ペトラと!
「兵長、表の掃き掃除終わりました」
やわらかなアルトの響きに振り向くと、ペトラが玄関口からひょこっと顔を出していた。
リヴァイ班の中でも最も細やかで気の利く彼の掃除の腕は、リヴァイがチェックを入れない程に信頼されている。今日もリヴァイはありがとう、とだけ返して、ペトラをダイニングに座らせた。
「今日はエルドたちは勤務か」
「はい。私たち巨人戦の経験者は、各隊に分散で配属されてますから。今日の休みは私だけでした」
「そうか……親父さんの店に行かなくていいのか?」
「あぁ、いいんですよ。この前戻って手伝ってたんですけど、お前がいると店が騒がしいって言われちゃって」
家族が存命のペトラは、商家の跡継ぎの道を再度蹴って、兵団に残ることを選択していた。
きちんと定期的に休みが取れるようになった現在の兵団で、その貴重な休みの時間に、時折こうしてリヴァイを手伝いに来てくれる。
本当はもっと家族のもとへ戻るように促すべきなのだろうが、リヴァイにとってペトラやリヴァイ班の面々は特に近しい部下であるため、元気な様子を見せてくれると嬉しいもので、つい彼の好意に甘えてしまっていた。
「それは親父さんの照れ隠しだろ。お前は何でも安心して任せられるから」
ペトラの好きなハーブティーを入れて出すと、くりりと大きな目が何度も瞬いて見上げてくる。
「兵長……その、それは、兵長もそう思ってくれているということですか?」
「?そうだな。お前ほど気の利く奴は、女でもなかなかいない」
正直に答えると、ペトラはぱっと頬を赤くして俯き、噤んだままの唇をむにむにと動かした。
「う、嬉しいです。兵長にそう言っていただけるなんて、光栄ですっ」
きゅん。
自分の胸からそんな音が聞こえてきたような気がして、リヴァイも思わず頬を赤らめた。
柄じゃないのはわかっているが、何だちくしょうペトラかわいすぎる!と叫べるものなら叫びたい。
「そ、そうだ。ペトラ、お前甘いものは嫌いじゃなかったよな。村のばあさんに教わったムースがあるから食うか?」
「えっ、ムースですか?すごい、兵長どんどんレパートリー増やしてますね!」
わたわたと台所へ引っ込んで、磨き上げたシンクに顔を映し、おかしな顔色をしていないか確認する。大丈夫だ、いつもの目つきの悪いチビ女が映ってる。安心だ。
現在の調査兵団は、かねてより一転、民衆の花形として人気を集めている。
中でも取り分け、あの苦しい時代を生き残った兵士たちは注目度が違う。そこに見目の華やかさがつけば尚のこと。
色々な意味で騒がしく囃し立てられる中で、ペトラは巷では「調査兵団の王子様」と呼ばれているらしい。
すらりとした体躯。少しオレンジがかった明るい金髪に碧眼。白桃のような色の肌。物腰も柔らかく、さりげない気遣いができる男。
なまじ直属の部下として引き連れていたものだから、外見にいちいち目を向けることもなかったが、第三者の噂話を聞いて初めて、なるほど物語の王子様のようだと頷いてしまったものだ。
リヴァイにとっては、王子様のようにかっこいい男性というよりは、かわいいやつ、という方がしっくりくるけれども。
何しろ、ペトラは一挙手一投足がとにかくかわいい。特に、何か聞きたいときの、ちょっとだけ小首を傾げるところ。自分より40センチも大きい男であるのに、かわいいとしか言いようがない。
そう、これだけかわいいやつなのだから、ちょっときゅんとしてしまうのも人間として自然なことだ。かわいいは正義。
「兵長、どうかされました?大丈夫ですか?」
「あ?あぁ、今行く。お前は座ってろ」
時間のかかっているリヴァイに心配そうなペトラを制して、慌ててムースを準備してテーブルへ運んだ。
つるりとしたミルク色に、ベリーのソースをかける。おいしそうですね、と顔を綻ばせるペトラとムース。かわいい。すごく似合っている。
何だか段々おっさんの心境に近づきだしたリヴァイの指を、ペトラがはっと息を呑んで取り上げた。
「兵長!これ、どうされたんですか?包丁で……?」
ペトラの長い指に包まれたリヴァイの小さな指の先には、既に塞がりかけた切り傷があった。
「あぁ、別になんてことはない。ちょっと掠めただけだ」
「そうですか……」
よかった、とペトラが小さく呟いて、至近距離で目が合った。
なめらかな唇。窓から入る日差しが、ペトラの髪と同じ、金色の長い睫をキラキラと輝かせている。指先から伝わる温かい体温。ほんのり届く彼のコロンの香りも、少し甘く爽やかで好ましい。
吸い込まれそうな青い瞳が、ほんの少し潤んで、徐々にまぶたの裏に隠されていく。
「兵長――――!!!オルオ・ボザド、団長よりお届け物を預かって参りましたぁ!!!」
「てめぇオルオぉ!!邪魔すんなよいいとこだったのにぃいい!!」
庭先に飛び出して怒涛の乱闘を始めた二人に、リヴァイは金縛りが解けたようにはっと息を取り戻した。
今の今まで、身動きどころか、瞬き一つできなかった。
しばし脱力して、座ったままぼんやりと元部下たちの様子を眺める。どんどん土ぼこりにまみれて、お互いの足や拳でボコボコ。もうこのまま二人とも敷居を跨がせずに帰そうかと思う汚れっぷりだ。
「……とりあえず、あんまナメてると食われるぞってことか」
王子オーラぱねぇな。
王子様系かわゆ男子なペトラが書きたかった。それだけだ!←