エレンと!
かつてまだ巨人と戦っていた頃、エレンを揶揄する表現として「リヴァイ兵士長の犬」というものがあった。
一般的には当然不名誉で、腹が立つ呼称であるはずだが、エレンはそう言われてもけろりとした顔で「そうかも。俺、兵長を尊敬してますから」なんて言ってまた後をついて回る。
リヴァイにとっても、エレンという存在は、年の離れた弟のようで、聞かん気の強いクソガキであり、それでいてやはり無邪気にじゃれついてくる犬のようなものだった。
そんな彼もあの地下牢での出会いから今に至るまで、随分と背も伸びて、内面も大人になった。誰よりも苦しい現実と向き合わされる中で、心を壊すことなく立派に成長してくれた。
直属の上司としての欲目がないとは言わないが、壁外調査へ多くの団員を率いて出立していく姿などは、目映いほどに凛々しく誇らしい。
しかし、その成長ぶりが、今リヴァイの頭を悩ませている。
「兵長!それ、俺のあげた三角巾ですよね?気に入ってくれたんですか?」
掃除中に来訪した彼を胡乱気に睨み上げるリヴァイに構わず、エレンは大きな瞳を更に見開いて、ぱああっと花を咲かせるような笑顔を浮かべた。
ぱたぱたと揺れる尻尾と耳が見える気がする。
「……お前が、これは掃除のときに使えって言ったんじゃねーか」
「はい!すっごく似合ってます、かわいいです!」
退役と引越しが決まったとき、ペトラ代表のリヴァイ班からは料理用のエプロンを、アルミン代表の部下一同からは新しい家で使えるカーテンやカトラリーセットを祝いとして贈られた。
そこでエレンから、個人的なお祝いだと言って、三角巾やハンカチをたくさん貰ったのである。
小花模様や刺繍の可愛らしいおしゃれ用から、汚れを心苦しく思わない程度に質素なものまで、両手で支える大きさの箱にこれでもかと並べられた布の数々は壮観だった。
こんなにいらねぇとぶつぶつ言っていたリヴァイだったが、案外とこれが地味に役立つもので。特に刈り上げていた部分の髪が不揃いに伸びている間は、見苦しい頭を可愛らしく隠してくれるそれらに、エレンのセンスを大いに見直したものだった。
髪がきれいに伸びて揃った現在も、実は日常的に身につけている。
一番のお気に入りは、縁にオレンジと黄色の糸で翼が刺繍されたものだ。ほんの少し遠出して町に出るときは、いつもこれをつけて気分を出すのがリヴァイの楽しみになっていた。
つまり、控えめに言って、エレンのくれた三角巾を愛用している。どれもとても気に入っているし、感謝している。似合っているといい笑顔で言われるのも、くすぐったいが悪い気はしない。
けれども、
「兵長の三角巾姿……かわいいです。お嫁さんにしたいです。兵長、俺と結婚してください!」
来る度にこうして求婚されても困る。それも、なんか若干呼吸が荒いし、ギラギラと瞳孔が開いた例のあの顔だし、そんなんでジリジリ迫ってこられても。
「うるせーよ、掃除の邪魔だデカブツ!こえーんだよその顔やめろ!出てけ!」
「わっ!?兵長!ドア開けてくださいよ!へいちょおおおおお!!!?」
若くて見目のいい男に求愛される喜びよりも、あのひょろりとしていて従順で、駆逐脳で、性欲なんて汚いものとは無縁ですと言わんばかりのまっすぐな瞳の、可愛かった「リヴァイ兵士長の犬」を返してほしいと泣きたくなるのも、無理のない話だと思う。
リヴァイの家に入り浸る四人の中で、最も直球にリヴァイを欲しがるのがエレンだ。
応じるかどうか、そもそもその気持ちは一時的なものじゃないのか、等々頭を悩ませる部分は置いておくとして。
男としての魅力で言えば、エルヴィンのくれる安心感には程遠い。将来の期待度で言えばミカサが随一だし、胸をくすぐるかわいさで言えばペトラに敵う者はそういない。
それでもエレンに絆されてしまうのは、
「ひぐっ……へいちょう!すみませんでした、もう変な妄想したりしないので!変なことしないって約束しますから!入れてください!」
放っておけない。
リヴァイの庇護欲をかきたててやまない。エレンはその点において、群を抜いた存在だった。
だってエレンは、リヴァイの知る限り、誰よりも苦しんで辛い思いをした人間の筆頭だ。その分この子どもを誰よりも幸せに、にこにこ笑っていさせてやりたいと願って何が悪い。
「ったく、クソガキが」
年頃の青年らしい下心を隠さないで女の家に来訪するなんて、迂闊すぎてバカじゃないのかと呆れてしまうが。
きゅんきゅん鼻を鳴らして泣いて呼ばれて、結局また今日も、リヴァイはドアを開けた。
時々、こいつわかっててやってんのかな、と疑う気持ちが湧き上がることもあるのだが、果たして真相は?
あざとイェーガー!!