*いつの間にかアニメ二期も目前に。やばいぜ!捏造は今のうちだぜ!!
というわけでお子様メインの続編。蘭丸が奥州に来たばかりの頃。
尾張の魔王が斃れた。
その一報は日ノ本の全土を駆け巡る。「魔王の子」と呼ばれた蘭丸がそれを聞いたのは、中心部からは遠く北にある、小さな農村だった。
農民たちは歓喜していた。民を虐げる恐ろしい織田軍の脅威がなくなったこと、それを成し遂げたのが彼らの慕うこの北の地の竜であったこと。空を翔る青い稲妻と、各地の武将を率いて主君に従ったその右目の武勇伝は、当人たちよりも早くこの地に辿り着き口々に称えられ、先の凱旋では迎える人の波が道中途切れることがないほどで。
蘭丸を拾ってくれたいつきという少女は、特に伊達政宗と片倉小十郎を慕っていて(何だか恩があるらしい。蘭丸はあまり聞きたくなかったのでよく知らないけれど)そんな彼女を愛しむこの村では殊の外喜びも大きかった。
誰もが笑い、胸を張って、領主の立派さを自慢げに語る。子どもたちはボロ布で片目を隠し泥で頬傷を描いて、英雄ごっこに夢中だ。
ここの村人は、素性の知れない蘭丸をあたたかく迎え入れてくれるほどに気のいい人たちで。だから別に悪意なんてなくて、ただただ本当に嬉しい気持ちがそうさせているのはわかっている。
だから今、何も言わずにそっと村を出て、裏山の木々を抜けた奥、そこだけぱかりと開けた崖っぷちの岩に腰掛けている。
ここからは、遥か西の地へと伸びていく空がよく見えるから。
この村に来てしばらく、蘭丸はいつきの家で大人しく過ごしていた。農村でできることなんて蘭丸には全く思いつかなかったし(そもそも蘭丸は農民の生活が何たるか、このとき初めて目にして知ったくらいなのだ)素性が知れて追われるのも、そのせいでいつきに迷惑をかけるのも、怖かったから。
そのうちに天真爛漫ないつきやごはんを差し入れてくれる近所の人たちに感化されるように、畑仕事を手伝うようになった。働かざるもの食うべからず、ここでは蘭丸より小さな子でもその身で知っていることだ。
当然だが、蘭丸は農作業なんてしたことがない。やり方もすることも何も知らない。作物なんて種を蒔いたり苗を植えたりすれば勝手に実ると思っていたから、こんなに大変でつらくて難しい仕事だなんて、思ってもみなかった。
『伊達じゃあ、お武家さまだって畑仕事するだよ』
絶対嘘だと思っていたその言葉が真実だとわかったのは、連日の作業にへとへとの体で、へっぴり腰に畝を整えようと奮闘していたとき。
農村の様子を見に来たという、片倉小十郎が。
『……小僧。手つきがまるでなっちゃいねぇな、鍬はこうやって持つもんだ』
しばらく驚いてしげしげと眺めた後、近寄ってきて、何を言われるかと身を固める蘭丸の手をそっと包んで、持ち直させる。
ザク、ザク。何度かそのまま鍬を一緒に動かした後、離れていった手がぽんぽんと優しく頭を撫でた。
『その調子だ。さぁ、やってみろ』
ゴツゴツして大きな、あたたかい手だった。
信長様だって、優しかった。
確かに、農民にとっては恐怖の対象だったかもしれない。村も寺も焼き払うことに躊躇しない。農民と混じって畑仕事だってしない。きっと鍬の上手な持ち方だって知らない。
農民だけじゃない。僧侶には怯え嫌われていたし、同じ織田軍の兵士でも、その視線一つにすら恐怖に身を竦ませる者も多くいた。たくさんの人を屠ってきたから、仇と怨む人だって大勢いただろう。
それでも、蘭丸にとっては、偉大で憧れの、優しい主君だった。
丸、って。
いつもそう呼んで傍に置いてくれた。わかりやすい言葉でなくても、いつだって蘭丸を見て、呼んで、可愛がってくれていたことくらい、ちゃんとわかる。
蘭丸はそれが、嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて。
「信長様のためなら何だってしたいって思う気持ち、きっとわからないだろ」
さく、小さな音を立てて少し後ろで立ち止まった少女の気配に、蘭丸は振り向かないまま言った。
「蘭丸はさ、よーく知ってるんだ。本当の信長様はすっごく優しくて、いつも蘭丸を誉めてくれて、金平糖をくれる。」
金平糖って知ってる?甘くて小さな、星みたいにきれいなお菓子だよ。南蛮から船が来たときにしか買えない、珍しいお菓子。
「きっと信長様は知ってたんだ。本能寺から移るとき、信長様、金平糖がたくさん入った巾着をくれてさ。荷物になるからくれてやるって言ってたけど、本当は」
本当は。
今も胸元に大切に仕舞った、あのときより少しかさの減った袋に手を当てる。震えそうな声で、わざと明るく笑ってみせた。
「すごいだろ?信長様ってさ!それに比べて、竜の右目なんてさ、どこかへ逃げろって、お金でもくれたのかと思ったら、よくわかんない種なんか渡してくるし。お腹がすいたら信長様の金平糖をちょっとずつ食べて、それでずーっと歩いたんだ。」
