「すきなの。小十郎さんのことが、好きなの」


Midnight Lover .... Tuesday


 ゴールデンウィークは、海外から両親が帰ってくるんだけど、パパのわがままで北陸温泉旅行になっちゃった。どうしても蟹が食べたいって。もう、ほんと子どもみたいでいや!
 温かくなってきたからと、一緒に出かけた先で選んでくれた春物のジャケット。その袖をちょんと摘んで歩く政宗がプリプリと怒りながら、しかし楽しげに弾んだ雰囲気で話してくれたことを、よく覚えている。
 この子が一人暮らしであることは、出会ってしばらくして知ったのだけれど、こんな見ず知らずの強面のおっさん(と言うと政宗はまたプリプリ怒るだろうが)に懐いてしまうほど警戒心の薄い彼女が一人で暮らすなど、大丈夫なのかといつも心配になる。
 だから、きちんと両親に愛されている様子が窺えて、とても安堵したのだ。
 それなのに。

    小十郎さん、会いたいの。今すぐ会いたい!

 中途半端に月曜だけ平日という微妙な日程だったから、小十郎は実家でのんびりと(というには些か、姉にこき使われた感が否めないが)過ごしていた。
 あと二日、休みの間に何をしようかぼんやり考えながら、夕食の後片付けをしていたとき。
 泣きじゃくってひくひくと嗚咽を漏らしながら、外を歩いているのか騒がしい背景の中で、弱々しい声がなぜかはっきりと聞き取れた。
 聞き取れたと思ったときには、もう家を飛び出していた。


「政宗!!」
 駅前のロータリーで、花壇を巡るベンチにへたり込んでしまっていた政宗を掬い上げたのは、低くて甘い、だいすきなひとの呼ぶ声。
 泣いている顔を隠すために膝の上に置いて突っ伏していた大きな旅行バッグが、足元に落ちる。
 身を投げ出すように抱きついた政宗の細い身体を、小十郎は危なげなく受け止めて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「こじゅ、ろさ」
 慌てて走ってきたとわかる、上着も着ていないシャツに、じわじわと涙が染みていく。
「政宗……どうした?今日からご家族と旅行だったんだろう、何かあったのか?」
 ふわふわの髪を優しく撫でられて、ぶわっと涙が溢れてしまった。
「ママ、が、ママがね」
「うん?」
「ママ、パパと離婚するって。ママ、ロンドンで新しいひとと、ずっと暮らすんだって」
 あとは言葉にならなかった。

 ごめんね、この話をするために、今日は日本に戻ってきたの。
 目を伏せてそう言った母の顔が、いやにはっきりと目の奥に残っている。相変わらず綺麗な人だ。けれども以前と、少し服の趣味が変わっていた。
 父も母も、それぞれに別の、お互いが世界中を飛び回るような仕事をしている。ここ数年は、母はロンドン、父はニューヨークと離れていたし、それどころか、政宗たち家族が揃って過ごした月日の方が少ないくらいだ。
 それでも、なぜだろう。今までこんな瞬間が来ることなんて、考えてもみなかったのだ。
 いつも綺麗な母と、ちょっと親バカだけど朗らかで優しい父は、確かに愛し合っていたし、政宗の自慢の両親だった。

 愛情が変節するなんて、信じたくなかった。
 変わってしまった母も、見たことがないほど冷静な顔で座っている父も、何か別のいきものになってしまったように見えた。
 怖くて、気持ちが悪くて、許せなくて、悲しくてつらくて耐えられなくて、政宗はそのまま宿を飛び出して、タクシーに飛び乗って。
 その後は記憶がないけれど、きっと無意識にちゃんと正しい新幹線に乗って、帰路を辿ってきたのだろう。
 いつの間にか最寄りの駅に降り立っていて、もう一歩も踏み出せない気持ちになって、縋るように電話をかけていた。
「……政宗。よく無事に帰ってきたな。電話、してくれてよかった」
 でも遅ぇぞ、もっと早くかけてくりゃ、車で迎えに行ってやったのに。甘やかすように項を撫でながら、そんな甘い言葉をかけられて、嬉しいのに悲しくて仕方ない。
    ねぇ、ねぇ。
「すきなの。小十郎さんのことが、好きなの」
    こんなに好きなこの気持ちも、いつか変わってしまう?
 すき。すきなの。何度も何度も、壊れたように泣きながら繰り返す政宗の。

 頬を包んだ大きな手のひらが、ぐいと顔を上げさせる。
 ぺろりと涙を舐められて、びっくりして目も口も開いたまましゃくり上げる政宗に笑って、小十郎は言った。
 ばかだな、こんな強面のおっさんがいいなんて。お前は若くて可愛くて、もっと吊り合いのいい男がいくらでも選べるだろうに。
「……だがまぁ、お前を他の男に盗られるのはごめんだからな。お前の気持ちが変わらないように、がんばっていい男でいるよ。」


 涙を拭い、頬を撫でながら、うん?と首を傾げる小十郎があまりにも自然すぎて、何を言われたのかしばらくわからなかった。
 ぽかんとしたまま固まっていた政宗が、またくしゃりと眉を寄せて泣き始める。
「ばか、こじゅうろさんこそばか!そんなわかりにくい言い方、意地悪!!」
 ぎゅうと首にしがみついたら、楽しそうな笑い声が耳元でして、またぎゅっと抱きしめられて。
    あぁ、ずっとずっとこうされていたい!
 おれもがんばる。小十郎さんがずーっとぎゅってしたいって思ってくれるような、素敵なオトナの女になるよ。だから、だから。
「ねぇ。おれのこと、ずっとすきでいてくれる?」
 大の男が思わず耳を赤くするほど、政宗の濡れた瞳と赤い唇は愛らしく、十分に女の表情をしていた。


 その翌日。
 鬼の形相の片倉姉弟に守られるように挟まれた政宗の前で、「だってだって久々にゴールデンウィーク全部一緒に過ごそう学校も休んじゃえって言ったら政宗が小十郎さんと買い物に行くから前半はだめ!なんて意地悪言うから!エイプリルフールもできなかったしびっくりさせちゃえって思って言ってみただけだったんだよう」とえぐえぐ泣きながら謝りに来た伊達夫婦が正座していた。
 とか何とか一連の顛末を聞かされて、かすがと佐助は揃ってげっそりとため息をついたのだった。



パパとママは悪戯好きのバカっぷる(むしろ文字通りのバカ笑)
当初はシリアスな夫婦だったんですが、あんまりむねさまが泣くので、小十郎と一緒に私も絆されてしまいました。
うん。でも、むねさまが幸せなのがいちばん!