないように、俺がずっとずっと、絶対守ってやるからな。
 耳に入る小十郎の低い声が少し湿っていて、ぐすっと鼻をすする音までして、あぁ悲しんでくれているんだ、こんなにも愛してくれているんだなんて、不謹慎にも嬉しくなってしまう。
「小十郎、そんなに悲しむなよ!前向きにいこうぜ!」
「お前ってやつは……その台詞、本来逆なはずなんだけどなぁ」
 まだ少し涙の滲む目で、それでもにっこり笑った小十郎に、政宗も笑った。
「俺な、小十郎。やりたいこといっぱいあるんだ。早く高校にも復帰したいし、テストでいい点とりたい。真田とか元親とかが一緒に補習やってくれんだって」
「……いや、その面子は普通に補習メンバーだろ。ノートは毛利や猿飛に見せてもらえ」
「あとな、かっこいい眼帯買いに行く!そんで、ダチと街で遊んだり、買い食いしたりして、帰りには小十郎が迎えにきてくれて、みんなに小十郎のこと自慢すんだ」
「そりゃ光栄だな。できれば勤務が休みの日にしてくれよ?」
 賑やかな集団に呼び出される様子を想像して、微笑ましいやら疲れるやら、ちょっと苦笑してしまう小十郎を見上げて、政宗がうん!と素直に頷く。
「そんでな、小十郎と、……あ、小十郎のな、俺…………」
 唐突に口ごもる政宗の、じわじわと赤くなる耳に、小十郎がそっと口付けた。
「これ以上は、もう少し、お前が大人になったらな。」
 くってりと力が抜けた、まだどこか初心な政宗をしっかりと抱きこんで、よしよしと頭を撫でる。
 窓からまたさらりと風が吹いて、幸せな表情で微笑む二人をからかうように撫でて行った。



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