「……種は、途中で食べ物と交換してもらえるべ。どこかの村で植えてもいいし、炒って食べてもいいだよ。小十郎さまは、それをちゃんとわかってたんだ」
そんなの知らないよ、蘭丸は農民じゃないもの。ふいと視線を逸らすようにそう言って、
「それにさ、濃姫様もすっごく素敵なお方なんだぜ!日ノ本でいっちばん綺麗で、いつも蘭丸のこと、優しく誉めてくれて、頭も撫でてくれるし、怪我すると心配してくれて、優しいんだ!」
無理矢理にはしゃいだ声を上げて、話を逸らす。こんな話、したところで、いつきにわかってもらえるなんて、ちっとも思いはしないけど。
ちょっと顔の怖い、でも優しくて強い信長様と、とんでもなく綺麗で、優しくて強い濃姫様。
今はもう、遠くにいってしまった二人。
「みんなが嫌いでも怖がっても、蘭丸は、大好きだったんだ」
遠くに、置き去りにしてしまった、ふたり。
守りたいと、思っていたはずだったのに。
あのとき、信長様の傍に戻って、せめて最期の地を共にする道も選べたのに。足は二人のいる地とは真逆の、東北に向けて動いていた。
「大好きで、ほんとうに、大好きだから」
見たくなかった。地に伏す姿を目にする、勇気などなかった。
独眼竜とその右目の瞳には、確かな覚悟があった。それが怖くて、見たくなくて、知りたくなくて。
信長様が負けるなんて、考えたこともなかった。
蘭丸は、子どもだった。先の情勢を読むことも、殺す者は殺される、その覚悟も、何一つ知らないまま守られていた。守られていることすら知らなかったほどに。
思っていたよりもずっと、ずっと偉大な愛情に包まれていたことに、気付いたのはそれを永遠に失ってからだった。
「蘭丸は……大好きな人だったかもしれねぇ。でも、おらたちにとっては、魔王は怖いお人だった」
「……知ってるよ。」
「伊達の殿さまはおらたちにも優しいんだ。生活が苦しくて、一揆を起こしたおらたちのこと、助けてくれた。小十郎さまは、一緒に政宗さまに謝ってやる、大事な手を汚しちゃいけねぇって言ってくれた。」
いつきの声がキンと耳に突き刺さる。
「魔王は、……蘭丸のお殿さまは、そんなこと言っちゃくれねぇべ。」
「当たり前だろ、信長様はそんなに甘くない」
圧倒的な支配者たる存在。蘭丸はその背中に憧れて、追いかけたのだ。
「だったら、何だって言うんだよ?独眼竜は信長様よりすごいって言いたいのか?」
「すごい、かは、わかんねぇ。だども、おらたちにとっては、蘭丸の殿さまより、政宗さまの方がいいお殿さまだって思ってる」
キン、キン、耳が痛い。頭の芯が熱くてぼうっとする。目の奥がぐらぐら、煮えたぎって溢れそうだ。
「……うるさい、うるさい!!信長様を悪く言うな!!伊達政宗なんか、蘭丸は大嫌いだよ!!蘭丸の信長様を殺した奴なんて認めない、そんな奴のことすごいすごいって喜んでる、お前たち農民も大嫌いだ!!」
無神経に繰り返される『魔王の最期』を、蘭丸がどんな気持ちで聞いているか、知らないくせに。
崩折れて泣きじゃくる蘭丸の背中を、いつきはただじっと見つめる。
いつきには蘭丸の気持ちがわからない。そんなことは、確認せずともわかっていた。
『伊達は織田包囲網の先陣だ。信長公を慕う蘭丸と、その信長公を討った政宗様を慕うお前では、相容れない部分が必ずある。』
この村で慎ましく暮らすならそれで構わない、ただここは伊達領、耐え切れないことも出てくるだろう。そのときは黙って行かせてやれ。こちらの思いを押しつけるな。
あの日、蘭丸が畑仕事をする姿を眺めながら、小十郎はいつきにそう言った。
けれど。
「おら、きっと……蘭丸はおらたちの気持ち、わかってくれるんじゃねーかって、思うんだ。」
慣れない仕種で不器用に鍬を振るう小さな背中を見やる、あの小十郎の優しい目。あえて直接姿は現さず、ときどき右目を遣いに出しては様子を見守る、政宗の優しい気遣い。
蘭丸は素直で、人のあたたかみを知っている。
だからこそ。今は傷ついて、受け入れられなくとも、いつか必ず。
あんなにあったけぇ気持ちが、伝わらねぇはずがねぇ。
「おらたち農民のこと、ほんとは嫌ってなんかいねぇべ?おらと友だちになって、一緒に畑仕事さやってるでねぇか!だから、蘭丸もきっと、政宗さまや小十郎さまのこと、好きになってくれるって、」
もしかしたら、もう本当は、少し好きになりかけているんじゃないかなんて、そう思えるくらいに。
「おらは、信じてる。信じてるだよ。」
ぎゅっと拳を握って、一生懸命笑顔で言った。
そうしないと、なぜだろう、あたたかくてかなしい何かが、零れ落ちてしまいそうだったから。
その日の夜、蘭丸は家に帰ってこなかった。いつきは残った飯でおにぎりを作った。
次の日の朝、蘭丸は畑で種を蒔いていた。いつきは昨夜のおにぎりを持って行った。
二人、泣きながら笑い合って食べたおにぎりは、しょっぱくてあまくて、いつもより何倍も、おいしかった。
私は信長様が大好きな蘭丸が好きなんです。
アニメ一期のラストを見てから、これだけは絶対書いておきたかった。