*小→←政(病んでます、どシリアスです、報われません)


 三日月の細い光が障子越しに差し込んでいる。青い夜だ。
 青はこの人によく似合う。白い肌が透き通るように映えて、いっそ魔物のように美しい。
「小十郎」
 カン、高い音を立てて煙管を盆に叩きつけた政宗が、脇息にもたれて微笑みを見せる。しかし小十郎は知っていた。
 今、政宗の胸の内は、絶対零度の怒りで凍てついている。


「嫁を娶るそうだな。」
    やはり、御耳に入ってしまっていたか……。
 数日前から、政宗の機嫌は最悪に悪かった。一瞬たりとも小十郎を傍から離さず、そのくせ滅茶苦茶に当り散らし、怒鳴り暴れ泣き喚いて。
 小十郎の身体が傷と疲労でぼろぼろになって、ようやく嵐から抜け出したと見えた政宗は、小十郎にすれば暴れるより余程厄介な状態に落ち着いてしまっていた。
「……は。片倉氏を継ぐものをと、輝宗様に勧められまして」
 正直に言えば、立場上断りきれなかった。歳や位を考えればあまりにもっともな話。ただ不安定になるだろう政宗のためだけに断ろうとする小十郎を、輝宗は見逃してはくれなかったのである。

 暗い思い出ばかりの幼少時、ただ一人手を差し伸べ傍に居続けた小十郎への政宗の依存心はとても強く根深い。幼い甘えはいつしか独占欲に変わり、長じるにつれて嫉妬と束縛は激しさを増した。
 女を抱くなと命じられたことから始まり、一日何をしていたかを詳細に聞きたがる。一度ひどい癇癪を起こし、自分以外の者と話すな、微笑みかけるなと縋りつかれたとき、小十郎はもう引き返せないことを悟った。
 好きなのだと、お前を自分だけのものにしたいと、政宗は言う。小十郎にとって政宗は誰より何より慈しみ尊び守るべき存在だ。政宗が望むならと、狂いそうな激情に身を焼く政宗に小十郎は全てを与えてきた。
 お慕いしておりますと微笑んで。あなただけですと抱きしめて。愛しくて仕方がないと甘やかして。そうしてようやく、二人に落ち着いた日々が訪れた矢先。
「相手は誰だ。名は?歳は?」
「さぁ、それはまだ決まっていないのでは。先のお話はそろそろ所帯を持てとの仰せだけで、相手については聞いておりません。」
「ではどんな女がいいと、お前が所望したのか?」
「いいえ。小十郎は嫁など考えてもみませんでしたので」
「どこの誰とも、知らない女を娶るのか」
「おそらく、そういうことになりましょう。」

「……では、俺はそんなどうでもいい女に、お前を盗られるんだな。」
 向けられる仄暗い瞳が闇への入り口のようで、ぞっとする。
    どうして、いつから。
 梵天丸も独占欲は強かった。しかしそれは幼子が親に甘えるようなもので。庇護を求める切な心が、きらきらしく透明な瞳が、いつから、何がきっかけで、どうしてこれほどまでに変質してしまったのか。
 小十郎には、わからない。
「なぁ、お前の望むものは何でもやる。地位も、どんな高価な物だって、奥州筆頭はこの俺だ。言ってみろよ、何がほしい?……どうしたら、お前は俺だけのものになる?」
「政宗様……」
 わかるのはただ、それでも尚、政宗が生涯ただ一人の主であるということだけ。
「たとえ、妻がいようとも。小十郎は政宗様だけのもの。何もいりませぬ、ただ傍に置いてくださいませ。あなたの背中をお守りすることこそ、小十郎の幸せにございますれば」
 婚姻などしないと、言えないことが辛い。しかし先代自らが乗り出してきたとあっては、断る術がなかった。仮にここで断れたとしても、どうせこの先同じことがまた起こる。
 ならば、いっそのこと。
「政宗様さえ、よろしければ。あなたでないのなら、小十郎にとってはどんな女子も同じこと。政宗様が、お選びください。」
 それに何の意味があろうか。それで納得してくれと、平気な顔をして。汚い大人だ、こんなにも大切な人に、こんなにも想われているというのに。
「…………俺が?お前の、妻になる女を?」
    パシン、
 夜の静寂に、政宗が扇子を爪弾く音が響く。
    パシン、
 酷なことを言っている。けれどもう、小十郎には他に道が見つからなかった。
「……子が長じれば、小十郎亡き後もあなたを支えることができましょう」
 片倉氏など、如何ほどのものか。ただあなたのためだけに、生きられればよかったのに。
    パシン。


 ゆらりと顔を上げた政宗の唇の端には、底冷えのする凶悪な笑みが浮かんでいた。
「なかなか、笑える冗談じゃねぇか」
 掻き毟りたいほどに、胸の奥が熱くて痛い。あんまり苦しくて辛いから、クツクツと漏れる哂いが止まらない。
 許せない。許せない。小十郎の子を産める女も、小十郎を自分から引き離そうとする父も、何も知らずに縁談を寿ぐ周囲も。断れなかった小十郎も、邪魔な火の粉を振り払えない自分自身も!
「……いいだろう。俺がお前に相応しい女を選んでやる。」
 ぐらぐらに煮え立った何かを瞳に宿らせて、政宗は立ち上がる。手の中の扇子がみしりと音を立てて歪んだ。
「代わりに、お前の子どもを貰う。お前の死して後も、その身も命も、全てで親父の罪を贖わせてやるというのは、どうだ。なかなか愉しい思いつきだろ?」
 紡ぐ言霊は呪い。下げられた頭を、後ろ髪を掴んで仰向かせた。痛みに歪んだ顔すら、愛しいこの男を。
「側室を持つことは許さねぇ。生涯お前に許すのはその女一人だけだ。閨にいても俺を忘れるな、俺が呼べば何をおいても馳せ参じろ。どんなときも、絶対にだ」
 首筋の脈動に、ゆっくりと扇子の先を這わせて。
「できなければ、お前はもういらない。俺直々に斬り捨ててやるよ。光栄だろ?」
    誰かに渡すぐらいなら、いっそこの場で。
「……全て、政宗様の、仰せの儘に」
 政宗の暴挙を従順に受け入れる小十郎の、いつかこの手で刎ねるかもしれないその頭を、政宗は愛しげに抱きしめた。



…うん。もうやりません(いっぱいいっぱい)