エルヴィンと!
「そうだ。リヴァイ、これをあげるよ」
エルヴィンが何気なくそう言って差し出した箱を、そのままの流れで思わず受け取ってから、リヴァイは戸惑いの表情で首を傾げた。
「何だ?」
「開けてごらん」
横幅と奥行きはほぼ同じで、手のひらの上に乗るサイズ。少しだけ縦が長い。わずかに揺らしてみると、底を支えられた何かがこそこそと揺れる。硬めの感触。
これは瓶だと当たりをつけるも、そこから先がわからない。酒にしては小さく細いし、包装も何やら洒落っ気たっぷりにリボンやら付いている。高価な酒の装丁という感じではなかった。
胡乱気に見上げてもエルヴィンは取り合うそぶりもなく、食後の紅茶を楽しんでいる。
まぁ、エルヴィンに限って、趣味の悪い嫌がらせのようなものを押し付けてくることはないだろう。とりあえず開けろと言うなら従うのみ。リボンを解いて箱の口をパカリと開ける。
「……………おい、エルヴィン。何だこれは?」
入っていたのは、やはり瓶だった。優美な細いラインのガラス瓶。宝石に施すようなカットで全体が装飾されている。
中には液体。うっすらとピンクに色づいたそれは、ガラスキャップをきゅぽっと開けると、ふわっと香りを立ち上げた。
シャボンと、わずかに、何か花のような香り。
「何だい、リヴァイは香水を知らないのか?」
「そういうことを聞いてんじゃねーよ」
そう、香水だ。見ればわかる。地下街では身売りをする女たちの商売道具として日常的にやり取りされているものだし、兵団に所属してからも、エルヴィンや複数の兵士たちが私物として愛用しているところを目にしてきたのだ。
「そうじゃなくて。何でこれを私にくれるのかって聞いてる。こんな甘い香り、女に贈るもんじゃねぇか」
「私の認識では、お前も女性だから、別におかしなことはしていないつもりだが」
リヴァイはぽかっと口を開けたまま、思わず固まった。
そうか、自分も女性だった。そんな呆気にとられた顔がおかしくて、エルヴィンがぷっと噴き出して笑う。
「ロングヘアにしてスカートも穿いて、ヒールの靴に慣れる練習までしているというのに。どうも長年の意識は抜けないものかな」
うるせーと悪態をつく表情も、気まずさ半分照れ半分では迫力がなかった。
「別に……ただ、その。こういう香りをつけてそうな女の中に、自分が入ると思ってなかっただけだ」
普段洗濯に使うシャボンとは似て非なる香りだ。贅沢品であるということもあるが、香りで着飾るようなかわいらしさを持たずに生きてきたリヴァイにとって、この香りは少し気恥ずかしい。
甘く柔らかに広がって鼻先をくすぐるのに、どこか少女めいた繊細さで消えてしまう。紛れもなく女性の、それもふんわりとした可愛らしい女がつけていそうだ。
「すごくいい香りだと思うが……私には多分似合わないぞ」
困りきった様子で瓶を握ったままでいるリヴァイからそれを取り上げて、エルヴィンはリヴァイの肩を抱き寄せた。
胸元に顔を埋めるように飛び込んでくる彼女のうなじに、ほんの少し指につけた香水をそっと擦り込む。
びくっと肩を震わせたリヴァイを宥めるように長い髪を何度か撫でて、
「似合わないはずないさ。これは私がお前のイメージで作らせたものだ」
ほら、とても合うだろう?とにっこり笑ってみせた。
エルヴィンに頬を包まれて顔を上げさせられたリヴァイは、まさに絶句、と言わんばかりにぽかんとして。
数秒してようやく脳が追いついたのか、顔から首までを一気に赤く染めた。
「なっ、お、おま……はっ、はなせ!!!」
ぶんと乱暴に手を振ってエルヴィンの拘束から逃れると、猫の子どものように肩を怒らせて威嚇する。
まるで少女のままの過剰な反応に、エルヴィンはたまらずにまた噴き出した。
「クソ!エルヴィンのあほ!ばか!笑うな!いんけんやろー!」
「わかったわかった、悪かった。今日のところは退散しよう」
「ばか!七三!もうくんな!」
「ハハハ!あまりかわいいことばかり言わないでくれ、帰り難くなるだろう」
壁際まで後ずさってぎゃんぎゃんと喚くリヴァイの警戒っぷりにくつくつと笑いながら、エルヴィンは帰り支度をする。ドアを開けて去り際に、ふと振り向いて、
「お前には誕生日がないからね。新生活一年、無事に過ごせたお祝いだよ。おめでとう」
微笑みを残してドアが閉まり、慣れた手早さでエルヴィンの乗る馬の足音が遠ざかっていった。
へなへなと腰が抜けて、それでもなんとか椅子に縋り付いてそこへ座ったリヴァイは、あまりの恥ずかしさに頭を抱えて机に伏せた。
「あ、あいつ……くそっタラシヤローはこれだから……!」
落ち着きたいのに、上がる体温に感応してふわりと高まる甘い香りがそれを許さない。
ドクドクと音を立ててこめかみを流れる血の熱さに、リヴァイは随分と長い時間そこから離れられなかった。